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第25話
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夫とはまた何日か顔を合わさない日が続いた。
会長である舅と庭先でばったり会い、
「すまないなぁ、詩豆ちゃん。慶大の手はとっくに治っているし、そろそろ独り寝はやめろと言っているが。あのAプロダクトの後処理に追われているらしい。もう構うなとは言っているが、やはりうちのグループ会社と名乗っていたわけだし、最後まで見届けるべきだと聞かないんでな。」
と、子作りに励んでほしいが本人がどうしようもなくて残念といった気持ちを吐き出されてしまった。
「はい……そうなんですね。私は大丈夫ですから。男の人はお仕事を優先するべきですよ。」
まるで昭和初期の考えだ。
だが、この舅の年代の人達は、やはりこっちよりで、男子たるもの家族を支えるために仕事に生きることに抵抗はない。
「そうか、さすがは詩豆ちゃんだな。そう言ってもらえると気持ちが楽になるよ。名波さんには無理言ってお嫁に来てもらったが、詩豆ちゃんの気持ちを思えば申し訳なくてな。慶大は少々癖が強い男だ。だが、心根は深い。気長に見てやってくれ。」
舅はそう言うと、本館の方へと去っていった。
夫は、少々どころかかなり癖がある。
心根が深いかどうかはわからないが、多分手を出されなければ、私は長くここに居られると思う。
☆☆
それからまた何日か経ち、姑に誘われて、私はクラシックコンサートに行くことになった。
クラシック……!
果たして最後まで寝ずに聞けるだろうか。
ここ最近、何もない日々が続くせいか、私は夜遅くまで眠れないでいる。
何の波風も立たず、1日が同じように繰り返され、疲れることがない。かといって、張り切っているわけじゃなく、慣れたといえば慣れたが、飽きたに近い。
サックス色のツーピースに身を包み、白と黒のアシンメトリーのドレスを纏った姑の隣に座る。
まだ明かりはダウンしていなく、周りの観客の顔ぶれがよくわかる。
だが、私の知っている人はいない。
姑は目があった知り合いに気づく度に頭を少し下げている。
名前はわからないが、私も姑に続いてなるべく頭を下げるようにする。
何人目かの時だった。
頭を下げた後に顔を上げると、見知った顔を見つけた。
私の席からは少し遠いが、割とはっきりと見える位置にその人はいた。
隣は空席のようだ。
満席ともいえる会場の中、ポツンと空いたその席に私は心を奪われていた。
彼女はこちらを見ないので、私には気づかない。もし振り向いたところで、気付くだろうか?
やがて、照明は落とされ、舞台がきらびやかに輝いた。
体中に伝わる音のストーリーに、私は魅了され、いつしかその空席のことなど気にしなくなっていた。
休憩時間にお手洗いに行くため、姑を残して席を外した。
人の波をかき分け、ようやく見えたウォッシュルームに入り、リップだけ軽く塗り重ねて出ると、彼女に遭遇した。
「あら?名波さんじゃない、あ、ごめんなさい、遠藤さんになったのよね。」
「お久しぶりですね。藪坂さん。」
彼女、藪坂美奈子は、そのスレンダーな体のラインを強調するようなタイトな白いワンピースを着て、この場には少し派手と思われる程重たそうなゴールドのネックレスを身につけていた。
「今日はお一人様?それとも従者の方がご一緒なのかしら?」
明らかに蔑んで見られていることがわかり、ムカッとしたが、そこは抑えた。
「お義母様と一緒にきましたが。」
姑の名を出すと、ハッとした顔をした。
「あら?ご主人様はご一緒じゃないのね。まあ、そうね。確認する必要はないのだけど……」
ん?
