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第二章 異世界編

第15話 ─ 挫けないで、お嫁サンバ ─その1…ある男の独白

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※今回から本編に戻ります。


*****


「そういえば……嫁はアイツが村から逃げてきた話はもう聞いたのか?」

 リーダーのリッシュさんがいつもの食事のリズムで、これから酒を頼もうかというタイミングで私にそう言ってきました。

「逃げて……? 彼からは村に居場所が無くなって、お母様ともうまくいってないから飛び出してきた、とは聞いてますが」

「ふぅん……。そうか、アイツそんな風に話しているのか……」


 それは、めぼしい大きな仕事も無く、一人、二人で片付くような依頼を各自で少しずつこなしていた時期のことでした。

 私の旦那は、ベッコフさんと二人で依頼に行っており、ただ今留守中です。
 依頼の合間に、ベッコフさんに剣の稽古をつけてもらうんだと子供のようにはしゃいでいました。

 旦那から聞いていた話から判断する限り、彼は頼りにできる存在、というものに飢えていたのだと私は感じていました。
 親代わり兄代わり姉代わり……そういう存在足りえているのでしょうね、このパーティーの方々は。
 だからこそ私は、彼らが知っていて私が知らない彼の……旦那の話が出てきたので、思わず飛びついてしまいました。

 私は彼の支えになりたい、共に居たい。でもそういう存在になっているのか?
 そういう存在になる為の話であるならば、是非とも聞いておきたい。
 私はリーダーにのしかかるように尋ねました。

「どういうことですか? 彼が村を“出た”のではなく、“逃げてきた”というのは!?」

「おいおい、近いって。前の死んだ彼女のことは、かなり心の整理がついたみたいだが、さすがにアレは未だに整理つかないか……」

「ほれ、そこまでにしときな嫁ちゃん。こんな場面を旦那に見られたら、勘違いされて寝込まれるどころじゃ済まないわよ」

 師匠……もとい、姉御……でもなかった……キャンティさんが、思わずそうたしなめてきます。
 さすがに顔に火照りを感じながら、私は元の席に戻りました。

「そろそろ今日か明日あたりに、ベッコフの馬鹿と帰って来るだろうし、せっかく買った新居でゆっくり聞かせて貰いなよ」

「皆さんに『二人で住むなら家買った方が安くつくか』って聞いてるのに、意図がバレてないと旦那が思っていた家ですね」

「嫁にも『この辺に住んだら、まあまだ生活には不自由しなさそうだね』とか言いながら、あちこちの空き家とか見に行ったんだって?」

 私の魔法師の教師になってくれているラディッシュさんまで話に加わってきました。

「そこまでやっといて、『何故バレたああああ!』とか言ってる旦那、端的に言ってアホですね」

「気を回しすぎる性格だからかしら、妙な所で抜けてるわよね、彼。でもそこが可愛い、でしょ?」

「……ええ、まぁ……」

 困りました。また顔に熱がこもってきましたよ。
 どうもいけません。人生経験の差というやつでしょうか、彼等にはいつも上手く転がされている気がします。
 嫌な感覚ではないですが。

「彼は絶対に認めないでしょうが、話に聞いている父親に少し似てると思います。彼の父親も、愛情の配分をもう少し考えていたら、器の大きい男に見られたと思いますが」

「浮気性の男は九割九分そんなものよ。でも考えの浅い女は、大勢のライバルに囲まれている存在が価値あるものに見えてしまう。賢い女でもこの罠にハマってしまうから厄介よね」

「……げに男と女の争いの種は尽きまじ……という訳だな……」

「あら、男だって見た目の良い女に群がるじゃない」

 うぬう、ジビエさんは見計らったようにバッサリくるのが恐いですね。負けないキャンティの姉御も相当ですが。
 しかし、私ももしかしたら、考えの浅い女になる道を辿っていたかもしれないのですね。
 あのまま“英雄”のパーティーに居残っていたとしたら。

 深く考えずにあのパーティーに参加した、あの頃の自分を叱ってやりたいです。

「お前の旦那は、とてもじゃないがそんな事は出来ないタイプだけどな。嫁の気持ちが離れない限り」

「何ですか? その、私が二股三股かけそうな予感してます、みたいなセリフは」

「ふふっ……無理ね、貴女には。本当、良くも悪くもお似合いの二人だわ」

「悪くも、の部分は撤回を要求します。
……ん? キャンティの姉御は無理じゃないという事でしょうか、今の言い方だと」

「ふふふ……秘密」

 姉御にそんなセリフ言われると、なんだか私、女を知らない男の子みたいな気分になってきますね。


*****


「ねぇ、村を逃げた時の話……聞かせて貰う事は出来る?」

「……! リッシュさん達に聞いたのか?」

「触りだけよ。村から出たくだりが少し違うって事ぐらいしか聞けてないわ」

「…………」

 ある夜、私は意を決して彼に例の件を恐る恐る切り出してみました。
 彼はしばらく押し黙ったあと、長い溜め息をついて寝床から身体を起こします。
 私も身体に寝具を巻いて起き上がりました。

 彼は暗い瞳で、遠くを見るような表情をしながら、右手で頭をガシガシと掻いたあと、またしばらくムッツリと黙りました。
 そして覚悟を決めたようにボソリボソリと話し始めたのです。

「そうだな……前にフェットに昔の話をした時から、いつかは本当の事も話さないといけないと思っていたんだ……」

 そうして彼は、本当の思い出を話してくれたのですが、正直、途中で何度もつまったり、涙声になって嗚咽おえつで話が途切れたりで、聞き取りにくい箇所も多かったです。
 しかし、彼がそこまでして心の傷を私に晒してくれたのです。
 私は、パンチェッタさんの事以上に、この話を心に刻みつけなければいけないと決意しました。
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