愛しい人は誰のもの?

koyumi

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第1話

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 今日もまたいい天気だ。
 桜も散り始め、たまに吹く強い風が肌寒い4月中旬。
 三寒四温とはよく言ったもので、未だ離せない上着を纏い、いざ男の戦場へ向かう俺は町島慎士25歳。

 仕事柄、やたら研修が多いこの会社。今日からまた新しく2週間の予定で始まる。
「あー、覚えられるかなぁ。」
 入社3年目ともなれば、新入社員の頃のようなボロは出せない。かといって、先輩方に比べればまだまだ屁の河童のような自分の力量に肩が下がる。
 会社のエントランスを前に、思わずそう呟いた俺に、思わぬ情報が入った。
「聞いたか?今日からの研修、川嶋園子も一緒だってよ。」
 俺の耳の穴の神経を全て捉えたのは、同期の高村の言葉だ。

ーー川嶋さんっ。

 川嶋園子。その名は、俺の中でNo. 1可愛い名前で、その破壊力は未知数。
 実のところ、25年もの間一度も女性と経験したことのない俺。『付き合う』ということもしたことのない俺。
 いや、これでも告白されたことはあるんだ。2人くらいだったか?
 だけどそれは、どれも中学卒業式と高校卒業式で、“離れてしまうから最後に俺を好きだったことを伝えたかっただけ”という、なんとも処理し難い告白だったから、“その後”などあるはずもなく。
 大学では、流されて入った書道部に何故かハマり、いつも墨が指先についていた俺は、女の子に触れたらいけないような気がしてますます奥手になってしまった。
「おまえ、勿体無いよなぁ。」
とは、この高村から散々言われてきた言葉。
「見た目、男の俺でもカッケェなと思うことあるのに。」
 いやいや、やめてくれ。俺はそっちじゃないし。別に自分をかっこいいなど思ったことはない。

 結婚もしなけりゃしないで生きていくか……。と、半ば女性との縁を諦めていた時、途中入社の川嶋さんと出会って恋に堕ちてしまったんだ。

 可愛らしい顔つきに、小柄だが程よい体つきの見た目。いや、見た目はあとからついてきたようなもんだ……多分。

 まるでドラマのような出会い。

 彼女を初めて見たのは雨上がりの通勤路。傘を畳んだ彼女は初出勤で緊張していたのか、傘の先をトントンつきながら歩いていた。
 下ばかり見て歩いていた俺は、その音が妙に気になり、音のする方を見た。大抵のビジネス街の大人は、傘をしっかり持ち、先端をアスファルトにぶつけながら歩く小学生のようなことはしない。だからなのか、その日その場所にいた彼女は、特別な人にしか思えなかったんだ。
  そして俺に、ついに出会いの神様がご縁をもたらす事件が起こったのだ。

 彼女の傘の先が、グレーチングにはまった。その一歩、鈍い音がして、彼女は傘の先だけでなく、履いていたヒールまでもが挟まってしまっていた。
「ひゃ、やだっ。」
 小さな悲鳴。なんて可愛い声なんだ。
 周りの奴らは誰も彼女を助けようとしない。そりゃそうだ。彼女は見知らぬ顔。ビジネス街のど真ん中。もしかしたらライバル社の人間かもしれないし。だなんて、偏った考え方をしながらも、1人悪戦苦闘していた彼女に俺は近づき、「大丈夫ですか?」と、声をかけた。

 この時の俺の勇者ぶりったらハンパない。今までの俺を考えたらありえない積極性。とはいえ、相当顔に出ていたようで、
「あ、大丈夫です。お恥ずかしいところ心配していただいてありがとうございます……あの、それより大丈夫ですか?……顔、随分赤いですよ。」
と、言われてしまった。
「顔?へ?」
 俺は思わず持っていた傘を落とし、両手で自分の頬を包んだ。
(ぅわっ!熱っ!)
 やばいくらいそこは熱を持っていて、今体温を測るならば、きっと38度は超えているだろうと予想できた。
 そんな俺の額を、
「やっぱり、熱あるんじゃないですか?」
と、触れてくれた彼女の間近で見えた瞳を、忘れることなどできるものか。

「あの、だい、じょうぶですよ……あの、その、えーと、僕は、ま、町島です。町島慎士と申します。」
 慟哭が止まない我が胸の内を悟られないよう、どうにか強がって出た言葉がこれ。(なんだなんだ、自己紹介かよ)って、自分にツッコミ入れまくったさ。
 でも、そんな俺を馬鹿にせず、彼女は律儀に自己紹介をしてくれたんだ。そして得た情報で、なんと運命的にその日から同じ会社で勤めることを知った俺。

 その瞬間から俺の薔薇色ビジネスライフが始まったんだ。

 ただ、彼女が同じ会社というのはとてつもなく喜ばしいのだが、可愛い彼女はいつも男性社員の目を惹いてしまう。
 部署が違うので、特別会う回数も少ない俺にはチャンスは少ない。
 ライバルは、日に日に増えていっている。
 つい最近は、営業の新人が彼女を飲みに誘ったらしいし、その前は、企画の精鋭が、彼女とランチを共にしたという。

 最初こそ、一番手に出会ったのは俺だが、それ以降全くいい出番がない。

 可愛い君は僕のことなど既に忘れているだろう。

 半ば諦め気味の俺に、今回の研修の話。
(やった!やった!彼女とついに……)
 接点ができる!!
 このチャンス、ものにしなけりゃ男じゃない。よし、やったる、やったるで!
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