嘘つきは私かもしれない

koyumi

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第6話

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「ひゃああああっ!血だ!血が、血が出てるじゃないかぁ!」

 私に噛まれた手を見ながら雄叫びをあげる男。
 自分の手に滲む血を見て、酷く狼狽えている。

「お前、絶対に許せんっ!俺のこの見目麗しい身体を傷つけるなど、問答無用!覚えていろよっ!女だからって容赦しない!」

 そして私の顔をじっと睨み、そう罵った。

 そこへ、慌てて駆け込んで来たのはやはり土方さん。

「何事でございますか!?はっ、ぼ、坊っちゃま、そちらのお手はいかがされたのですか!?」

 すぐに坊っちゃまの手の傷に気がついた。

「こいつに噛まれた。起こしてやっただけなのに、こいつ、噛みつきやがった。おまけに俺を不審者のような目つきで睨んで来た。おい、一体どういう教育をしている?毛利はどこだ?!」

 だって、仕方ないじゃない。
 私は寝ていたんだからっ、「寝ぼけてましたから」って言いたい。
 だけどなんだかこの男の威圧的な態度を見ると、謝ったり言い訳したりといった行動が嫌になってきた。
 きっと何言ったって嫌味を言われるだけだ。

「坊っちゃま、お呼びでしょうか?」

 おそらく早くから部屋の外で待機していたのだろう。
 毛利さんがシュッと現れた。

「おい、どうなっている?こいつはどうやら俺の顔がわからないらしい。誰も教えていないのか?夫に対する礼儀というものを!」

「申し訳ございません。私共は、既に双方お顔やお身体のことなど、夫婦になるほどのご縁からご存知のことと思っておりました故。」

「……っち!」

 舌打ちっ?!
 久々に見た。未だにそんなことをする人がいるだなんて。
 この人、絶対に性格悪い。

「おい、手当てしろ。お前のせいだからな。」

「……はい。」

 メチャクチャ嫌だけど、でも、私が噛んだのだから私が始末するべきだ。
 それはグッと我慢しよう。

「いえ、坊っちゃま、それでは医務官の仕事が怠慢であると見なされてしまいます。ですので、お治療は医務官が施しますので」

「医務官が指南してこいつがやればいい。今すぐ医務官を呼べ。そして他は下がっておけ。」

「はい。かしこまりました。」

 その時、男がニヤリと口角を上げたのを私は見逃さなかった。

 この人、絶対に後でイチャモンつける気だ。
 私のやり方がマズかったから治りが悪いだの、医務官の話もまともに聞けないのだの、他の従者を下がらせて私の逃げ道を塞いだつもりでいるのね。
 やだやだ、性格悪すぎだわ。

 そして、男が命令して2分と経たず、ドアがノックされ、白衣を着た初老の男性が入室してきた。

「失礼致します。初めまして、若奥様。医務官の駿河するがでございます。以後、お見知り置きを。」

「は、初めまして。遠藤、詩豆です。よろしく、お願いいたします。」

 この家には専属の医者までいるのか。
 ったく、医者の給料はお高いのに、わざわざそんな小さい傷で呼びつけるなんて、どんだけ事を大きくするつもりなのか。

「坊っちゃま、若奥様のお手を煩わせてもよろしいのですか?」

「ああ?夫が怪我したんだぞ。妻である人間が面倒見るのは当然だ。駿河、教えてやれ。」

「なるほど、かしこまりました。それではまず__」

 真っ直ぐに私に向けて差し出された手を見てゴクリと喉を鳴らした。

(なにこの手……綺麗すぎる、長すぎる)

 男の手は女性とは違うものの、透き通るように滑らかな肌質で、指は長く、だが決してひ弱な感じではない頼れる強さを持っていた。

「おい、見惚れてないで治療しろっ!」

「な、見惚れてなんかっ」

「いただろ?顔が赤い。何を想像しているんだ?」

 やな感じ、やな感じ、やな奴、やな奴っ!!!!

 私は、グイッと男の手を引っ張り、渡された軟膏を綿棒を使って塗り、ガーゼを当て、行業らしくその手の半分をグルグルとテープで巻いた。

「お前っ!医務官の話を聞かずに……!」

「ふんっ、こんなもの、こうしてりゃ一晩で治るわよっ!」

 めちゃくちゃ自己中な治療だが、私はいつもだいたい軟膏塗って絆創膏でなんでも終わりにしている。
 私が妻だから治療しなければならないというのだから、私のやり方でやってやろう。

「…………まあ、いい。これだけ巻かれりゃかえって無理難題言ってこないだろうしな。」

「ん?無理難題?」

「ふんっ、まあ、そのうちわかる。それより、今から飯だ。本館に行くから着替えろっ。シワくちゃな格好してくるなよっ。毛利っ!!」

 男が声を大にすると、すぐさまドアがノックされて開いた。

「はい。いかがされましたか?」

 そしてやはりすぐ側で待機していたと見られる毛利さんがやってきた。

「今から本館でディナーだ。こいつを見れる格好にしてやれ。このままじゃ流石につれて歩けない。幾ら何でも酷すぎる。」

「し、失礼なっ。」

「失礼だと?失礼なのはお前だ。俺の家をなんだと思っている。第一、お前は俺を知らないのか?」

 ん?
 知らないのかって言われると、知ってるような気がする……えーと、誰だっけ?名前、遠藤だったよね……遠藤、遠藤、え、んどー!?

「エンドーグループ!!まさか!?えっ?えええっ!?」

 エンドーグループ。
 直営のインテリアショップは今や若者から壮年期の方々まで幅広い支持を得ており、最近ではビルやマンションのリノベーションも手がけている時代の先端をいく会社。
 しかも、詩豆がつい先日まで在籍していた派遣会社も、エンドーグループの一味である。
 ということは、今まで自分がお世話になっていた会社の親元に若奥様として嫁いだということだ。

「はっ、やっぱりかっ!何なんだ一体!お前、親からなんにも聞いてねえのか?」

「だ、だって、聞いてることは、慶大って名前で、29歳で、エリートイケメン初婚で、7歳の時に許嫁の契りを結んでるからって。」

「で、どこの家に嫁ぐのかは?」

「だから、金持ちで、うちのじいちゃんの時からのご縁で……あっ、奥様が書道家で有名だって……」

「俺自身については?まさか知らないのにサインしたのか?!」

「だって、あの時はうちは切羽詰まってて、母親が売られそうだったし、まあ私もだけど。それに、家の塀に落書きもあったり、窓ガラス割れたりするところもあって、怖くて、怖くて……」

 ポロ……。

 やだ、なんでかな?
 なんで今頃涙が出るんだろ?
 どうせなら、どうせなら、婚姻届にサインする時に出たらよかったのに。
 そしたら私の気持ちに、寄り添ってくれる人がいただろうに。
 よりによって、こんな乱暴な奴の前で泣くだなんて……。

「……わかった。もういい。女の涙は目に毒だ。準備ができたら下に降りろ。」

 男は、私の夫はそう言うと私と目を合わせることなく部屋を出ていった。
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