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第5話 ミスリル鉱山
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「コンラート、そっち行ったぞ!」
「ヒィ!」
俺は屁っぴり腰で、なんちゃってエアガンをぶっ放す。ここはミスリル鉱山。鉱山と銘打ってはいるが、れっきとしたダンジョンだ。
ミスリルの採掘が大変なのは、聖なる魔力に救済を求めて、アンデッドが徘徊するから。アンデッドの弱点はまさにミスリルなのだが、ミスリルの武器防具は極めて高価である。他にアンデッドに有効な攻撃方法としては、神官の浄霊スキルや教会の聖水などがあるが、神官のスキルの使用回数には限度がある。聖水も結構なお値段。しかもアンデッドは大量に湧いてくる。ミスリルが高価なのは、その希少性に加えて、採掘コストの問題なのだ。
ミスリルの武器防具については、メッキをしたらどうかと提案してみた。ドワーフという生き物は、ミスリルならミスリル100パーセントの業物を打とうとする。確かに上質な武器防具は、手入れをすれば一生物、何なら孫子の代まで活躍するだろう。だがしかし、相手は無限湧きする大群だ。冒険者も武器防具も、数を揃えなければならない。
なおメッキについては、ミスリルを溶解出来る強い薬品が見つからず頓挫。合金は出回っているが、純度を落とすと聖属性魔力の出力が格段に落ちるので、あまりコストダウンに繋がっていない。結局、装備の一部にミスリルをあしらう方向で開発が進んだ。
そこからは、細工師工房の仕事だ。武器防具工房から一級品を借り受け、ろう付けのごとくミスリルの装飾を施す。何もかも純度100パーセントのミスリル製品と同じとは行かないが、わずかなミスリルでかなりの出力を叩き出した。アンデッドが徘徊するダンジョンで軽く試運転ののち、今回派遣されるパーティー全員分を急ごしらえで作成。今回の採掘が上手く行けば、追々普及品として販売されるだろう。
剣には側面に溝を掘り、そこにミスリルを埋設。芯材にした時には、魔力が表面まで通らずにボツだった。柄から使用者の魔力を吸い上げ、聖属性に変換してアンデッドに大ダメージ。アンデッドは、体の一部が損傷しても怯まずに動くのが厄介なのだが、聖なる魔力で浄化され、一撃で戦闘不能に持って行ける。杖やメイスも同様だ。それぞれ攻撃魔法や打撃に聖属性が付加され、火力が大幅にアップしている。普段よりも戦闘に貢献出来ると、後衛職からも喜ばれた。
魔力を通したミスリルは、青く光って格好いい。薄暗い坑道の中で、青い光の筋が縦横無尽に舞うと、まるでナントカセイバーのようだ。出来れば今後は、この溝の形を他のデザインに変えてみたい。まず七枝刀型、ルーン型、炎型。それから梵字もいいな。元ネタは伝わらなくても、厨二テイストは男子に受けると思う。ミスリルが共にあらんことを。
なお俺は、細工の時に出た端材をこっそり集めて、弾丸を作ってみた。弾丸といっても、BB弾ほどの鉛の玉に、ちょこんとミスリルをくっつけただけ。それを、風の魔石を使ったなんちゃってエアガンで射出する。エアガン自体には、さほど殺傷能力はない。ただミスリルを当てられたらいいなって、開発してみただけ。
これが、思ったよりも功を奏した。ゴーストやレイスなど、実体を持たないモンスターは縦横無尽に浮遊するのが厄介なのだが、ミスリル弾が当たると一発で仕留められる。弓使いには、鏃に微量のミスリルを乗せたものを提供してあるが、エアガンの方が速射に適している。結果、俺はかなりの戦果を挙げることになった。
通常ドワーフといえば、戦斧にタワーシールドでタンクを引き受けるところだが、へなちょこの俺ではタワーシールドを持ち歩くだけでバテてしまう。剛弓を扱うドワーフもいるが、俺には弓を素早く引くだけの筋力がない。仕方なくエアガンを作ってみたわけだが、何とか効いてくれて良かった。特にこの世界のアンデッド、もう見たまんまハザードだ。怖いし臭いし、接近される前に倒すに越したことはない。
夕方には、セーフゾーンに到着。一日分のミスリルは無事採掘を終え、あと二日、坑内で採掘を続ける。
「皆さん、夕飯出来ましたよ~」
相変わらず一番下っぱの俺が、料理当番。見張りで起きていても役に立たないだろうからと、ローテーションから外してもらった代わりに、その他の雑役は俺の役目だ。
「あらぁ、美味しそう。話には聞いてましたけど、コンラート君お料理も出来るんですね」
神官のお姉さん、ハリエットが嬉しそうに鍋を覗き込む。そう。今回の採掘には、女性冒険者がいるのだ!
