【完結・R18BL】インキュバスくんの自家発電で成り上がり

明和来青

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第7章 後日談 王都の日常編

(59)vs ノースロップ家

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 そして土曜日。ナイジェルに、「着替えて来い」と言われ、今日も王都に繰り出すのかと表に出ると、官舎の前に立派な馬車が停まっていた。彼にうながされるまま乗り込み、連行されたのは、彼の実家ノースロップ侯爵家のタウンハウス。

 ———こんなパターン、つい先日もあったような…。

「帰った」

 玄関前にはずらりと使用人たち。そして立派なスーツを着ているが、はち切れんばかりになっている赤毛の大男。

「ナサニエル・ノースロップだ。君がメイナードか」

 彼のお父上にして、現侯爵。虎耳と虎の尻尾が生えている以外は、まるでレスラーのような雰囲気だ。寡黙なナイジェルと違い、豪快にはっはっはと笑いなら、かたわらの執事っぽい男にジャケットを預けている。脱ぐともっとすごい。シャツのボタンが悲鳴を上げている。まさに筋肉の塊。しかもボディビルダーのような魅せる筋肉じゃなくて、闘うためにある武器としての筋肉。重そうだ。

 異様な肉体美に目を奪われてしまったが、そういえば彼は猫系獣人の頂点である侯爵様である。今日も彼と街に出る気で、貴族とは分からないラフな格好で来てしまった。場違いではあるが、礼を尽くさねば。

「ああ、い。そういう堅苦しいのは抜きだ。では早速始めるとするか!」

 は?

「行くぞ!スカーレットクロウ!」

「えええええ!」

 お父上がいきなり闘気をまとって飛び出して来たもんだから、俺は咄嗟とっさに受け身を取ってかわす。うわ、魔纏まてんが全然仕事しない。紙のように切り裂いてくる。

「はっはぁ。躱すか。いいぞ!」

 いやあああ!いきなり爪術そうじゅつの中位の技を繰り出して来たかと思ったら、今度はコンボを仕掛けて来やがった。幸い、パーシーとの立ち合いで大分目が慣れて来ているとはいえ、彼はパーシーを上回るAGIアジリティで、どんどんと拳《こぶし》を打ち込んで来る。俺、POWちからAGIすばやさはからっきしなんですけど!

「ははは!プレイステッドのせがれと互角にやり合うってぇのは、伊達じゃなさそうだな!」

「閣下、おやめください!お戯れを…ヒッ!」

 身体強化と格闘術のレベルは上がっているものの、こんなの魔眼だけでは追いつかない。転移に転移を重ね、魔眼で捉えた無数の攻撃予測線を、ぎりぎりで躱していく。あのプレイステッド邸では、いい加減のところで兄上フィリップがパーシーを止めてくれたけど、ここのギャラリーはみんなじゃらしでも見るかのように、一斉に俺たちを目で追っている。お前らみんな猫か!

 やがて彼は拳だけでなく、肘や蹴り、頭突きなど、身体中のありとあらゆる部位を使い、踊るように襲いかかってきた。究極の体術と爪術、そして狩をするために造られた躍動する肉体が合わさって、息を呑むほど美しい。俺も気がついたら、ハイになっている。

「…ははっ。ここまでとはな。ならば行くぞ!聖なる咆哮セイクリッドグロウル!」

 パーシーの神狼の遠吠えグレートハウリングついを成す、虎人族ワータイガー咆哮グロウル系の最上位版。神獣白虎の加護で闘気と身体能力を爆上げし、何やら大技の気を練っている。

「受けてみよ、グレイテストファング!!」

 受けるかボケ!!

 怒涛の如く迫る衝撃波は、避け切れない。俺は仕方なく、上空に転移した。しかし、

「「「「「シャアアアアーーー!」」」」」

 俺たちの戦いを見ていた使用人の皆さんが、鋭い爪をたずさえ、一斉に俺に向かって跳躍ちょうやくしてきた。やっぱ猫かよ!!

 魔眼が捉える、無数の赤い攻撃予測線。次の転移先を計算しようにも、間に合わない。そして転移したとして、いつまでも逃げ回っていては、この立ち会いは終わりそうにない。ええい!

暗黒の雷ダーク・ライトニング!」

 俺は黒い雷の球を、人数分用意した。ダメージを与えないように、小さく小さく、弱いヤツを、彼らの鼻先に。ああもうコイツら素早いんだよ、コントロール超むっず!

「「「「「ギャン!」」」」」

 猫の鼻は敏感だと聞く。電撃に対しても敏感かどうかは分からなかったが、効いたようだ。俺は一足先に地上に転移したが、彼らは気を失い、ドサドサと落下してきた。あ、今変な格好で落ちて来たヤツがいる。ヤバいかな。

「エリアパーフェクトヒール」

 これで何とかなるだろう。もう、プレイステッドさん以上にアレだったよ、ここんは。



「お前、さっきの何だ」

 ナイジェルがおこだ。俺が彼の把握していないスキルを使うと、「何で隠してた」みたいな感じでねる。いや、今まで使う機会なかったし、わざわざ披露するようなもんでも…

「俺との立ち合いで、あんなの使ったことなかった」

「使う余裕なんかあるかよ!秒殺されっだろ!」

 彼の剣は正確で隙がない。しかも先を先を読んで来る。とても余計なスキルを使う余裕などない。

「ったく。使えるもんなら使って勝ってるよ。お前、強過ぎんだよ!」

「!」

 彼は一瞬頬を赤くして、視線を逸らした。嬉しかったらしい。デレた。

 そんな感じで、応接室でしばらくじゃれていると、メイドがお茶を運んできた。泥だらけのメイド服を着替え、身なりを整えていて、時間がかかったようだ。しおらしく「申し訳ありませんでしたニャ」とか言ってる。何それ!超あざと可愛いんですけど!

