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第5部

第八章 囚われた乙女と、騎士の矜恃①

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 ――武舞台グラウンドは静寂に満ちていた。
 二機の鎧機兵は一切動かずに身構え、観客達は息を呑んで見守っている。
 騒がしかった放送席も今や沈黙を保っていた。
 そして――。


『行きますわ! コウタさま!』

『うん! 来い!』


 操手達のかけ声と共に、いよいよ二機が動き出す!
 ――ズガンッ!
 轟音と共に《ステラ》が《雷歩》で飛翔した。
 一瞬で間合いを潰し、横薙ぎの斬撃を繰り出す――が、


『――ふっ』


 コウタが小さな呼気を吐き、《ディノス》が処刑刀で斬撃を撃ち落とした。
 だが、《ステラ》の攻撃はそれだけでは終わらない。
 左手で持つ盾で《ディノス》の視界を覆い、左脇腹を狙って刺突を繰り出す。
 対し、《ディノス》もその攻撃を読んでいた。左の爪で長剣の切っ先を打ち払う。そして間髪入れずに身構える盾めがけて処刑刀を振り下ろした。恒力値が七千ジン以下とは思えない重い一撃に《ステラ》の両足がズズンと地面を陥没させた。


(相変わらず重い!)


 リーゼはわずかな焦りを抱きつつ、愛機を後方に跳躍させた。
 しかし、《ディノス》はその後退を許さなかった。
 処刑刀を大きく振りかぶり、恒力による見えない刃――《飛刃》を飛ばす!


『――クッ!』


 咄嗟に盾を身構えて衝撃を受け止める《ステラ》だったが、込められた威力はとても抑えきれず、ガリガリと地面に両足で火線を引いた。
 そしてどうにか威力を受けきった時には、愛用の盾に大きな亀裂が入っていた。
 おおおおッ、と客席からどよめきが走る。


『――よっしゃああああッ!』


 次いで放送席から、済んだ声と合っていない雄叫びが上がった。


『やっちゃえコウタさま! そのまま一気に猫かぶり女を仕留めるのよ!』


 もはや実況をする気もないジーナが叫ぶ。
 対し、もう一人の実況者は『ぬうッ!』と呻き、


『おのれ! ヒラサカめ! 後退する者に追い打ちをかけるとは騎士の風上にもおけん奴だ! 恥を知れ! 恥を!』


 やはり実況をする気がないようだった。
 ともあれ、演武をする二人には大して関係はない。
 リーゼは呼気を整え、《ディノス》を見据えた。


(やはりコウタさまはお強いですわ。度重なる強敵との戦いを経て、その力量はますますもって冴え渡ってきています。ですが――)


 公爵令嬢は不敵に笑った。
 自分とて今日まで何もしてこなかった訳ではない。シャルロットにも協力して貰い、この日のために密かに磨いてきた技を用意してきているのだ。


『――ふうッ!』


 リーゼは鋭く息を吸い込んだ。
 そして同時に《ステラ》が盾を身構えた状態で突進する。
 それに対し、《ディノス》は少し警戒するも《飛刃》を横薙ぎに撃ち出した。《飛刃》は盾にぶつかり、一瞬拮抗するものの、次の瞬間には盾を打ち砕いていた。
 バラバラと飛び散る金属片。だが、それはリーゼにとって想定内だ。《ステラ》は《雷歩》を使い、そこからさらに加速した。
 そして間合いを詰めるなり、長剣を袈裟斬りに放つ!


『……………』


 一方、《ディノス》は迎撃せずに無言のまま一歩引いた。
 気のせいか、普段よりもわずかに遅い斬撃に嫌な予感を覚えたからだ。
 長剣は空を切る。が、《ステラ》は一歩踏み出して返す刀で横薙ぎを放った。今回は普段以上の速さだ。流石に間合いを外すような余裕もなく、《ディノス》は処刑刀で長剣を受け止めようとした――その時、
 ――ぞわり。
 不意に背筋に悪寒が走る。


(これは――まずい!)