「おう、コンラート。お前のアレ、すっげえイイな。俺も欲しいわ」
シャワーを浴びて、ほとんど下着の狼っ娘。おおおう!
「やめたげて、イーディス。コンラートが真っ赤よ」
妖艶に微笑むのは、ハーフエルフの魔術師ヘルトルーデ。
今回の採掘は、販促も兼ねている。そのターゲットが女性である。だから、護衛に女性冒険者パーティーが選ばれたわけだ。そして今、彼女らが絶賛しているのが、簡易バスルーム。
前世ではソロキャン動画が流行っていたが、キャンプで難儀するのが風呂とトイレだ。こっちの世界でも、野営の時は同じだろう。野郎はその辺で適当に済ませられるかも知れないが、女性は特に困るんじゃないか。そう思って、予てより開発を進めていた。前世の災害用簡易トイレを参考にしたものに、囲いとシャワーをプラス。防音、消臭、排水などは魔石を駆使して、正直コスパはよろしくない。更に荷物になる上に、こっちには清浄の生活魔法があるから、実際売れるかどうか微妙だったのだが、貴族の女性の馬車移動用にバカ売れした。
今回持ち込んだのは、携帯性を考慮した改良版だ。囲いは簡易天幕、簡易トイレも折りたたみの簡素なもの。後は上部にシャワー、下部に防水シートと空間魔法を駆使した排水の仕組み。足元にはすのこ。脱衣場としてもお使いいただけます。これらは全て、折りたたみ式でコンパクトにまとめてあるが、それでもやはり結構な重量になる。女性陣には、「いいけどやっぱり嵩張るわね」「ベースキャンプを置くタイプの遠征ならいいかも」「馬車を持ってるクランなら一台は」とのこと。ううむ、レンタルなら需要あるだろうか。
後は、大分普及してきた調理用品と保存食だ。特に今回の目玉は、フリーズドライ食品。あらかじめ豆や野菜を調理したものを乾燥させて持ち込んでいる。水と押し麦、干し肉を足して軽く煮込めば、あっという間にスープの出来上がり。
このフリーズドライってのが大変だった。概念としては知っていたが、どうやって水分を飛ばすのか。なけなしの蓄えで食材と高価な氷の魔石を買って試していたところ、女将さんが工房のものを使っていいと太っ腹なご決断。おかげで何とかこの遠征に間に合ったが、膨大な試作品と備蓄は、全て俺の遠征中の工房のまかないに消費されるらしい。
いつもは干し肉を齧って水で流し込むだけの冒険者たちに、具沢山スープは好評だった。特に女性陣は、野菜が不足するとお肌の調子がよろしくないらしく、大いに喜ばれた。よしよし、今回のプレゼンは上出来だ。
一方、男性陣はしっぽりと酒を飲んでいる。
「ミスリルを装飾に回すという発想は正解じゃったな」
鍛治工房から派遣されたおやっさん、ヘルゲがご機嫌だ。フリーズドライ豆は乾き物にもなる。他に味の濃いジャーキーや鮭とばも用意した。ドワーフには酒、酒にはツマミ。賄賂に最適なのだ。
「あの銃っての、いいね。今回僕、出番なかったよ」
今回の護衛パーティー南の島の黒一点、小人族の斥候フロルが、豆をぽりぽり齧りながら話題に乗って来る。彼の主な仕事は罠の解除や索敵なので、俺の役割とは比べるべくもないが、それでも銃という武器を評価してもらえると、やっぱり嬉しい。
「魔石を消費しますが、短弓より連射しやすいですしね。これは試作品なので、今度改良版を作ったらモニターをお願いしていいですか?」
「いいの?やった!」
小人族はドワーフよりも小柄で、見た目も愛くるしい。俺らが小学校中学年なら、彼らは低学年って感じだ。男女混合パーティーは色恋沙汰で短命な傾向にあるが、彼はマスコット的なキャラで見事に溶け込んでいる。ハーレムっちゃあハーレムだが、男扱いされていないとなれば、羨ましくもあり、羨ましくもなし。
