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ep.32
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宴もたけなわの頃、貴和子は真子を連れて帰宅することにした。
浜井は由美子の家に泊まるらしい。
かなり酔っ払っている。
というのも、健太に一目惚れしたらしく、平静を保てずに飲んでしまったようだ。
「健ちゃん、今日泊めて~!」
「やだぁ!先輩、やばいですよ、その感じは引かれてますよ。」
「ダメダメ、健太は手が早いから泣きを見る前に諦めなさい。あんたは今日はうちで寝るの!しかも明日仕事でしょ?」
酩酊状態の浜井を前に、健太は余裕の笑顔を浮かべていたが、内心は、もうお開きになるのかと残念だった。
由美子の家のリビングに入り、すぐに見えた貴和子の姿に何か感じるものがあった。
そして面と向かって
「こんばんわ。初めまして。」
と、軽く挨拶をされた瞬間、ビビっときた。
結婚前の女性は側から見ても綺麗に映るというが、まさに今貴和子はそうらしく、早速健太に恋されてしまったのだ。
そんなことは、女性陣の誰も気づかず、
「健太、真子ちゃんと安田ちゃん送ってあげて」
と、由美子は指示したのである。
一瞬だけ、ニヤリと口角を上げた健太は、すぐに笑顔全開の無垢な顔つきになり、
「はいはい。お任せください」
と返した。
「や、やっぱり、今日はうちに帰る~!私も送ってー!」
健太の笑顔にまたもやズキュンとやられた浜井は由美子に抑えられながらもがいている。
「すみません、浜井さん、普段は真面目なんです。お酒のせいなんです。」
少しの酒じゃ酔わない真子が、冷静に健太に話す姿は、職場の人間から見たら不思議な光景だった。
本当に、普段は真面目な浜井だから、いつもは逆の立場なのだ。
「いいよいいよ。別に嫌な気はしないし、むしろ飲み会にはああいうノリはアリだよ。真子ちゃんは全然酔ってないね。」
健太は約2時間の同席のみで、女子皆を”ちゃん”づけで呼ぶようになっていた。いかにも場慣れしている風で、貴和子は少し苦手だった。なぜなら、この場限りでいいからと押し切られ、
『貴和子ちゃん』
と呼ばれていたから。
最初こそ、メンバーは皆『安田ちゃんは安田ちゃんにした方がいい』と健太を制していたが、アルコールも入り、気分も高揚してくると(まあいっか)と、誰も注意しなくなっていた。貴和子だけは心に引っ掛かりがあったが。
桂木が誰にも言わせず大事にしていた呼称を、いとも簡単にいいのけた健太。
名前にただ”ちゃん”を付けることなど、この日本でどこでも起こりうる状況に、今の貴和子は”特別”を感じずにはいられない。
まして、呼び捨てを断り、”貴和子ちゃん”と呼んでほしいと桂木にお願いしてさえいる。
たった2時間で、もう二度と会わない相手だろうが、後ろめたさはあった。
「真子!」
健太と3人歩いていると、見知らぬ人が現れ、真子の名前を呼んだ。
「俊くん、どうしたの?びっくりなんだけど。」
「メールしただろ?迎えに行くって。」
「メール?……あっ、あたしもマナーモード中だ……ごめんなさい……」
「まあ、いいよ……それよりこちらは?」
どうやら真子と親しい間柄らしい俊くんとやらは、鋭い目で健太を見た。
「こんばんわ。僕はこっちの子の男なんで、気にしなくていいですよ。夜道は危ないんで迎えにきていただけですから。」
「ーーーなっ!」
貴和子は”こっちの子”扱いされて、驚きで顔をしかめた。が、俊に見えない立ち位置から両手を合わせて『お願い』ポーズをしている真子に負け、仕方なく話を合わせた。
「そ、そうなんです!真子はただ方向が同じなんで、か、彼と一緒に送っていただけですからっ。安心してください。」
どの口が言うんだか……。
今、もしもこの状況を桂木が見ていたら、安心できないのは自分だ。だけど、困っている同僚の前で、自分だけ助かろうとは思えない。
嫌でも緊張している体を、そっと何かが包んだ。
「じゃ、僕たちはこれで。帰ろう、貴和子ちゃん。」
”何か”というのは健太の両腕と、それが繋がる胸板だった。
桂木とは違う男性の匂いに、体にしみついたアルコールがモワッと抜けていった。
嫌悪感以外ない。
だけど、この状況を拒む方法も思いつかない。ただ見えたのは、真子が両手で口を抑え、目を見開いたということだ。
「行こう。」
と、耳元で囁かれ、ロボットのような動きをしながら健太に腰を抱かれ、歩み始めた。
何歩歩いだだろうか?