 コウタは瞬時に危険性を察知した。次いで思考する間さえも惜しみ、《ディノス》に処刑刀だけでなく左腕の籠手も身構えさせた。
 直後――。
 ――ギィンッ、ギンッッ!
 連続して響く衝撃音。《ディノス》は両腕を使い、


『――なッ!?』


 それに驚愕したのはリーゼの方だった。
 まさか今の攻撃が防がれるとは思わなかったのだ。


『くッ! まだまだですわ!』


 だが、ここで動揺もしていられない。この初見殺しがこうも容易く破られたのは想定外だが、技の正体まではまだ見抜かれていないはず。リーゼはさらに攻勢に出た。
 ズンッ、と強く踏み込み、《ステラ》が左の拳を繰り出した。が、その拳速は少しだけ遅く《ディノス》はわずかに後退して回避した。


(ここでもう一度!)


 リーゼは双眸を鋭くして、愛機に袈裟斬りを繰り出させた。
 対する《ディノス》は処刑刀で斬撃を受けとめる――と、同時にやはり左の籠手を身構えて剣撃とほぼ同じタイミングで襲い掛かってきた衝撃の方も防いだ。
 流石にリーゼも蒼白になった。


『ま、まさかもう見抜いたのですか! わたくしの《残影虚心》を!』

『ああ、そういう名前なんだ。うん、流石はリーゼ。君らしい凄く繊細な技だ』


 一方、対峙するコウタにはまだまだ余裕があった。


『今の攻撃で大方分かってきたよ。多分これって《ステラ》の全身から漏れる恒力の残滓を二撃目のタイミングに合わせて具現化させているんでしょう?』

『な、ななな……』


 ズバリを言い当てられてリーゼは絶句した。
 種明かしするとこうだ。すべての鎧機兵は恒力で動く。だが恒力を余すことなく使用しきることは難しく、どうしても使い切れない恒力が漏れ出すものだった。
リーゼはその現象に着目したのである。
 要は目には見えない残影を、任意のタイミングで構築、具現化させたのだ。
 例えるなら、すぐ傍に不可視の伏兵を忍ばせているに等しい現象である。いかに怪物と呼ばれる少年であっても初見では見抜けないはず。そう考えていた。

 しかし現実は――。


『あ、あなたはどこまで……』


 怪物なのですか。
 愛しい少年相手にそう言いかけて、リーゼは言葉を噤んだ。
 すると、何と呼ばれかけたのかニュアンスだけは察してコウタは苦笑を浮かべる。


『そこまで大したことじゃないよ。この闘技って前提として直前の攻撃を相手にかわして貰わないと成り立たないんでしょう? 普段よりも遅い攻撃をしてきたら何かあるんじゃないかなって思うよ』


 と、コウタは平然と言う。リーゼは言葉もなかった。
 ただ、コウタにとってはこれぐらいの対応は当然でもあった。

 ――すべての攻撃が必殺。目視するのも難しい一撃を繰り出す者。
 ――空間そのものを操り、視認すること自体を無意味に変える者。

 これまで戦ってきた強敵はそんなレベルの者達なのだから。
 今さら見えない伏兵程度では驚かない。


『――くうッ!』


 いずれにせよ、秘策であった闘技を破られたリーゼは間合いを取り直した。
 ズズン、と後方に跳躍した《ステラ》が着地する。
 そして長剣の切っ先を《ディノス》に向け、《ステラ》は身構えた。
 この状況でもまだ諦めていない証だった。
 ――が、このままでは勝機などないのも事実だ。


(わたくしは負けられないのです! コウタさまに認めて貰うためにも!)