俺としては、ヘルゲと装備品談義に花を咲かせたかったのだが、ヘルゲは黙々と飲むのが好きみたいだ。一方、フロルがぐいぐい来る。女ばっかりのパーティーでは、華やかな反面、積もるストレスもあるようだ。俺は二人に酒を注ぎながら、フロルの話にふんふんと耳を傾けていた。
そうこうしているうちに、女性陣が先に就寝。ヘルゲとフロルが前半の見張りなのだが、ヘルゲは既に出来上がって船を漕いでいる。ドワーフの中でも年長の部類だから仕方ない。俺は夜番を免除されているとはいえ、フロルだけに任せておくのも申し訳なく、そのまま夜更かしに付き合う。とはいえ、ここは迷宮のセーフゾーンで、女神像と結界石が設置してあり、モンスターは寄って来ない。野外なら熊や狼が来ることもあるが、迷宮での見張りは、ほんの万が一の保険みたいなものだ。
「それにしても、良かったですよ。初めての採掘が、フロルさんと一緒で」
これは嘘偽りない本音だ。多少距離感が近いとはいえ、こうしてフレンドリーに接してくれる陽キャが一人いるだけで、陰キャは救われる。
「そう?なら嬉しいな。僕もコンラートとは、友達になりたかったから」
イルドスュードは中堅パーティーで、うちの工房の準レギュラー的なお得意さんでもある。上級パーティーのように、高い消耗品をガンガン買い込むほどではないが、いざという時のため、いくつか持ち歩いてくれているそうだ。俺のナンチャッテ知識チートが、冒険者の命綱になってるの、すっげえ嬉しい。
とはいえ、夜も更けると眠気も増す。話題も尽きて来た頃、フロルが言った。
「コンラート。この先、ちょっと気になる場所があるんだけど、こっそり行ってみない?」
フロルが指差したのは、セーフゾーンのほんの少し先、次の階層への階段だった。階段の先は、昼の間に探索した。そしていくつかのミスリル鉱石を採集してきた。その階段が、どうしたというのだろう。
「ほら、ここ」
フロルは、壁の隙間の窪みに矢を差し入れ、引き抜いた。すると、そこの石組みだけすっぽりと抜け落ちた。
「前に護衛に来た時、ここに隠し部屋があるのに気付いたんだよね。だけどほら、ここを通れそうなのが、僕しかいなかったから」
確かに、この大きさなら、フロルか俺くらいしか通れなさそうだ。
「だけど、二人だけじゃ」
「うん。でもこの先には魔物はいなさそうだし、昼間は採掘の護衛の仕事があるしさ。僕一人で行ってもいいんだけど、罠なんかがあったら一人じゃ対応できないじゃない?今、この時間しか行けないんだ。頼むよ」
なるほど。フロルは罠の解除が出来るが、万一失敗して麻痺でもすれば、詰んじゃうか。というわけで、俺は「ちょっと覗くだけなら」と、フロルに続いて、恐る恐る壁の穴を潜り抜けた。
この鉱山は、鉱山と銘打った迷宮だ。入り口も内側もまるで鉱山のような様相を呈しているが、他のダンジョン同様、出てくるのはモンスターばかり。罠もあるし、どこからともなく宝箱も出現する。実際に存在した鉱山がダンジョン化したわけではないのだ。誰がどうやって、何のために、鉱山を模したダンジョンを創造したのだろう。
そして、ここが鉱山を模したダンジョンならば、こういった隠し部屋があるのも道理だ。階段の脇の石組みの向こうに、何故か石造りの小部屋。内装は、神殿というか、研究室というか、ちょっと西洋風なんだけど、雰囲気的に、前世で言う保健室のような。デスクに実験道具のようなもの、そして簡易なベッドがある。およそ鉱山とは似つかわしくもない。
「これは…」
ここは迷宮だ。いかにも普通の部屋に見えて、どんな罠があるか分からないので、壁や物に触れずに、しげしげと観察する。しかし、迷宮って本当にロマンだよな。こんな不思議空間、マジで存在するかよ。そういえば、ここ入るの、フロルと俺が初めて?やっべ。めっちゃワクワクするんだけど!
