僕と生きてください

koyumi

文字の大きさ
33 / 38

ep.33

しおりを挟む
 由美子の家から貴和子のマンションまで、ほぼ徒歩5分の道のりは、未だ嘗てないほど遠く感じた。
 健太は一定の距離を保ったまま、貴和子と桂木が住むマンションの前まで貴和子を送った。
 何が発せられているのかわからないが、二人の間にはジンワリとした空気が流れていて、貴和子はもう少し離れて歩きたかった。

「ここでいいですよ。すみません、ご足労させちゃって。」
「ご足労……?あ、いや、別に嫌じゃなかったし、女の子は夜1人で歩いちゃダメでしょ。」
「そう言って頂けると、有難いです。今日は楽しかったですね…あの、ではこれで、失礼しますね。」

 わざとらしいくらい他人行儀な貴和子の別れの挨拶に、健太は度肝を抜かれてしまう。
 一瞬何語かわからない単語も現れ、ここはどこで時代はいつかとさえ思った。そのくらい、この健太という男は軽いノリの世界に生きていた。
 だからかもしれない。
 貴和子の仕草、話し方、全てが新鮮そのものだった。しかも、4人で唯一婚約中だというのも気になった。
 見た目は全く好みの部類ではなかったが、何故か見てしまう。しかも、先ほど仮とはいえ彼氏としてバックハグをした時に触れた体の柔らかさは、くせになりそうだ。

 もしかしたら、ここで手を振れば、二度と会えないかもしれない。貴和子は結婚を控えているし、由美子の家に行っても会えるチャンスなどなさそうだ。
 はっきりと諦めてしまえばいいのだが、アルコールのせいか?それとも、どこかでしている花火の匂いのせいか、アバンチュールに連れ込みたくなる。

「あ、の……、何か?」

 気づけば健太は貴和子の手を握ろうとしていた。触れるか触れないかの時に貴和子は声をかけた。
 こうなってしまえば、引いてしまうのもカッコ悪いし、何より押したら引かない健太の恋愛論に反することはできない。
 健太はぎゅっと貴和子の手を掴み、

「結婚に、マッタをかけたい」

と、後先考えずに口にした。

「ひゃっ、う、うわっ!」

と、色気もなんもない反応を示した貴和子は、自分の耳を疑った。さっきから桂木以外の声で言われたことのない甘いセリフばかりが聞こえ、今日は飲みすぎたようだと思い込もうとしていた。
 それなのに、自身の手が更に強く握られ、『ドンッ』と引き寄せられた先に逞しい胸板を感じれば、やはり自分は今危険極まりないと判断できる。

「や、やめて、やめてっ!」
「ごめん、でも、今しかないからやめられない。」
「何それ?大きな声、出すわよっ!」
「いや、それは、無理だ。」
「ーーんっ!」

 腕の中でもがいて抵抗する貴和子を抑えながら、一瞬緩んだ隙に後頭部を抑えて健太は貴和子の唇を奪った。

 頭が真っ白になった貴和子は、ただただ健太の鍛えられた胸板を叩き、目は見開いていた。

 桂木はいつも強引だ。
 そして押し切られ、結婚の約束までした。
 心底彼に惚れているかどうかを問われれば、まだ燻るものもあるのかもしれない。だけどそれは、すぐにでも埋めあっていけるものだと思っていた。
 それなのに、こんなキスを不意打ちでされてしまい、貴和子は段々自信が無くなってきた。
 自分はそんなに隙だらけなのかと。
 そのうち、抵抗する力を無くし、すとんと両手を下ろせば、それに気づいた健太はさらに強く抱き寄せ、貴和子の首筋に顔を埋めた。

「……今日はこれで帰るから……。もし、俺に会いたくなったら由美子の家に来て。待ってるから。」

 耳元で甘く囁かれ、最後に耳たぶを甘噛みされた。

「ひゃぅ!」

と、生ぬるい感触に眉をしかめたが、健太はそんな貴和子の表情に気づかなかった。

 このまま帰られたら、まるで先程のキスを正当化しているみたいじゃないか。
 文句の一つも言えないのか?
 
 貴和子は自分を諌めるように

「待ちなさいよっ!」

と、健太を強く呼び止めた。ご近所に迷惑だったかもしれない。

 そして、ツカツカと健太に寄って行き、『バシンッ』と、その精悍な頬に一発お見舞いしてやった。

「私を、私を、バカにしないでよっ!」

 もう、今にも張り裂けそうな心臓で涙を流さないように踏ん張って言い放った。

 まさか貴和子に今になってこんな扱いを受けるとは思わなかった健太は、ヒリヒリし始める頬を押さえながらも、笑ってしまった。

「気に入ったよ。ますます気に入った。きっとまた会うよ。きっとね。」

 健太は意味深に口角を上げながら、今度こそ来た道を返した。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...