 リーゼは黄金にも見える蜂蜜色の瞳に闘志を宿して、操縦棍を握り直した。
 確かに秘技は破れた。ならば後は最強の技に賭けるしかない!
 リーゼは呼気を整え、《ステラ》を身構え直させた。
 切っ先をゆっくりと水平に向ける刺突の構えだ。
 同時に《残影虚心》を習得する際に磨き上げた構築系の《黄道法》で、両足と長剣の先に恒力によるレール――《天架》を敷く。
 それは、リーゼにとっては未だ完成していない闘技。
 三本の《天架》によって繰り出される超々高速の突進系刺突。
 彼女が心から敬愛する女性剣士が必殺と呼ぶ闘技だった。


(この闘技――《覇閃》は未完成の技です。ですが――)


 これこそが、現在リーゼが繰り出せる最強の技であった。
 敗北必至の局面を覆せるとしたらこの技しかない。
 リーゼの覚悟は会場全体を緊張感で覆い尽くしていた。
 すると――。


『……うん。思い切りがいい』


 不意に、コウタが場違いなほど優しい笑みを見せた。


『リーゼのそういうところは本当に好きだよ。君の心はとても真っ直ぐで綺麗だ。だからボクも全力で応えるよ』


 言って、コウタの愛機・《ディノス》は処刑刀を身構えた。
 二機の間にさらに強い緊張感が走る。
 だがしかし。
 結局のところ、リーゼの渾身の一撃はコウタには届くことはなかった。
 ――いや、そもそも繰り出すことさえも出来なかったのだ。

 何故ならば……。


『ふむ。確かにその気概。実に美しいぞ。乙女よ』


 不意に。


『されど貴公にはもはや勝機はない。ならばここより先はオレが引き継ごう』


 聞き慣れない一人の男の声が朗々と響いた。
 会場がざわめき始める。
 動揺したのはコウタとリーゼも同じだ。特にコウタの方はハッとする。


(このタイミングで来るのか!)


 瞬時に観客席の一角――メルティア達のいる場所に目をやる。そこにいるジェイクと目が合った。真剣な顔をする二人は互いに頷き合った。
 続けてコウタは、自分がフォローすると宣言している少女に目を向ける。
 彼女――リーゼの操る《ステラ》はまだ構えは解いていなかったが、明らかに困惑していた――と、その時だった。


『ゆえに安心せよ。気高き乙女よ』


 男の声がさらに続く。


『貴公は何の憂いもなく、ここで退陣するがよい』


 そう言い放つ。コウタはギリと歯を鳴らした。
 今の宣言は悪い方にしか取れない。すなわちリーゼを排除するという宣言だ。


『――リーゼ!』


 と、コウタがリーゼの名を呼ぶ。
 しかし、一対一の戦闘に集中していたリーゼの反応は遅れてしまった。


『え? コウタさま?』


 困惑した声を上げた途端、
 ――ザンッ!


『――なッ!?』


 突如、飛翔してきたに《ステラ》の片膝が両断されてしまう。《ステラ》はバランスを崩し、その場に仰向けになって倒れ込んでしまった。
 その間も《ステラ》の片足を切断したは空を飛び続ける。そして円の軌跡を描いて主人の下へと戻っていった。
 ガシンッ、と力強く飛翔する物体を受け止めたのは一機の鎧機兵だった。

 一体いつからいたのか、その鎧機兵は純白の機体だった。

 満月のような額当てを着けたヘルムに、優雅さを宿す鎧装。背中には弧を描いて天を衝く巨大な刃に三本の剣を並べた骨組みだけの翼がある。
 そして手に持つ――《ステラ》を戦闘不能に追い込んだ武器は、剣腹に精緻な紋様を施されている長大すぎる鏃を両端に装着したような大双刃ダブルハーケンだ。
 突然すぎる闖入者に、会場は静寂に包まれた。
 ――が、そんな中、《ディノス》を操るコウタだけは横たわる《ステラ》の傍らに立ち、純白の騎士を睨み付けていた。
 沈黙が続く。すると、


『ふむ。そう睨むな。悪竜の騎士よ』


 そう言って、純白の騎士は大双刃ダブルハーケンの切っ先を《ディノス》へとかざした。


『前座が終わっただけだ。いよいよ第二回戦と行こうではないか』
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