「どう、フロル。何かありそう?」
先に入ったフロルが、家具を調べている。俺がフロルの視線の先を覗き込むと、不意にフロルが振り返った。
フロルの青い瞳が、マゼンタ色の光を帯びている。
「ヒィ!」
俺は屁っぴり腰で、なんちゃってエアガンをぶっ放す。ここはミスリル鉱山。鉱山と銘打ってはいるが、れっきとしたダンジョンだ。
ミスリルの採掘が大変なのは、聖なる魔力に救済を求めて、アンデッドが徘徊するから。アンデッドの弱点はまさにミスリルなのだが、ミスリルの武器防具は極めて高価である。他にアンデッドに有効な攻撃方法としては、神官の浄霊スキルや教会の聖水などがあるが、神官のスキルの使用回数には限度がある。聖水も結構なお値段。しかもアンデッドは大量に湧いてくる。ミスリルが高価なのは、その希少性に加えて、採掘コストの問題なのだ。
ミスリルの武器防具については、メッキをしたらどうかと提案してみた。ドワーフという生き物は、ミスリルならミスリル100パーセントの業物を打とうとする。確かに上質な武器防具は、手入れをすれば一生物、何なら孫子の代まで活躍するだろう。だがしかし、相手は無限湧きする大群だ。冒険者も武器防具も、数を揃えなければならない。
なおメッキについては、ミスリルを溶解出来る強い薬品が見つからず頓挫。合金は出回っているが、純度を落とすと聖属性魔力の出力が格段に落ちるので、あまりコストダウンに繋がっていない。結局、装備の一部にミスリルをあしらう方向で開発が進んだ。
そこからは、細工師工房の仕事だ。武器防具工房から一級品を借り受け、ろう付けのごとくミスリルの装飾を施す。何もかも純度100パーセントのミスリル製品と同じとは行かないが、わずかなミスリルでかなりの出力を叩き出した。アンデッドが徘徊するダンジョンで軽く試運転ののち、今回派遣されるパーティー全員分を急ごしらえで作成。今回の採掘が上手く行けば、追々普及品として販売されるだろう。
剣には側面に溝を掘り、そこにミスリルを埋設。芯材にした時には、魔力が表面まで通らずにボツだった。柄から使用者の魔力を吸い上げ、聖属性に変換してアンデッドに大ダメージ。アンデッドは、体の一部が損傷しても怯まずに動くのが厄介なのだが、聖なる魔力で浄化され、一撃で戦闘不能に持って行ける。杖やメイスも同様だ。それぞれ攻撃魔法や打撃に聖属性が付加され、火力が大幅にアップしている。普段よりも戦闘に貢献出来ると、後衛職からも喜ばれた。
魔力を通したミスリルは、青く光って格好いい。薄暗い坑道の中で、青い光の筋が縦横無尽に舞うと、まるでナントカセイバーのようだ。出来れば今後は、この溝の形を他のデザインに変えてみたい。まず七枝刀型、ルーン型、炎型。それから梵字もいいな。元ネタは伝わらなくても、厨二テイストは男子に受けると思う。ミスリルが共にあらんことを。
なお俺は、細工の時に出た端材をこっそり集めて、弾丸を作ってみた。弾丸といっても、BB弾ほどの鉛の玉に、ちょこんとミスリルをくっつけただけ。それを、風の魔石を使ったなんちゃってエアガンで射出する。エアガン自体には、さほど殺傷能力はない。ただミスリルを当てられたらいいなって、開発してみただけ。
これが、思ったよりも功を奏した。ゴーストやレイスなど、実体を持たないモンスターは縦横無尽に浮遊するのが厄介なのだが、ミスリル弾が当たると一発で仕留められる。弓使いには、鏃に微量のミスリルを乗せたものを提供してあるが、エアガンの方が速射に適している。結果、俺はかなりの戦果を挙げることになった。
通常ドワーフといえば、戦斧にタワーシールドでタンクを引き受けるところだが、へなちょこの俺ではタワーシールドを持ち歩くだけでバテてしまう。剛弓を扱うドワーフもいるが、俺には弓を素早く引くだけの筋力がない。仕方なくエアガンを作ってみたわけだが、何とか効いてくれて良かった。特にこの世界のアンデッド、もう見たまんまハザードだ。怖いし臭いし、接近される前に倒すに越したことはない。
夕方には、セーフゾーンに到着。一日分のミスリルは無事採掘を終え、あと二日、坑内で採掘を続ける。
「皆さん、夕飯出来ましたよ~」
相変わらず一番下っぱの俺が、料理当番。見張りで起きていても役に立たないだろうからと、ローテーションから外してもらった代わりに、その他の雑役は俺の役目だ。
「あらぁ、美味しそう。話には聞いてましたけど、コンラート君お料理も出来るんですね」
神官のお姉さん、ハリエットが嬉しそうに鍋を覗き込む。そう。今回の採掘には、女性冒険者がいるのだ!
