僕と生きてください

koyumi

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ep.14

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 『コンコン』
 
 と軽くノックをし、会議室のドアを開ける。本当は応接室で対応するべき事案だが、ただいま応接室は応接室で学校主さんが銀行さんと大事なお話中である。

 会議室というだけあって、今いる人数の割には広く、導線が長い。

 桂木以外に本部長も後から入室しており、お茶を入れ直した為、タイミング的には少し遅かったかもしれない。

「ああ、すまない。」

 と、桂木は、お茶を出す貴和子に事務的な礼を言う。
 まるで影武者のように、出すだけ出して邪魔せず退室することが求められる。
 このお茶出し、貴和子は前職の入社当時、本当に苦手で、初めて行った時は手足がぎこちなく、右手右足左手左足をセットに歩いていた。その為、後から上司に笑われてしまった。逆に目立っていたから気をつけてっと。

 会議室から出た後は、ふーっと肩の力が抜ける。

 「どうだった?」

 と真子に言われても、貴和子にしてみれば普段通りの緊張感で、その場の雰囲気などよくわからない。
 ただ、桂木が“上司”であることはわかった。それだけだ。

 小一時間して、会議室のドアが開いた。担当者の紹介にしては随分長かったと思う。

 和やかな雰囲気で出てきたメンツからして、うまくいきそうなのだろう。
 本部長はなかなか外部の人間には厳しい目を持っているので、あの笑顔が本物か偽物か未だに区別はつかないが、先方からすれば良好と見られているに違いない。

 何より、柏木に対するあの女性の視線は、ビジネスを超えていると思える。
 柏木の方は貴和子からは死角だったので表情は窺い知れない。

 ひとまず会議室に向かい、後片付けをする。真子は学校主さんの方の応接室側の片付け中なので、貴和子は1人で処理した。

「あれ?」

 確か、先方は煎茶が飲めないからと、わざわざほうじ茶を出したのに、一口も飲まれていない。いや、微かに口紅はついているから一口は飲んだのか?
 しかし、この量は、飲んだとは言えない。小一時間も話していたというのに。
 他の2人に至ってはスッカラカンである。

「貴和子ちゃん、気づいた?」

 この呼び方をする職員は1人しかいない。

「柏木さん、先方はほうじ茶をお望みでしたよね?」

「あぁ、あらかじめわざわざ電話で伝えられていたんだが。せっかくお茶を出されても飲めないから、もったいないのでほうじ茶かお水でいいと。」

 うーん、これは、経験上、前職の上司にされたこととよく似ている。
 つまり、“美味しくない”から飲まないのだ。
 貴和子は以前勤めていた会社で、何度もお茶を入れ直したことがある。
 温度は適しているか?茶葉が開ききっていないか?香りは十分か?

「あっ!」

 そして気づいた。
 
「最後の一滴……入ってなかったかも。」

「最後の一滴?」

 ゴールデンドリップともいわれ、お茶の世界では客人に出す上で常識だ。

 初めにいれたものには確かに入れていた。けれども本部長が入ったのを確認し、温度がぬるくなってしまうからと入れ直したものは、焦ったのもあり忘れていた。

 それにしても……
 なんとも厄介な担当者だ。

 普通、対等ともいえる取引先相手にそこまでするだろうか?
 喉が渇いていたんなら、どんなお茶だって美味しいはず。現に、桂木も本部長も飲み干しているのだ。

「貴和子ちゃん、わざわざありがとう。でも、二度とないから大丈夫だよ。」

「へ?それはどういう……。」

「本部長は彼女にお冠だ。担当は降りてもらう。既に先方にも伝えてある。次は信頼ある男性、もしくは既婚者を頼みますってね。」

 ニヤッと口角を上げながら話す桂木。
 貴和子はなんとなく察して、先ほどの担当者が桂木に対し、仕事を超えた感情を露わにしたことがわかった。

「彼女が僕に渡した名刺と、本部長に渡したものは違っていた。僕のほうにはプライベートの番号もあったし、手書きの誘い文句もあった。」

「そんなこと、あるんですか!?」

「ああ。彼女を見送ってから本部長と名刺を見比べた。実は、以前も同じことがあって、ちょっと揉めたから。初対面の相手と名刺交換した時は、僕と本部長は確認し合うようにしているんだ。」

ーー以前も?やっぱり、桂木さんってモテるんだ。

「……でも、もうちょっと、彼女を担当にしてもよかったかな……。」

ーーっ?やっぱり、満更でもなかったんじゃない。

「……貴和子ちゃん、ちょっと妬いてたよね?」

「えぇ?妬く?私が?」

「うん。貴和子ちゃん、妬いてた。すごい目で僕等を見ていたでしょ?お茶出しも緊張感たっぷりだったし。」

「そ、そんなわけありません。どうして私がっ。」

 急な桂木の言動に、貴和子は一歩引く。たまたまそこに椅子があり、「あっ」と、バランスを崩してしまった。

「危なっ!」

と、桂木が貴和子の手を引き、どうにか尻餅をつくことは避けられた。
 だが、手だけでなく、ついでに腰まで引き寄せられ、貴和子はすっぽり桂木の腕の中におさまった。

「はぁー、やっぱり、貴和子ちゃんは落ち着くな。ねえ、キスしていい?」

 耳元でそう囁かれ、貴和子はゾクっとしたが、ここは職場。しかも、扉に鍵などない。いつ誰が来るかわからないのに。

「やめてください。急になんなんですか?私のことは、もう飽きたんじゃないんですか?」

 こんなこと聞いたら、こちらが劣勢になることくらいわかっているのに、ついつい口から出てしまった。

「飽きていたよ。職場で貴和子を追いかけ回すことなんて、もうするもんかと決めていた。君に軽い男だと思われたくなくて、我慢したんだ。仕事ができる男だと思われたくて、オンオフの切り替えはしっかり区別した。
 たまたま、さっきの会社から担当が変わるからと言われ、こちらのことを理解してもらうために、ザッと資料を作ったりしていたから、最近は残業続きでオフなんてなかったけど。」

 桂木は貴和子を諦めてはいない。
 寧ろ、貴和子から求めてもらえる男になろうと必死だっただけだ。
 声はかけなくとも、姿は見せなくとも、貴和子を好きだという事実は変わっていないのだ。

「君の初めてを貰ったんだ。いい男でいないと、貴和子ちゃんが可哀想だろ?」

 そう言い、あろうことか、桂木は貴和子の下半身に自身の下半身を押し付けてきた。
 既に主張は始まっていて、いやらしいことなのに、真っ赤な顔した貴和子は桂木に何か期待してしまっていた。

ーーおかしい、おかしいよ、こんな所で、変態だよ?ドンってして逃げちゃえばいいのに。

「……貴和子ちゃん、逃げないの?」
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