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ep.33
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由美子の家から貴和子のマンションまで、ほぼ徒歩5分の道のりは、未だ嘗てないほど遠く感じた。
健太は一定の距離を保ったまま、貴和子と桂木が住むマンションの前まで貴和子を送った。
何が発せられているのかわからないが、二人の間にはジンワリとした空気が流れていて、貴和子はもう少し離れて歩きたかった。
「ここでいいですよ。すみません、ご足労させちゃって。」
「ご足労……?あ、いや、別に嫌じゃなかったし、女の子は夜1人で歩いちゃダメでしょ。」
「そう言って頂けると、有難いです。今日は楽しかったですね…あの、ではこれで、失礼しますね。」
わざとらしいくらい他人行儀な貴和子の別れの挨拶に、健太は度肝を抜かれてしまう。
一瞬何語かわからない単語も現れ、ここはどこで時代はいつかとさえ思った。そのくらい、この健太という男は軽いノリの世界に生きていた。
だからかもしれない。
貴和子の仕草、話し方、全てが新鮮そのものだった。しかも、4人で唯一婚約中だというのも気になった。
見た目は全く好みの部類ではなかったが、何故か見てしまう。しかも、先ほど仮とはいえ彼氏としてバックハグをした時に触れた体の柔らかさは、くせになりそうだ。
もしかしたら、ここで手を振れば、二度と会えないかもしれない。貴和子は結婚を控えているし、由美子の家に行っても会えるチャンスなどなさそうだ。
はっきりと諦めてしまえばいいのだが、アルコールのせいか?それとも、どこかでしている花火の匂いのせいか、アバンチュールに連れ込みたくなる。
「あ、の……、何か?」
気づけば健太は貴和子の手を握ろうとしていた。触れるか触れないかの時に貴和子は声をかけた。
こうなってしまえば、引いてしまうのもカッコ悪いし、何より押したら引かない健太の恋愛論に反することはできない。
健太はぎゅっと貴和子の手を掴み、
「結婚に、マッタをかけたい」
と、後先考えずに口にした。
「ひゃっ、う、うわっ!」
と、色気もなんもない反応を示した貴和子は、自分の耳を疑った。さっきから桂木以外の声で言われたことのない甘いセリフばかりが聞こえ、今日は飲みすぎたようだと思い込もうとしていた。
それなのに、自身の手が更に強く握られ、『ドンッ』と引き寄せられた先に逞しい胸板を感じれば、やはり自分は今危険極まりないと判断できる。
「や、やめて、やめてっ!」
「ごめん、でも、今しかないからやめられない。」
「何それ?大きな声、出すわよっ!」
「いや、それは、無理だ。」
「ーーんっ!」
腕の中でもがいて抵抗する貴和子を抑えながら、一瞬緩んだ隙に後頭部を抑えて健太は貴和子の唇を奪った。
頭が真っ白になった貴和子は、ただただ健太の鍛えられた胸板を叩き、目は見開いていた。
桂木はいつも強引だ。
そして押し切られ、結婚の約束までした。
心底彼に惚れているかどうかを問われれば、まだ燻るものもあるのかもしれない。だけどそれは、すぐにでも埋めあっていけるものだと思っていた。
それなのに、こんなキスを不意打ちでされてしまい、貴和子は段々自信が無くなってきた。
自分はそんなに隙だらけなのかと。
そのうち、抵抗する力を無くし、すとんと両手を下ろせば、それに気づいた健太はさらに強く抱き寄せ、貴和子の首筋に顔を埋めた。
「……今日はこれで帰るから……。もし、俺に会いたくなったら由美子の家に来て。待ってるから。」
耳元で甘く囁かれ、最後に耳たぶを甘噛みされた。
「ひゃぅ!」
と、生ぬるい感触に眉をしかめたが、健太はそんな貴和子の表情に気づかなかった。
このまま帰られたら、まるで先程のキスを正当化しているみたいじゃないか。
文句の一つも言えないのか?