 再起動した使用人の皆さんは、それぞれ多種多様な猫系獣人の特徴をたずさえている。猫目、猫耳、虎耳、長い尻尾、鍵尻尾、ボブテイル。ほとんど人間ヒト族のような外見の者から、二足歩行のヒョウみたいな者まで。総じて彼らは、しなやかな身体を持ち、造形としてとても美しい。そして可愛い。

「いやあ面目ない!」

 このオッサンを除いて。



 いつかのように、味のしないお茶をいただきながら、陽気でフレンドリーなお父上の質問に、「はい」か「いいえ」で答える。

「何をかしこまっている。こぶしを交えた仲じゃないか」

 はっはっは、じゃねぇよ。

(ナイジェル。お前ん家、訪問者を片っ端から半殺しにする主義なの?)

「父上はあれでちゃんと寸止めする。対等に戦ったお前が悪い」

「ええ、俺のせいかよ!」

「はっはっは。君がせがれの選んだ伴侶だと聞くとつい、な!」

「は…伴侶…?!」

 ナイジェルは、隣でしれっと茶をすすっている。え、これってまさか、彼氏を実家に紹介する的な…?!

「顔は見せた。もう帰る」

「まあそう言うな、ナイジェル。ノエルたちが来ているぞ」

 侯爵が使用人に合図をすると、ドアの隙間から小さな子供が二人、わらわらと現れた。

「にいさま~!」

「にいさまおかえり~!」

「ノエル。ニコール。ただいま」

 彼はあの、花がほころぶような笑顔を浮かべる。彼の歳の離れた弟妹きょうだいのようだ。丸い虎耳をつけて、しましまの尻尾を振り振り、彼の膝によじ登ろうとする。赤毛の父と兄と違い、彼らの体毛は白い。白虎の血が色濃く出ているようだ。

 てか、可愛い。尊い。撫で回したい。どうれ、お兄ちゃんもちょっと…

「「ヒッ!」」

 幼い弟妹は尻尾を逆立て、ナイジェルの後ろに隠れてしまった。

「お前、キモい」

 ぐっさあ!

「ナイジェル。コイツらずっとお前に会いたがっていたんだ。あっちで相手してやってくれ」

「分かった」



 愛くるしい弟妹に拒絶され、ナイジェルにキモいと言われて落ち込む俺に、さっきまでと打って変わって寡黙になる侯爵。

「———俺はなぁ、アイツがマガリッジとつがいたいって言い出して、反対したんだ」

 まあ、そうだろうな。自分で言うのも何だが、うちの家はいわく付きだ。しかも俺は、そこん家の出来損ない。これまでの学園での評判も散々だしな。

「だが、さっきので分かった。お前さんなら、アイツを託してもいい」

 何で?この人、こぶしで全部語っちゃう系?

「お前さん、アイツに心底惚れてんだろ」

「!…ええまぁ…」

 俺を見てニヤリとした彼は、そのままナイジェルに愛しそうな視線を向ける。

「アイツに魅入られたら、終わりだ。男も女も、家も何もかも、他のことはどうでもよくなっちまう」

 ナイジェルは、はかない美貌をたたえた、魅力的な男だ。彼から受け継いだのは、見事な赤毛だけ。他はきっと、母親のものだろう。俺もすっかり、美しいサイレンに惑わされ、絡め取られてしまった。

「…そうですね」

 見たこともない穏やかな笑顔で、弟たちとたわむれるナイジェルに、俺はまた恋をしている。本当に、彼はどこまで俺を惚れさせたら気が済むのだろう。

 そんな俺を黙って見つめていた侯爵が呟いた。

「魅入られたのは、せがれの方かも知れんな…」



 その後はお昼をご馳走になり、彼の弟妹が午睡ごすいに就いた後、二人して辞去した。

「せっかく弟妹きょうだいと会えたんだろ。お前だけゆっくりして行けば良かったのに」

「俺はあの家の異物だ。義母はは上も、良い思いはしないだろう」

 うん、何となく分かる。俺もきっと同じ選択をするだろう。もっとも、俺にも弟はいるが、俺は弟に軽蔑され、蛇蝎だかつの如く嫌われているがな。

 それより…

「てか、俺と一緒に帰りたかったの?」

「!」

 そう。土曜日は、ナイジェルが身体を許してくれる日だ。乗るしかない、このビッグウェーブに!

「お前、そういうところがキモいんだ」

 ぐっさあ!

 ガラスのハートが傷ついた俺は、悲しみを全て情熱に変換し、彼を朝までメッタメタに可愛がった。
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