何か腑に落ちないけど、あまりこの人と長く話したくはない。
もういいだろうと、「じゃあ私はこれで」と、言おうとしたが、
「あ、慶大っ!やっと来たわねっ。」
と、藪坂さんの口から夫の名前が出て、私の足は縛り付けられたように動けなくなった。
会長である舅と庭先でばったり会い、
「すまないなぁ、詩豆ちゃん。慶大の手はとっくに治っているし、そろそろ独り寝はやめろと言っているが。あのAプロダクトの後処理に追われているらしい。もう構うなとは言っているが、やはりうちのグループ会社と名乗っていたわけだし、最後まで見届けるべきだと聞かないんでな。」
と、子作りに励んでほしいが本人がどうしようもなくて残念といった気持ちを吐き出されてしまった。
「はい……そうなんですね。私は大丈夫ですから。男の人はお仕事を優先するべきですよ。」
まるで昭和初期の考えだ。
だが、この舅の年代の人達は、やはりこっちよりで、男子たるもの家族を支えるために仕事に生きることに抵抗はない。
「そうか、さすがは詩豆ちゃんだな。そう言ってもらえると気持ちが楽になるよ。名波さんには無理言ってお嫁に来てもらったが、詩豆ちゃんの気持ちを思えば申し訳なくてな。慶大は少々癖が強い男だ。だが、心根は深い。気長に見てやってくれ。」
舅はそう言うと、本館の方へと去っていった。
夫は、少々どころかかなり癖がある。
心根が深いかどうかはわからないが、多分手を出されなければ、私は長くここに居られると思う。
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それからまた何日か経ち、姑に誘われて、私はクラシックコンサートに行くことになった。
クラシック……!
果たして最後まで寝ずに聞けるだろうか。
ここ最近、何もない日々が続くせいか、私は夜遅くまで眠れないでいる。
何の波風も立たず、1日が同じように繰り返され、疲れることがない。かといって、張り切っているわけじゃなく、慣れたといえば慣れたが、飽きたに近い。
サックス色のツーピースに身を包み、白と黒のアシンメトリーのドレスを纏った姑の隣に座る。
まだ明かりはダウンしていなく、周りの観客の顔ぶれがよくわかる。
だが、私の知っている人はいない。
姑は目があった知り合いに気づく度に頭を少し下げている。
名前はわからないが、私も姑に続いてなるべく頭を下げるようにする。
何人目かの時だった。
頭を下げた後に顔を上げると、見知った顔を見つけた。
私の席からは少し遠いが、割とはっきりと見える位置にその人はいた。
隣は空席のようだ。
満席ともいえる会場の中、ポツンと空いたその席に私は心を奪われていた。
彼女はこちらを見ないので、私には気づかない。もし振り向いたところで、気付くだろうか?
やがて、照明は落とされ、舞台がきらびやかに輝いた。
体中に伝わる音のストーリーに、私は魅了され、いつしかその空席のことなど気にしなくなっていた。
休憩時間にお手洗いに行くため、姑を残して席を外した。
人の波をかき分け、ようやく見えたウォッシュルームに入り、リップだけ軽く塗り重ねて出ると、彼女に遭遇した。
「あら?名波さんじゃない、あ、ごめんなさい、遠藤さんになったのよね。」
「お久しぶりですね。藪坂さん。」
彼女、藪坂美奈子は、そのスレンダーな体のラインを強調するようなタイトな白いワンピースを着て、この場には少し派手と思われる程重たそうなゴールドのネックレスを身につけていた。
「今日はお一人様?それとも従者の方がご一緒なのかしら?」
明らかに蔑んで見られていることがわかり、ムカッとしたが、そこは抑えた。
「お義母様と一緒にきましたが。」
姑の名を出すと、ハッとした顔をした。
「あら?ご主人様はご一緒じゃないのね。まあ、そうね。確認する必要はないのだけど……」
ん?
何か腑に落ちないけど、あまりこの人と長く話したくはない。
もういいだろうと、「じゃあ私はこれで」と、言おうとしたが、
「あ、慶大っ!やっと来たわねっ。」
と、藪坂さんの口から夫の名前が出て、私の足は縛り付けられたように動けなくなった。
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