貴和子は自分を諌めるように
「待ちなさいよっ!」
と、健太を強く呼び止めた。ご近所に迷惑だったかもしれない。
そして、ツカツカと健太に寄って行き、『バシンッ』と、その精悍な頬に一発お見舞いしてやった。
「私を、私を、バカにしないでよっ!」
もう、今にも張り裂けそうな心臓で涙を流さないように踏ん張って言い放った。
まさか貴和子に今になってこんな扱いを受けるとは思わなかった健太は、ヒリヒリし始める頬を押さえながらも、笑ってしまった。
「気に入ったよ。ますます気に入った。きっとまた会うよ。きっとね。」
健太は意味深に口角を上げながら、今度こそ来た道を返した。
健太は一定の距離を保ったまま、貴和子と桂木が住むマンションの前まで貴和子を送った。
何が発せられているのかわからないが、二人の間にはジンワリとした空気が流れていて、貴和子はもう少し離れて歩きたかった。
「ここでいいですよ。すみません、ご足労させちゃって。」
「ご足労……?あ、いや、別に嫌じゃなかったし、女の子は夜1人で歩いちゃダメでしょ。」
「そう言って頂けると、有難いです。今日は楽しかったですね…あの、ではこれで、失礼しますね。」
わざとらしいくらい他人行儀な貴和子の別れの挨拶に、健太は度肝を抜かれてしまう。
一瞬何語かわからない単語も現れ、ここはどこで時代はいつかとさえ思った。そのくらい、この健太という男は軽いノリの世界に生きていた。
だからかもしれない。
貴和子の仕草、話し方、全てが新鮮そのものだった。しかも、4人で唯一婚約中だというのも気になった。
見た目は全く好みの部類ではなかったが、何故か見てしまう。しかも、先ほど仮とはいえ彼氏としてバックハグをした時に触れた体の柔らかさは、くせになりそうだ。
もしかしたら、ここで手を振れば、二度と会えないかもしれない。貴和子は結婚を控えているし、由美子の家に行っても会えるチャンスなどなさそうだ。
はっきりと諦めてしまえばいいのだが、アルコールのせいか?それとも、どこかでしている花火の匂いのせいか、アバンチュールに連れ込みたくなる。
「あ、の……、何か?」
気づけば健太は貴和子の手を握ろうとしていた。触れるか触れないかの時に貴和子は声をかけた。
こうなってしまえば、引いてしまうのもカッコ悪いし、何より押したら引かない健太の恋愛論に反することはできない。
健太はぎゅっと貴和子の手を掴み、
「結婚に、マッタをかけたい」
と、後先考えずに口にした。
「ひゃっ、う、うわっ!」
と、色気もなんもない反応を示した貴和子は、自分の耳を疑った。さっきから桂木以外の声で言われたことのない甘いセリフばかりが聞こえ、今日は飲みすぎたようだと思い込もうとしていた。
それなのに、自身の手が更に強く握られ、『ドンッ』と引き寄せられた先に逞しい胸板を感じれば、やはり自分は今危険極まりないと判断できる。
「や、やめて、やめてっ!」
「ごめん、でも、今しかないからやめられない。」
「何それ?大きな声、出すわよっ!」
「いや、それは、無理だ。」
「ーーんっ!」
腕の中でもがいて抵抗する貴和子を抑えながら、一瞬緩んだ隙に後頭部を抑えて健太は貴和子の唇を奪った。
頭が真っ白になった貴和子は、ただただ健太の鍛えられた胸板を叩き、目は見開いていた。
桂木はいつも強引だ。
そして押し切られ、結婚の約束までした。
心底彼に惚れているかどうかを問われれば、まだ燻るものもあるのかもしれない。だけどそれは、すぐにでも埋めあっていけるものだと思っていた。
それなのに、こんなキスを不意打ちでされてしまい、貴和子は段々自信が無くなってきた。
自分はそんなに隙だらけなのかと。
そのうち、抵抗する力を無くし、すとんと両手を下ろせば、それに気づいた健太はさらに強く抱き寄せ、貴和子の首筋に顔を埋めた。
「……今日はこれで帰るから……。もし、俺に会いたくなったら由美子の家に来て。待ってるから。」
耳元で甘く囁かれ、最後に耳たぶを甘噛みされた。
「ひゃぅ!」
と、生ぬるい感触に眉をしかめたが、健太はそんな貴和子の表情に気づかなかった。
このまま帰られたら、まるで先程のキスを正当化しているみたいじゃないか。
文句の一つも言えないのか?
貴和子は自分を諌めるように
「待ちなさいよっ!」
と、健太を強く呼び止めた。ご近所に迷惑だったかもしれない。
そして、ツカツカと健太に寄って行き、『バシンッ』と、その精悍な頬に一発お見舞いしてやった。
「私を、私を、バカにしないでよっ!」
もう、今にも張り裂けそうな心臓で涙を流さないように踏ん張って言い放った。
まさか貴和子に今になってこんな扱いを受けるとは思わなかった健太は、ヒリヒリし始める頬を押さえながらも、笑ってしまった。
「気に入ったよ。ますます気に入った。きっとまた会うよ。きっとね。」
健太は意味深に口角を上げながら、今度こそ来た道を返した。
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