私と離婚してください。

koyumi

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焦り

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高原さんからディナーのお誘いを受けたのは、当日のお昼休みだった。
メールがきて、電話で折り返したのだが、仕事中なのか応答しなかった。

「急すぎるなぁ。ドレスコードとかありそうな店だし……」

あれから渋沢部長は解雇された。
警備員の証言や、防犯カメラの分析から私へのセクハラが認められ、さらに、他にも様々な負の証言があり、バッサリと切られたのだ。
その為、私は無事、無職にならずに済んだ。

定時に仕事を終わらせ、約束の時間まで1時間半あるからと、私は一度帰宅し、持っている中で1番上品なワンピースに着替えた。
そのため、時間ギリギリに到着してしまった。

店内に入ると待ち合わせをしていることをウエイターに伝える。
相手の名前を言うと、承知したとばかりに席に案内された。

「あ、きたきた。依子ちゃん、ごめんね、連絡途切れてしまって。」
私を見るなり立ち上がり、スマートにエスコートしてくれる高原さん。
だが、そんなことよりも、私には理解し難いことがーー。

「ありゃりゃ?!依子ちゃんじゃないか?!……もしかして、純くんの彼女というのは……」
「そうです、依子ちゃんですよ。だから、北見さんには特別感謝してるんです。」

ーーどうして北見さんが?!
高原さんと対面するように座っている北見さん。確かに、あのマンションを紹介してくれたのは北見さんだし、高原さんと北見さんが知り合いなのもわかっている。ただ、今日は2人きりのディナーだと完全に思い込んでいた。いや、思うでしょ、普通は。

「依子ちゃんも驚かせてごめん。どうしても北見さんに報告しておきたくて、勝手に段取りしてしまったんだ。
やっぱりまだ早かったかな?」
「え、えぇ、ちょっと、というかかなり驚いてはいるけれど……。」

ーー強引すぎでしょ?謝って済むもんだいじゃないでしょ?

とりあえずシャンパンでぎこちない乾杯をしたけれど、味なんてわからなかった。
それにしても、さっきから北見さんの様子がおかしい。
「やってしまったかなぁ……」
「予想できたことだったのに……」
「あいつに怒られちまうな……」
と、度々ブツブツ言っている。

高原さんも、気づかないかな?目の前であんなにソワソワしてるんだから。
意外と策士なのか、余裕の表情でナイフとフォークを動かし、所々で私に微笑みかけてくる。

コースも中盤で、メインが終わる頃、ウエイターが北見さんに声をかけた。
「お食事中申し訳ありません。北見様にお客様がお見えになっております。急を要することと伺いまして、柴坂といえばわかると……」
北見さんは目を見開いて静かに頷き、
「ちょっと失礼するよ。」
と言ってテーブルを後にした。

高原さんは『柴坂』という名前を聞き、少し驚いていたようだが、私は知らない名前だったので、きっと、ビジネスの世界で名だたる人のことだろうと、自分とは別世界の話だと思っていた。そして、

「依子ちゃん、少し席を外すけどいいかな?」
と、高原さんも北見さんの後を追った。

よっぽど凄い人なのかなと興味が湧いたけど、高原さんを追うようなことはしなかった。
2人がいなくなり、肩の荷が下りた私は、目の前にあるご馳走を残さず食べようと舌鼓をうっていた。

程なくして、テーブルに近づく人の気配がし、ようやく2人が戻ってきたのかと思い、顔を上げた。
そこで私は驚愕したのだ。

だって、そこに立っていたのは、紛れもなく私の戸籍上の夫、諭だったから。

「っ!! な、なんで依子なんだよっ!何やってんだよっ! なんでこんなことになってるんだよっ!!!」
諭は周りに他のお客さんがいることを気にもとめずに叫んだ。
すぐに北見さんとウエイターがやって来て、諭をなだめようとしたが、それで諭の気がおさまるわけがない。

「さ、諭……」
私は驚きすぎて怖くなり、それ以上言えなかった。
ドンドンっと音がして、諭が私の腕を掴んで店から出そうとする。
騒然とする店内に高原さんの姿はなく、北見さんの、「諭くん!!依子ちゃんの話も聞いてやれっ!!」とかなんとか言う声だけが耳についた。

慌ててバッグを渡しに店員が駆けつけてきて、それを諭が強引に取った。
どこに連れて行かれるのかわからないが、何故か今この手を離すと暗闇に落ちていくような気がして、ただ諭に引かれるままついて行った。

しばらく歩いて、人気の無い静かな公園のベンチに座らされた。
座ってからも、諭は両手を強く握り、顔は俯いたまま怒りを纏っていた。

「諭……。どうして、怒ってるの?」
愚問だ。
でも、口から出てしまったものはどうしようもない。自分で緊張感を高めてしまった。

「……依子、あいつと……付き合ってるのか?」
少し震えた声で諭がきき返す。

「う……ん……。付き合ってる、のかもしれない……」
「はっ?なんだそれ?付き合ってるんだろ?あいつはそう言ってたぞ。北見さんにも……」
そうか、高原さんはもうそう思っていたのか。確かに男女が肌を合わせて夜を明かし、それを繰り返していたならば世の中はそれを『付き合っている』からこそのことだと解釈する。
まして、高原さんは私を好きだと言ってくれている。
でも、だからといって、諭には説教されたくない。諭は複数の女性とそういう関係を続けていたわけだし、さらに私に対しても同じ行為を求めていたとんでもないゲスなわけで。
今ここで、諭が怒るのはおかしい。
私が、怯むのもおかしいのだ。

「ねえ、何を言ったの?高原さんに。」
「高原さん、ね……。いや、当たり前のことを言ったまでだ。俺の妻に手を出すなって。」
残酷だ。俺の妻だなんて、飼い殺し状態だったくせに。
高原さんに非はない。少なくとも私はそう思う。世間様からしたら、悪いのは私であって、高原さんじゃない。
「あんた、自分のやってきたことわかってんの?散々私をコケにして、馬鹿にして、女の尻追いかけて。どれだけ私が苦しんだかわかってるの?
諭には無理なことを、高原さんならやってくれるわ。諭とはできなかったことを、高原さんとならできる。」
「何ができるってんだ?フッ、結構いやらしい奴だなそいつはっ。依子のことを知り尽くしているのは俺だけだっ!今隠している場所がどうなっているのかも、知っているのは俺だけだっ!そうだろ?
そうだと言ってくれよ……依子……頼むよ……」

諭が泣いた。言葉の前半部分で私はぶっ叩いてやると意気込んだが、徐々に諭の声色が変わり、最後は泣いた。

誰かに助けてほしい。
もう、ここから逃げ出したい。

「諭……お願いよ……もう、離して……」

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