悪竜の騎士とゴーレム姫【第12部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第2部

第六章 闇の中で……。②

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 その頃、森の中にて潜む一団がいた。
 場所は別荘近くの湖畔を挟んだ向かい側。木々の間がやや開けた広場だ。
 人数はおよそ五十名。全員が黒装束に覆面といった、夜の闇に溶け込むような姿をしており、さらには十数機の鎧機兵が、胸部装甲ハッチを開けて待機していた。
 そしてその一団を率いるのは、グリッド=ワイズだった。
 彼だけは、覆面をまだ被っていない。
 刀傷を持つ男は静かに腕を組み、瞑目していた。


「――お頭」 


 その時、不意に森の中から一人の覆面男が現れた。
 レイハート家の別荘の偵察に向かっていた、ワイズの部下だ。


「どうだった?」


 ワイズが単刀直入に問うと、男は覆面の下でふっと口角を崩す。


「あの屋敷にいんのは、ガキと女ばかりですぜ。小僧が二人に、小娘が三人。メイドの女が一人でさあ。しかも女は全員すっげえ上玉だ。まあ、小娘の一人はメイド服を着た八歳ぐらいのガキなんですが、それでも好事家には高値で売れるレベルですぜ」

「……ほほう」


 ワイズは、小さく感嘆をもらした。それは中々の朗報だ。


「確かあの館には今、アシュレイ家の令嬢もいるらしいしな。ターゲットの小娘とメイド以外はアシュレイ家の人間だろうな」


 ワイズは少し考える。
 今回の一件。彼らは野盗の仕業に偽装するつもりだった。
 ならば、男は殺し、女は攫い、金品は強奪する。それが自然な行為だ。


(アシュレイ家に恨みを買うのは得策じゃねえが、バレなきゃあいいだけだしな。むしろ下手に無傷の人間を残す方がよくねえ)


 ワイズは卑しく口元を歪める。
 元々ターゲット以外は全員始末する予定だったのだが、上玉であるのならば話は別だ。最終的に報酬として頂けるかは交渉次第だが、確実にお楽しみには使える。
 そもそも、足がつくようなミスさえしなければ、たとえ相手がアシュレイ家の令嬢であっても、あの伯爵は大して気にしないだろう。
 彼の主人は興味のない人間には、とことん無関心だった。


「……よし」


 ワイズは、遂に決断した。
 そしておもむろに広場に集う部下達に、指示を下す。


「小僧どもは殺せ。女は全員攫うぞ。金品は……てめえらの好きなように奪え。ただし時間厳守だ。襲撃から十五分後には撤退するぞ」


 頭目の指示に、覆面男達は無言で頷く。
 それから、ワイズはニヤリと笑い、


「女どもを捕えたら、サザンにあるいつもの場所に向かうぞ。そこで任務終了だ。あとはお楽しみの時間だぜ。美女に美少女。まあ、ガキも混じっているが、そういうのが好きなのもてめえらの中にはいるしな」


 そう告げると、覆面男達が思い思いの仕種を見せた。
 大仰に肩をすくめる者。笑みを殺すためか、口元を押さえる者などだ。
 反応こそ様々だが、誰もが高揚しているのは明白である。
 もし作戦中でなければ、歓声でも上げていたのかもしれない。
 ワイズは、ふんと鼻を鳴らした。
 しかし数秒後、彼は狂気と快楽を孕んだ、不気味な笑みを見せる。


「さあ、行くぜ野郎ども」


 そして淡々と告げられる言葉。
 それは演技などではなく、まさに野盗そのものの、外道の笑みだった。


       ◆


 そうして時刻は、深夜二時。
 虫の声すら聞こえなくなる頃。彼らはいよいよ動き出した。
 ワイズの一団は、五つに分けられていた。
 誘拐班。暗殺班。強奪班。そして周辺の監視も兼ねた指揮班と、万が一に備えて十数機の鎧機兵に搭乗して準備する戦闘班だ。
 そんな中、指揮班として、ワイズは十人の部下と共にレイハート家の別荘の外――近くの繁みに待機し、屋敷の様子を窺っていた。
 戦闘班は、ワイズ達が隠れる繁みよりも少し離れた後方に待機し、他の三班はすでにあの屋敷の中へと侵入していた。


(しかしよう……)


 覆面の下で目を細めて、ワイズは眉をしかめた。
 本音を言えば、あの忌まわしい小僧を殺せる暗殺班に加わりたかったのだが、頭目たる者が尖兵になる訳にもいかない。仕方がない配置だ。


