ダーティーホワイトエルブズ ~魔物退治してた現代転移の苦労人エルフ、“主人公”への復讐を決意する~

きさまる

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第四章 通りすがりのダーティーエルフ編

第87話 ─ 思い出はいつも雨 ─…ある男の独白

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 「お母さん、見てこの獲物。ボクが獲ったんだよ」

「まあ、凄いじゃないミトラ」

「嘘だ! 僕が獲ってきたのを、ミトラが家の前で僕から横取りしたんじゃないか!」

「あなたはお兄ちゃんなのに、どうして自分の事ばかり言うの! お兄ちゃんならミトラに分けてあげるべきでしょう!」

「だって僕が一生懸命に……」

「ミトラは誰よりも魔力が強くて、剣も狩も最高の腕を持つ純粋なエルフなの。それをあなたが支えなくてどうするの」

「……僕の話も聞いてよ……」


 ミトラもおらず、シャーロット嬢ちゃんも居なかった徒労感からだろうか。
 クラガンだったモノを茫然と見つめながら、俺の頭の中では昔の嫌な思い出がフラッシュバックしていた。

 いつからだったろう。
 ミトラが、いつもいつも俺が手に入れたモノを欲しがるようになったのは。
 そして、いつしか本当に横取りするようになったのは。
 更に、最初は隠れて行われていた横取り行為が、白昼堂々と村人達の目の前でやられるようになったのは。
 なのに誰もミトラを咎める事をせず、それどころかミトラを擁護さえして俺を責めるようになったのは。
 ──そして母親さえ、いや、母親こそが率先してそれに加担していたのは。


「父さん。たまには家に戻って母さんの相手をしてよ」

「父さんは忙しいんだ。お母さんには会いに行けないけど、お母さんの為にお前達家族の為に、色々とやらないといけない事が沢山あるんだ」

「いやだって他の家は──」

「お父さんが居ない時に、お兄ちゃんのお前がしっかり支えなくてどうする。いつもいつもお父さんを頼ってばかりではダメだぞ」

「(頼った時に助けてくれた事、一度も無いじゃないか)」

「お前はお兄ちゃんなんだ。ミトラの世話もしっかりしないとな。ミトラの才能は村中で評判だぞ」

「お父さん。お父さんは、いつも他人の物を勝手に盗ったりしたら駄目って言ってたよね?」

「当たり前だ」

「あのさミトラが僕の……」

「お前はお兄ちゃんなんだ。ミトラの世話もしっかりするのが、お前の役目だぞ。ああ、それとすまんが、この酒をお母さんに渡しておいてくれ。必ず、父さんからだって言うんだぞ」

「えっ嫌だよ、いつも僕にことずけてばかりじゃないか。お父さんが直接渡してよ。(お父さんの事を言うと必ずお母さんの機嫌が悪くなるのに、これを渡す言い訳なんてもう考えたくない)」

「父さんが直接行けば、母さんは家に招く準備をしないといけない。大変だ。だからお前に頼んでいるんだ」


 そうだ。俺がシャーロット嬢ちゃんを嫌っているのは、父親も思い出すからだ。ミトラと母親だけでは無く。
 嫌な事からは逃げ回り、自分が良い気分になる事ばかりを求める享楽的な父親に。
 そしてミトラ。


「兄貴、どうせオメーが頑張った所で、才能のえカスはどこまでもカスだ。認められねぇオメーの頑張りを俺が有効活用してやっているだけじゃねーか。むしろ有り難く思って、涙を流しながら俺に礼を言わないといけない立場なんだぜ、オメーは」

 母親の前では見せなかった、下品で乱暴なエルフらしからぬ言葉使い。やがてそれを誰の前でも隠さなくなり、ミトラに眉をしかめる者は最初から居なかった。
 長い歴史に裏打ちされたエルフの伝統と礼節とやらが笑わせる。
 粗野な人間だろうが礼節のエルフだろうが、スジを通さぬ奴など軽蔑の対象でしか無い。
 誠実さとは自分の言葉と行動を一致させ、認めるべきは認め、正すべきは正す事ではないのか。少なくともそう努力する事だろう。