急に歩みを止めた健太は、
「……ごめん、でも、ああするしかないと思って……婚約者さんに悪かったな。」
と、貴和子の体と触れていた部分を全て離した。
そのことに、ホッとした貴和子は、緊張が解けたのもあり、
「はぁーーーーー」
と、長く息を吐いた。
まだ健太に触れられた場所に違和感を感じてはいたが、これでもう接近されなくて済むと思うと解放感で思わず口から出ていた。
ただ、そんな貴和子の様子を見て、左手で口元を押さえた健太は、
「やっべえな……」
と呟いた。それは小声だったが、夜の静寂な空気にのって、貴和子の耳に届いた。
そして次に届いた
「帰したくねえ……」
という言葉に、貴和子は目を大きく見開いた。
浜井は由美子の家に泊まるらしい。
かなり酔っ払っている。
というのも、健太に一目惚れしたらしく、平静を保てずに飲んでしまったようだ。
「健ちゃん、今日泊めて~!」
「やだぁ!先輩、やばいですよ、その感じは引かれてますよ。」
「ダメダメ、健太は手が早いから泣きを見る前に諦めなさい。あんたは今日はうちで寝るの!しかも明日仕事でしょ?」
酩酊状態の浜井を前に、健太は余裕の笑顔を浮かべていたが、内心は、もうお開きになるのかと残念だった。
由美子の家のリビングに入り、すぐに見えた貴和子の姿に何か感じるものがあった。
そして面と向かって
「こんばんわ。初めまして。」
と、軽く挨拶をされた瞬間、ビビっときた。
結婚前の女性は側から見ても綺麗に映るというが、まさに今貴和子はそうらしく、早速健太に恋されてしまったのだ。
そんなことは、女性陣の誰も気づかず、
「健太、真子ちゃんと安田ちゃん送ってあげて」
と、由美子は指示したのである。
一瞬だけ、ニヤリと口角を上げた健太は、すぐに笑顔全開の無垢な顔つきになり、
「はいはい。お任せください」
と返した。
「や、やっぱり、今日はうちに帰る~!私も送ってー!」
健太の笑顔にまたもやズキュンとやられた浜井は由美子に抑えられながらもがいている。
「すみません、浜井さん、普段は真面目なんです。お酒のせいなんです。」
少しの酒じゃ酔わない真子が、冷静に健太に話す姿は、職場の人間から見たら不思議な光景だった。
本当に、普段は真面目な浜井だから、いつもは逆の立場なのだ。
「いいよいいよ。別に嫌な気はしないし、むしろ飲み会にはああいうノリはアリだよ。真子ちゃんは全然酔ってないね。」
健太は約2時間の同席のみで、女子皆を”ちゃん”づけで呼ぶようになっていた。いかにも場慣れしている風で、貴和子は少し苦手だった。なぜなら、この場限りでいいからと押し切られ、
『貴和子ちゃん』
と呼ばれていたから。
最初こそ、メンバーは皆『安田ちゃんは安田ちゃんにした方がいい』と健太を制していたが、アルコールも入り、気分も高揚してくると(まあいっか)と、誰も注意しなくなっていた。貴和子だけは心に引っ掛かりがあったが。
桂木が誰にも言わせず大事にしていた呼称を、いとも簡単にいいのけた健太。
名前にただ”ちゃん”を付けることなど、この日本でどこでも起こりうる状況に、今の貴和子は”特別”を感じずにはいられない。
まして、呼び捨てを断り、”貴和子ちゃん”と呼んでほしいと桂木にお願いしてさえいる。
たった2時間で、もう二度と会わない相手だろうが、後ろめたさはあった。
「真子!」
健太と3人歩いていると、見知らぬ人が現れ、真子の名前を呼んだ。
「俊くん、どうしたの?びっくりなんだけど。」
「メールしただろ?迎えに行くって。」
「メール?……あっ、あたしもマナーモード中だ……ごめんなさい……」
「まあ、いいよ……それよりこちらは?」
どうやら真子と親しい間柄らしい俊くんとやらは、鋭い目で健太を見た。
「こんばんわ。僕はこっちの子の男なんで、気にしなくていいですよ。夜道は危ないんで迎えにきていただけですから。」
「ーーーなっ!」
貴和子は”こっちの子”扱いされて、驚きで顔をしかめた。が、俊に見えない立ち位置から両手を合わせて『お願い』ポーズをしている真子に負け、仕方なく話を合わせた。
「そ、そうなんです!真子はただ方向が同じなんで、か、彼と一緒に送っていただけですからっ。安心してください。」
どの口が言うんだか……。
今、もしもこの状況を桂木が見ていたら、安心できないのは自分だ。だけど、困っている同僚の前で、自分だけ助かろうとは思えない。
嫌でも緊張している体を、そっと何かが包んだ。
「じゃ、僕たちはこれで。帰ろう、貴和子ちゃん。」
”何か”というのは健太の両腕と、それが繋がる胸板だった。
桂木とは違う男性の匂いに、体にしみついたアルコールがモワッと抜けていった。
嫌悪感以外ない。
だけど、この状況を拒む方法も思いつかない。ただ見えたのは、真子が両手で口を抑え、目を見開いたということだ。
「行こう。」
と、耳元で囁かれ、ロボットのような動きをしながら健太に腰を抱かれ、歩み始めた。
何歩歩いだだろうか?
急に歩みを止めた健太は、
「……ごめん、でも、ああするしかないと思って……婚約者さんに悪かったな。」
と、貴和子の体と触れていた部分を全て離した。
そのことに、ホッとした貴和子は、緊張が解けたのもあり、
「はぁーーーーー」
と、長く息を吐いた。
まだ健太に触れられた場所に違和感を感じてはいたが、これでもう接近されなくて済むと思うと解放感で思わず口から出ていた。
ただ、そんな貴和子の様子を見て、左手で口元を押さえた健太は、
「やっべえな……」
と呟いた。それは小声だったが、夜の静寂な空気にのって、貴和子の耳に届いた。
そして次に届いた
「帰したくねえ……」
という言葉に、貴和子は目を大きく見開いた。
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