「おう、コンラート。お前のアレ、すっげえイイな。俺も欲しいわ」
シャワーを浴びて、ほとんど下着の狼っ娘。おおおう!
「やめたげて、イーディス。コンラートが真っ赤よ」
妖艶に微笑むのは、ハーフエルフの魔術師ヘルトルーデ。
今回の採掘は、販促も兼ねている。そのターゲットが女性である。だから、護衛に女性冒険者パーティーが選ばれたわけだ。そして今、彼女らが絶賛しているのが、簡易バスルーム。
前世ではソロキャン動画が流行っていたが、キャンプで難儀するのが風呂とトイレだ。こっちの世界でも、野営の時は同じだろう。野郎はその辺で適当に済ませられるかも知れないが、女性は特に困るんじゃないか。そう思って、予てより開発を進めていた。前世の災害用簡易トイレを参考にしたものに、囲いとシャワーをプラス。防音、消臭、排水などは魔石を駆使して、正直コスパはよろしくない。更に荷物になる上に、こっちには清浄の生活魔法があるから、実際売れるかどうか微妙だったのだが、貴族の女性の馬車移動用にバカ売れした。
今回持ち込んだのは、携帯性を考慮した改良版だ。囲いは簡易天幕、簡易トイレも折りたたみの簡素なもの。後は上部にシャワー、下部に防水シートと空間魔法を駆使した排水の仕組み。足元にはすのこ。脱衣場としてもお使いいただけます。これらは全て、折りたたみ式でコンパクトにまとめてあるが、それでもやはり結構な重量になる。女性陣には、「いいけどやっぱり嵩張るわね」「ベースキャンプを置くタイプの遠征ならいいかも」「馬車を持ってるクランなら一台は」とのこと。ううむ、レンタルなら需要あるだろうか。
後は、大分普及してきた調理用品と保存食だ。特に今回の目玉は、フリーズドライ食品。あらかじめ豆や野菜を調理したものを乾燥させて持ち込んでいる。水と押し麦、干し肉を足して軽く煮込めば、あっという間にスープの出来上がり。
このフリーズドライってのが大変だった。概念としては知っていたが、どうやって水分を飛ばすのか。なけなしの蓄えで食材と高価な氷の魔石を買って試していたところ、女将さんが工房のものを使っていいと太っ腹なご決断。おかげで何とかこの遠征に間に合ったが、膨大な試作品と備蓄は、全て俺の遠征中の工房のまかないに消費されるらしい。
いつもは干し肉を齧って水で流し込むだけの冒険者たちに、具沢山スープは好評だった。特に女性陣は、野菜が不足するとお肌の調子がよろしくないらしく、大いに喜ばれた。よしよし、今回のプレゼンは上出来だ。
一方、男性陣はしっぽりと酒を飲んでいる。
「ミスリルを装飾に回すという発想は正解じゃったな」
鍛治工房から派遣されたおやっさん、ヘルゲがご機嫌だ。フリーズドライ豆は乾き物にもなる。他に味の濃いジャーキーや鮭とばも用意した。ドワーフには酒、酒にはツマミ。賄賂に最適なのだ。
「あの銃っての、いいね。今回僕、出番なかったよ」
今回の護衛パーティー南の島の黒一点、小人族の斥候フロルが、豆をぽりぽり齧りながら話題に乗って来る。彼の主な仕事は罠の解除や索敵なので、俺の役割とは比べるべくもないが、それでも銃という武器を評価してもらえると、やっぱり嬉しい。
「魔石を消費しますが、短弓より連射しやすいですしね。これは試作品なので、今度改良版を作ったらモニターをお願いしていいですか?」
「いいの?やった!」
小人族はドワーフよりも小柄で、見た目も愛くるしい。俺らが小学校中学年なら、彼らは低学年って感じだ。男女混合パーティーは色恋沙汰で短命な傾向にあるが、彼はマスコット的なキャラで見事に溶け込んでいる。ハーレムっちゃあハーレムだが、男扱いされていないとなれば、羨ましくもあり、羨ましくもなし。
俺としては、ヘルゲと装備品談義に花を咲かせたかったのだが、ヘルゲは黙々と飲むのが好きみたいだ。一方、フロルがぐいぐい来る。女ばっかりのパーティーでは、華やかな反面、積もるストレスもあるようだ。俺は二人に酒を注ぎながら、フロルの話にふんふんと耳を傾けていた。