(あのガキの死に顔を見れねえのは残念だな)


 ワイズは片膝をつきながら、無念そうに拳を握りしめる。
 しかし、こればかりはどうしようもない。
 何にせよ、あの小僧の死は確実だ。
 今回は、それだけで我慢するしかなかった。


(まあ、これも仕事だ。しゃあねえか)


 ワイズは、グッと堪えて静かに屋敷を監視した――。







「(急ぐぞ。まずはターゲットからだ)」


 レイハート家の別荘の一階。
 覆面で顔を隠した八人の男達は、音もなく廊下を疾走していた。
 その戦闘を走るのは、ガデスだった。


(まったく。お頭は人使いが粗いよな)


 元々猫背の目立つガデスだったが、今は本物の猫のような身のこなしだった。
 この屋敷の構造は、すでに粗方把握している。
 どの部屋に、誰がいるかも偵察が調査済みだった。現在向かっているのは、三階にあるリーゼ=レイハートの私室。まずはあの小娘を確保する。
 その後は分担だ。ガデスがターゲットを運び、騎士学校出身というメイドの女には余裕をもって四名を送る。そして残り小娘二人には三名だ。


(まあ、女を攫うなんぞ今更だが……)


 ガデスはふっと笑う。
 ワイズ同様、彼もこの稼業は長い。
 寝込みを襲えばこの程度の仕事は簡単だった。
 むしろ、大変なのは強奪班かもしれない。
 ガデスは廊下を走りながら、ちらりと壁に目をやった。
 そこには、豪華な騎士の甲冑が置かれている。


(流石はレイハート家。金目の物がたんまりとありそうだ。しかし……)


 ガデスは眉をしかめた。
 何故だろうか。この廊下にはやたらと甲冑が多い。
 確かに、こういった上級貴族の屋敷は、甲冑を装飾品として置く事が多いが、それでもこの鎧の数は、あまりにも多すぎるような気がした。


(しかも何なんだ? この奇妙な並びは……)


 足は一切止めないまま、ガデスは訝しげに目を細める。
 現在、通過している長い渡り廊下。
 そこにある甲冑は、大きいモノが一体。その横に子供用なのか、小さな甲冑が三体ほど並び、再び大きいのが一体。そんな並びが、ずっと続いているのだ。
 ある意味バランスは取れていそうだが、変わった配置であることに違いない。


(ふん。まあ、いいか。貴族さまの趣味なんぞ俺らには関係ねえしな)


 ガデスはそう気持ちを切り替え、足をさらに速めた。
 そしていよいよ目的の部屋に辿り着く。
 まだ作戦決行から五分も経っていない。順調なペースだ。


「(よし。お前ら。入るぞ)」


 と、部下達に告げるガデス。部下達は無言で頷いた。
 そして静かにドアを開けた。油断しているのか、鍵は掛かっていなかった。
 ガデス達は部屋の中に誰もいないことを確認してから、天蓋付きのベッドに忍び足で近付いて行く。覗き込むとベッドの上には膨らんだシーツが掛けられていた。
 ここまで近付いても、ガデス達に気付く様子はない。


(やれやれ、よくお休みのようで)


 ガデスは皮肉気に笑った。
 そして、シーツごとターゲットを持ち上げようとし――。


(……はあ?)


 想像を超えた重さに、一瞬唖然とする。が、すぐにハッとした。そもそも感触が変だ。手から伝わるこの感触は、どう考えても少女の柔肌ではない。


「ガ、ガデスさん!?」


 その時、部下の一人がいきなり声を上げた。
 ガデスは舌打ちした。任務中に声を上げるとは何事か!
 そんな苛立ちと共に、ガデスは部下を睨みつけて――目を見開いた。


「な、何だこりゃあ……」


 思わずガデスも愕然とした声を上げる。部下達も揃って動揺していた。
 何故なら、振り向いたその場所には――。

 ガシャン、ガシャン、と。

 先程まで廊下で並んでいたはずの、何十体もの小さな甲冑騎士。それが丸い双眸を赤々と輝かせて、部屋の中で蠢いていたのだ。


「ま、まさか、《彷徨う鎧リビングアーマー》……?」


 仲間の一人が後ずさり、そんなことを呟く。
 余談だが《彷徨う鎧リビングアーマー》とは英雄譚によく出てくる実在しない魔物のことである。
 物語の中では、その正体は古い鎧に宿った亡霊であり、人を恨んでは夜な夜な歩きだして人間を殺し、同じ亡霊に変えるというのが定番の話だった。
 無論これはただの創作なのだが、目の前の光景はそれを嫌でも強く彷彿させた。