 そう思いながらも、俺の脳裏にはミトラのせせら笑いが浮かんで消えなかった。


*****


 そうして、どれぐらいその場に座り込んでいただろうか?
 俺はふと、スマホをチェックしていなかった事に気がつく。エヴァンからSMSショートメールサービスでメッセージが入っていた。

──リーダー、そっちはもう片は付いたかい? “騎士団”本部そこは空振りだったろ。俺がビンゴだ。こっちでリーダーの弟を確認した。

 ざわり。
 その文面を見た瞬間、俺の血が沸騰してひっくり返った気がした。よりにもよってエヴァンの所か!
 エヴァンの担当は寂れた工業地帯ラストベルトだったな。今から向かって間に合うか? ヘリコプターか何かで直行させて貰えるか?

 俺は震える手でベイゼルにスマホで連絡を取った。
 この手の震えは、さっきの死闘の疲れからだけでは無い。

「ベイゼル、エヴァンから連絡は来てるか? あっちが本命だったらしい。俺は今から駆け付ける」

『お前は例のあの二人と闘ったらしいじゃないか。身体もボロボロなんじゃないのか?』

「奴を……ミトラをるチャンスなんだ。贅沢なんて言ってられるか! いいから、ここのヘリ使ってエヴァンの所へ向かうぞ、俺は!」

『だが……』

「アイツから……エヴァンから突入するとのメールが来てたのは一時間前だが……もしかしたらだ。もしかしたら膠着状態かもしれん。もしかしたらミトラを逃げるギリギリに捕らえられるかもしれん。少なくともここで黙って待つなんて事は出来ん!」

『……』

「ベイゼル、あんたが止めたって俺は行く。連絡は俺のスマホへ、電話かメールかもしくはヘリの無線に入れろ。じゃあな」

 そうしてベイゼルに有無を言わさず俺はスマホを切った。そのまま軍のヘリへ足を向ける。
 くそっ! 俺がメールのチェックをもっと早くしていれば……。
 そう歯噛みしながら俺は、エヴァンからのメールをもう一度見返す。

──リーダー、もしそちらが早く片が付きそうだったらこっちに来いよ。状況次第だが、突入はもう暫く様子見をする。間に合う事を祈ってるぜ。

──こちらへ来るのは、ちと厳しいかな? まぁでも気にすんなよ。これでも充分過ぎるほど勝算はあるんだ。
 奴の直接的な脅威は、例の火を操る能力だけだ。それを消しちまえば、残るのはただの運の良い凡人だけだ。

──オーケイ、奴を……リーダーの弟を迎撃する準備は万端だ。負ける方が難しいぐらいだぜ。
 悪霊だよ、リーダー。奴の“精霊”はほぼ悪霊と同じなんだ。分かっちまえば何て事は無かった。悪霊なら浄化しちまえば天国に昇天する。
 腕の良い除霊師エクソシストが味方にいる。俺の力と合わせて、いくらでも天国に逝かせてやるよ。

──どうやらタイムアウトだな。奴が降りてきた。リーダーの代わりに奴をブチのめしておいてやるよ。
 アイラちゃんを取り返して、また三人で祝杯をあげようぜ。今度はリーダーの奢りで、高いスコッチを飲まして貰うよ。じゃあな。



 俺が配置されている班の軍担当者に掛け合い、半ば強引にエヴァンの担当地区へ、ヘリを出させる。
 どうやら、あちらの班との連絡が取れなくなっているらしい。それが最終的に、軍の担当者の腰を上げさせたようだ。

 手すきになった軍人数名と共に軍用ヘリに乗り込む。
 現地に着くまでの間、リボルバー拳銃の分解・手入れをしておく。先ほどの昔の思い出の残滓ざんしからか、何か作業をしておかないと悪い想像ばかりをしてしまう。
 一緒に乗り込んだ軍人は、一切表情を表に出さずに目を閉じている。
 流石だ。俺の拳銃整備のガチャガチャする音が、本当なら耳につくだろうに。何も言わずに黙ってくれている。


 操縦士と副操縦士は、ヘリを飛ばしながらも無線で向こうの連中に呼びかけ続けている。
 ……未だにエヴァン達からの反応は、返ってこない。
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