そうこうしているうちに、女性陣が先に就寝。ヘルゲとフロルが前半の見張りなのだが、ヘルゲは既に出来上がって船を漕いでいる。ドワーフの中でも年長の部類だから仕方ない。俺は夜番を免除されているとはいえ、フロルだけに任せておくのも申し訳なく、そのまま夜更かしに付き合う。とはいえ、ここは迷宮のセーフゾーンで、女神像と結界石が設置してあり、モンスターは寄って来ない。野外なら熊や狼が来ることもあるが、迷宮での見張りは、ほんの万が一の保険みたいなものだ。
「それにしても、良かったですよ。初めての採掘が、フロルさんと一緒で」
これは嘘偽りない本音だ。多少距離感が近いとはいえ、こうしてフレンドリーに接してくれる陽キャが一人いるだけで、陰キャは救われる。
「そう?なら嬉しいな。僕もコンラートとは、友達になりたかったから」
イルドスュードは中堅パーティーで、うちの工房の準レギュラー的なお得意さんでもある。上級パーティーのように、高い消耗品をガンガン買い込むほどではないが、いざという時のため、いくつか持ち歩いてくれているそうだ。俺のナンチャッテ知識チートが、冒険者の命綱になってるの、すっげえ嬉しい。
とはいえ、夜も更けると眠気も増す。話題も尽きて来た頃、フロルが言った。
「コンラート。この先、ちょっと気になる場所があるんだけど、こっそり行ってみない?」
フロルが指差したのは、セーフゾーンのほんの少し先、次の階層への階段だった。階段の先は、昼の間に探索した。そしていくつかのミスリル鉱石を採集してきた。その階段が、どうしたというのだろう。
「ほら、ここ」
フロルは、壁の隙間の窪みに矢を差し入れ、引き抜いた。すると、そこの石組みだけすっぽりと抜け落ちた。
「前に護衛に来た時、ここに隠し部屋があるのに気付いたんだよね。だけどほら、ここを通れそうなのが、僕しかいなかったから」
確かに、この大きさなら、フロルか俺くらいしか通れなさそうだ。
「だけど、二人だけじゃ」
「うん。でもこの先には魔物はいなさそうだし、昼間は採掘の護衛の仕事があるしさ。僕一人で行ってもいいんだけど、罠なんかがあったら一人じゃ対応できないじゃない?今、この時間しか行けないんだ。頼むよ」
なるほど。フロルは罠の解除が出来るが、万一失敗して麻痺でもすれば、詰んじゃうか。というわけで、俺は「ちょっと覗くだけなら」と、フロルに続いて、恐る恐る壁の穴を潜り抜けた。
この鉱山は、鉱山と銘打った迷宮だ。入り口も内側もまるで鉱山のような様相を呈しているが、他のダンジョン同様、出てくるのはモンスターばかり。罠もあるし、どこからともなく宝箱も出現する。実際に存在した鉱山がダンジョン化したわけではないのだ。誰がどうやって、何のために、鉱山を模したダンジョンを創造したのだろう。
そして、ここが鉱山を模したダンジョンならば、こういった隠し部屋があるのも道理だ。階段の脇の石組みの向こうに、何故か石造りの小部屋。内装は、神殿というか、研究室というか、ちょっと西洋風なんだけど、雰囲気的に、前世で言う保健室のような。デスクに実験道具のようなもの、そして簡易なベッドがある。およそ鉱山とは似つかわしくもない。
「これは…」
ここは迷宮だ。いかにも普通の部屋に見えて、どんな罠があるか分からないので、壁や物に触れずに、しげしげと観察する。しかし、迷宮って本当にロマンだよな。こんな不思議空間、マジで存在するかよ。そういえば、ここ入るの、フロルと俺が初めて?やっべ。めっちゃワクワクするんだけど!
「どう、フロル。何かありそう?」
先に入ったフロルが、家具を調べている。俺がフロルの視線の先を覗き込むと、不意にフロルが振り返った。
フロルの青い瞳が、マゼンタ色の光を帯びている。
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