「お、落ち着け、てめえら! 《彷徨う鎧リビングアーマー》なんぞガキの創作じゃねえか!」


 と、部下を怒鳴りつけるガデスだったが、すぐに彼は、ギョッと息を呑んだ。
 突然、右腕を誰かに掴まれたのだ。
 見ると、ガデスの手首は紫色の小さな腕に握りしめられていたのだ。


「――ひいィ!?」


 慌てて振り払おうとするが、腕の力は尋常ではなく、全く外れる様子がない。


「て、てめえ!」


 ガデスは恐怖の混じった怒声を上げて腕を掴む鎧――少女と入れ替わりシーツに隠れていたらしい化け物の顔を殴りつけたが、


「ひぎゃあ!?」


 思わず悲鳴を上げるガデス。
 小さくても鎧は鎧。鉄の塊を殴りつけ、拳の方が傷ついたのだ。


「ガ、ガデスさん!?」「ひ、ひいィ、な、何なんだよこいつらは!」「く、くんな! それ以上、俺に近付くんじゃねえよ!」


 部下達も、次々と悲鳴じみた声を上げた。
 と、その時だった。


「……ウヌラハ」


 唐突に。
 ガデスの腕を掴む甲冑騎士が、口を開いたのである。
 ガデス達は、息を呑むしかなかった。


「……マタシテモ、乙女ヲ攫ウカ。ロリコン、ドモメ」


 そう告げるなり、ギシギシとガデスの腕が軋み始める。
 人間に出せる腕力ではない。ガデス本人は勿論、男達の全員が青ざめた。


「しゃ、しゃべった!? ほ、本物の化け物かよ!?」「うそだろ!? 《彷徨う鎧リビングアーマー》は実在してたのか!?」「い、嫌だ! 俺は亡霊になんかなりたくねえ!」


 もはや恐慌状態に陥る覆面の男達。
 しかし甲冑騎士――零号は、侵入者相手に容赦する気はなかった。
 突如、ガデスの腕を、体ごと振り回すと床に放り投げる!


「ひ、ひいいィ――」


 絶叫を上げるガデスは「ぐぎゃッ!」と顔から倒れこんだ。
 しかも倒れたガデスの上に、ゴーレム達がどんどん乗りかかっていく。


「ぎゃ、ぎゃああああああああああああ――ッ!」


 部屋に響くガデスの断末魔。
 十数秒後、そこには墓標のように、紫色の小山が出来上がっていた。


「ガ、ガデスさん……」


 愕然とする部下達。が、彼らに班長を心配している余裕などなかった。
 零号が、すっと手を上にあげたからだ。


「……弟タチヨ。乙女ノテキヲ、蹂躙セヨ」

「「「……ウオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」」」


 部屋中の甲冑騎士――ゴーレム達が、雄たけびを上げた。


「「「ひ、ひいいいいィィィ――」」」


 それに対し、一斉に逃げ出そうとする覆面男達。
 しかし、圧倒的に数が違う。ゴーレムの軍勢から逃れる事など出来なかった。
 瞬く間に全員が引きずり倒されると、ゴーレム達が次々と乗りかかり、蛙のように踏み潰された。男達は絶叫を上げて気絶し、中には泡を吹く者もいた。


「……ヘンタイ、ドモメガ」


 そして零号が吐き捨てる。
 と、同時に別の部屋からも悲鳴が上がった。
 それは、他の侵入者達がゴーレム達に取り押さえられている絶叫だった。
 襲撃を予測したコウタが事前にメルティアに頼み、魔窟館にいるゴーレム全機を召喚してもらっていたのだ。
 小型といえど、ゴーレム達は鎧機兵の一種である。
 生身の人間である覆面男達に、勝ち目などなかった。
 こうして、草木も眠る深夜二時。
 レイハート家の別館では、野太い男どもの絶叫が響き渡るのだった。







「――な、何事だ!?」


 繁みに身を潜めていたワイズは目を剥いた。
 突然、屋敷の中から、部下らしき声が響いて来たのだ。
 それも悲鳴の類。恐怖と絶望を孕んだ声だった。
 何かの異常が起きたのは疑うまでもない。


「お、お頭! こいつは一体……」


 部下の一人が緊張した声色で問う。
 ワイズは、覆面の下で渋面を浮かべた。


「くそ、何かあったな。おい、てめえら。何人かで偵察を――」


 と、指示を出そうとした時だった。

 ――ズドンッッ!

