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癖
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翌日、仕事帰りに少し買い物を済ませ、諭のマンションに行った。
昼間に、『19時くらいに帰るから』とメールがあり、19時過ぎに行くと連絡しておいた。昨日のようなことがあってはいけないからだ。
『ピンポーン』
昨日とは違い、インターフォンを鳴らしたらすぐにオートロックの鍵を開けてくれた。
玄関の鍵は空いていて、
「お邪魔しまーす。」
と、友達の家に来たかのように入った。
どことなく、空気が違う。
「よぉ、久しぶりだな。」
「久しぶりね。仕事忙しそうね。」
「あ、あぁ。ぼちぼちな。で、今日は?何かあったのか?」
諭は私に「座って」とは言わない。これは、早く帰ってほしい時にしていたことだ。諭には残念だが、私にはそういった癖に込められた思いは全てお見通しである。
「悠介がね、結婚するの。それで、見てくれが悪いから、私と諭の離婚は言わず、夫婦として出席してほしいそうなの。」
私は諭の反応が早く知りたくて、間を空けずに言った。
すると、諭の顔が面白いように変わって行くのがわかった。口は少し開き、眉は寄り、目は厳しく細めたのだ。
言いようのないショックを受けた時にする表情だ。
「どうする?嫌なら断固断るけれど。私はどちらでも、いや、できれば断りたいかな。でも、家族はそう思ってなくて。だから、本音でこたえてくれる?」
そんな私の言い方に、ハッとして目を見開く諭。
「……何年一緒にいたと思ってるの?どのくらい裏切られてきたと思ってるの?」
ダメだ、もう無理だ。やっぱり諭は無理なのだ。どんな格好いい言葉を並べても、どれだけ私のことを熱く考えてくれていたとしても。
諭といる空間が、こんなにも居心地の悪いものに変わってしまった。もう、幼馴染だからという流れは通じない程に、
不信は覆らないという現実を思い知る。
信じられないのではない。
もう、信じたくないのだ。
「昨夜、誰かいたんだよね。別にいいのよ。私は構わないの。別れているんだし、未練とかないよ。ただ、残念だったなって、諭と幸せになるという約束が守れなくて残念だったなって、そう思うだけ。だから、心変わりしても、私に隠す必要はもう無いんだよ。って、おかしいじゃん。結婚してる時は堂々と浮気していたのに、離婚してからはコソコソするなんて。」
「ーーー依子……。」
「あの時役所で貰った婚姻届に、私が名前を書くことはないのよ。だから、妙な責任を感じて貰っても困るの。……まだまだ言いたいことはあったんだけど、もう諭のために時間を使うのは無駄だと気づいたから帰るわね。結婚式のことは忘れて。もう大人なんだから、悠介も話せばわかってくれる。ーーー今後一切、本原家とも関わらなくていいから。」
「…………ごめん。」
謝るなんて、今更?
鼻で笑うどころか、口に出して大笑いしたい気分よ。
もういい。もう諭に用はない。
玄関を開け、マンションを出た。
なんだろう、この気分は。
初めて味わうこの気分は。
そうだ、ようやく本当の意味で、諭と決別できたのだ。
結局は、あの時出した離婚届は、紙切れ一枚の薄っぺらいものだった。諭にも、私にも。だけどやっぱり『離婚届』の効力は強くて、失った約束は取り戻せないことを実感した。
諭も、私と同じように感じたに違いない。
昼間に、『19時くらいに帰るから』とメールがあり、19時過ぎに行くと連絡しておいた。昨日のようなことがあってはいけないからだ。
『ピンポーン』
昨日とは違い、インターフォンを鳴らしたらすぐにオートロックの鍵を開けてくれた。
玄関の鍵は空いていて、
「お邪魔しまーす。」
と、友達の家に来たかのように入った。
どことなく、空気が違う。
「よぉ、久しぶりだな。」
「久しぶりね。仕事忙しそうね。」
「あ、あぁ。ぼちぼちな。で、今日は?何かあったのか?」
諭は私に「座って」とは言わない。これは、早く帰ってほしい時にしていたことだ。諭には残念だが、私にはそういった癖に込められた思いは全てお見通しである。
「悠介がね、結婚するの。それで、見てくれが悪いから、私と諭の離婚は言わず、夫婦として出席してほしいそうなの。」
私は諭の反応が早く知りたくて、間を空けずに言った。
すると、諭の顔が面白いように変わって行くのがわかった。口は少し開き、眉は寄り、目は厳しく細めたのだ。
言いようのないショックを受けた時にする表情だ。
「どうする?嫌なら断固断るけれど。私はどちらでも、いや、できれば断りたいかな。でも、家族はそう思ってなくて。だから、本音でこたえてくれる?」
そんな私の言い方に、ハッとして目を見開く諭。
「……何年一緒にいたと思ってるの?どのくらい裏切られてきたと思ってるの?」
ダメだ、もう無理だ。やっぱり諭は無理なのだ。どんな格好いい言葉を並べても、どれだけ私のことを熱く考えてくれていたとしても。
諭といる空間が、こんなにも居心地の悪いものに変わってしまった。もう、幼馴染だからという流れは通じない程に、
不信は覆らないという現実を思い知る。
信じられないのではない。
もう、信じたくないのだ。
「昨夜、誰かいたんだよね。別にいいのよ。私は構わないの。別れているんだし、未練とかないよ。ただ、残念だったなって、諭と幸せになるという約束が守れなくて残念だったなって、そう思うだけ。だから、心変わりしても、私に隠す必要はもう無いんだよ。って、おかしいじゃん。結婚してる時は堂々と浮気していたのに、離婚してからはコソコソするなんて。」
「ーーー依子……。」
「あの時役所で貰った婚姻届に、私が名前を書くことはないのよ。だから、妙な責任を感じて貰っても困るの。……まだまだ言いたいことはあったんだけど、もう諭のために時間を使うのは無駄だと気づいたから帰るわね。結婚式のことは忘れて。もう大人なんだから、悠介も話せばわかってくれる。ーーー今後一切、本原家とも関わらなくていいから。」
「…………ごめん。」
謝るなんて、今更?
鼻で笑うどころか、口に出して大笑いしたい気分よ。
もういい。もう諭に用はない。
玄関を開け、マンションを出た。
なんだろう、この気分は。
初めて味わうこの気分は。
そうだ、ようやく本当の意味で、諭と決別できたのだ。
結局は、あの時出した離婚届は、紙切れ一枚の薄っぺらいものだった。諭にも、私にも。だけどやっぱり『離婚届』の効力は強くて、失った約束は取り戻せないことを実感した。
諭も、私と同じように感じたに違いない。
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