 突如、後方で轟音が響く。
 ワイズ達がギョッとして後ろを振り向くと、そこでは仲間の鎧機兵の一機が、片足を吹き飛ばされ、倒れ込むところだった。


「ほ、砲撃だと!」


 ワイズは呆然と呟く。が、動揺している暇などなかった。
 続けて木々の間から長剣と盾を構えた白銀色の鎧機兵と、大剣を持つ薄い藍色の鎧機兵が跳び出してきた。そして二機は待機していた部下の機体に襲い掛かかる!
 襲撃してきた鎧機兵達は、未だ困惑している部下の機体の頭部を躊躇いなく潰し、さらに二機、戦闘不能にする。


『腕を上げられましたね。お嬢さま』


 と、大剣を軽く横に薙ぎ、薄い藍色の鎧機兵が呟くと、


『ふふ、まあ、日々の訓練の成果ですわ』


 白銀の機体が、そう返した。
 どちらも女の声。共に聞き覚えのあるモノだった。


「く、くそ!」


 そこで、ワイズはようやく状況を理解する。
 恐らく先程の声からして敵機の操手は、白銀色の方が、ターゲットであるリーゼ=レイハート。薄い藍色の方が、スコラという名前のメイドに違いない。
 明らかな奇襲。今回の襲撃は、完全に読まれていたのだ。


「てめえら反撃だ! 俺達も鎧機兵を召喚する! まずは敵を無力化しろ!」


 どうやって襲撃を察したのかは分からないが、とりあえずは目の前の危機だ。
 ワイズは、敵の機体を睨みつけると、


「だが殺すなよ! そいつらはターゲットだ!」


 大きく声を張り上げて、部下達に補足の指示を出した。
 それに対し、ワイズの部下も、それなりの修羅場は経験している者達である。
 頭目の指示には、すぐさま応じた。
 残った十機ほどが敵機を前に身構える。無論、最初の砲撃のあった方向にも警戒を怠っていない。その間にワイズ達十一名も広場に移動して短剣(しょうかんき)を抜き放った。


「よし! 来やがれ、《ダグン》!」


 ワイズは、自分の愛機の名を呼んだ。
 途端、地面に光の線が疾走し転移陣を描く。
 そして浅黒い機体が浮き出て来た。
 両手に手斧を持ち、頭部から髪のように鎖の束を生やした戦士型の機体だ。
 恒力値・八千九百ジンの高出力を誇るワイズの愛機・《ダグン》である。
 ワイズは胸部装甲ハッチを開けて、早速愛機に乗り込んだ。
 彼の直属の部下である十名も、それぞれが愛機に乗り込む。
 これでワイズ達の総戦力は二倍だ。


『よし! 連中を潰すぞ! この数なら無力化できる――』


 と、拡声器を通じてワイズが指示を出そうとした、その時だった。


『悪いけど、お前達の相手はボクがするよ』


 突如、少年の声が広場に響いた。
 ワイズ達は、ギョッとして声のした方――上空に目をやった。
 そして、

 ――ズズゥン……。

 と、一機のが、眼前に着地する。
 何故、鎧機兵らしきモノなのか。
 それは、その機体が、とても鎧機兵に見えなかったからだ。
 その姿は一言で言えば、炎の魔人。
 燃え盛る人型の赤い炎が、竜を象った手甲と、漆黒の鎧を着た姿だった。
 あまりにも異形すぎる。盗賊団の頭目として相当な戦闘を経験したワイズでさえ、こんな機体は見たことがなかった。

 しかも――。


(は、はあ!? 恒力値が七万二千ジンだあ!?)


 すぐさま《万天図》を使用して確認した魔人の恒力値に、ワイズは絶句する。
 完全に桁そのものが違う。まるで悪夢だ。冗談ではない。


『ひ、ひいィ……な、何なんだよ、この化け物は!?』


 部下の一人が、怯えた声を上げた。
 ワイズが抱いた戦慄は、当然部下達も感じたようだ。
 異様な姿と莫大な恒力値を持つ敵を前にして、彼らもまた激しく動揺していた。
 しかし、そんなワイズ達の恐慌をよそに、手に処刑刀を握りしめた炎の魔人は、ゆっくりと歩み始めた。一歩進むごとに、赤い炎が周囲に撒き散らされる様は、まるで煉獄から現れ出た《悪竜》のようだった。
 ワイズ達は喉を鳴らし、思わず硬直する。
 そして、悪竜の騎士は処刑刀を勢いよく横に薙ぎ、宣告した。 


『さて。それじゃあ、戦いを始めようか』
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