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第四章 通りすがりのダーティーエルフ編
第89話 “追憶の戦い”その2…偽りのダークヒーロー編
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腰巾着男は再びファイティングポーズを取る。先ほどミトラに追い込まれた状況を忘れたのだろうか?
その事を……“精霊”が消える直前までは自分がこの腰巾着を押していた事を思い出したミトラ。
怒りを全身に漲らせながら、ミトラは再び目の前の男に襲い掛かる。
──そうだ、俺は色々な格闘技をさっきマスターしたじゃないか。まだ余裕でこの雑魚に勝てる!
だが……さっきまで面白いように攻撃が当たっていたのが、面白いように相手が追い込まれていたのが、さっぱり攻撃が当たらなくなった。
こちらの攻撃が、繰り出される前に動かれて避けられている気さえする。
しかもそれだけではなく……。
──何だ? 何故コイツの攻撃が避けられない!?
そう、さっきまでとは全く逆に、こちらの攻撃は当たらず相手の攻撃ばかりが当てられるようになった。
相手の腰巾着男は、ボクシングしか使っていないのに!
──くそっ何故だ!? 何故何故何故!!
ミトラは理解していない。
《スキル》の恩恵は、所詮は身体の動かし方と知識だけにしかすぎないという事を。
一番肝心なのは、その技術を知識を、いかに使いこなすかという「知恵」。
この場においては、いかに相手の思考を読むか自分の思考を読ませないかという、技術をも利用したフェイントを絡めた心理戦ということになる。
それは、サッカーの技術書をいくら読んでも、プロの選手のスーパープレイをいくら見ても、それだけでは決してその技術が自分のモノにならないように。学校の授業でいくらクラスメイトとサッカーで遊んでも、頂点の技術には届かないように。
あるいは《スキル》で身に付けたものであっても、強い意志で己の技術として使いこなそうとしていれば、こうはならなかったかもしれない。
だがミトラが今までやってきたことは、いかに楽に人生を乗り切るか、楽に逃げ切るか、楽に快楽に溺れるか。
──《スキル》で楽に戦えるのだから、楽に相手を負かせるのだから、それでいいじゃねえか。
だからこそ、ミトラはエヴァンのフェイントに気付かず引っ掛かる。だからこそ、ミトラは自分の攻撃に移る際のクセがエヴァンに読まれていることに気が付かない。そして動きが読まれていたならば、どんな技術を繰り出そうとも半ば無意味。
そのうち戦いの中で徐々に、相手の腰巾着男はその本性を現し始めた。
懐に腰巾着男が潜り込む。アッパーでミトラの顎を狙う動き。
しかしそれもまたフェイント。腰巾着男はミトラの眼に向かって唾を飛ばす。
思わず目を閉じたミトラに向かって、相手はボディーブローを一発、二発、三発。
堪らず屈みこんだミトラへ膝蹴りで追撃。ボクシングだから足技は無いとの先入観から、モロに顔面にそれを喰らうミトラ。
地面に無様に転がったミトラへ、まるでサッカーボールを蹴るかのように腰巾着男の追撃のキック。
蹴り飛ばされたミトラは、目に付いた唾を拭って起き上がるのが精一杯だった。
「くそっ、汚ねえぞテメエ──!?」
そんなミトラの前に、すでに距離を詰めてきている腰巾着男。
ミトラはセリフを最後まで言うことが出来ずに、さらに後ろに退がろうとする。
そんなミトラの軸足を、そのつま先を、腰巾着男は踏んずけて止めた。
逃げ場を失ったミトラを腰巾着男は散々に打ちのめす。足を踏まれているので、倒れ込むことすら難しい。
右に倒れようとすれば、右の脇腹にパンチを打たれて戻され、左に倒れようとすれば、左脇腹にパンチ。
それはまるで、ミトラが今まで女に繰り返してきた暴力を、彼自身に返していくかのような攻撃だった。
殴られ続け、朦朧とする頭でなんとか逃げようと思考を働かせ、どうにか後ろにのけ反る。
その瞬間──。
腰巾着男は突然足を離した。
固定されていた足を離されてバランスを崩し、もんどりうって後ろに転がるミトラ。
相手と距離が出来たが、殴られ続けて消耗したミトラには、立ち上がる気力も体力もほとんど残っていない。
油断なく近寄ってきた腰巾着男が、思い切りミトラを蹴りつけて身体を転がし仰向けにさせる。
そしてミトラの胸を足で押さえこんでしまった。
「ぐ……げほ……。さっきから……ボクシングの反則ばかりでテメエ……汚ねえぞ……」
それまで全くの無表情だった腰巾着男の顔に、一瞬だけ戸惑いと軽蔑が混じった表情が浮かんだ。それをミトラは見逃さなかった。
腰巾着男のその表情は雄弁に物語っていた。「何を甘っちょろい寝言をほざいてるんだコイツ」と。
エヴァン・ウィリアムスの出身は貧民街。そこでの喧嘩は、やるかやられるか。ルールなど存在しないし、レフェリーなども存在しない。
故に、いかなる手を使ってでも勝たなければ生き残れない環境で生きてきた彼に、反則と罵っても先程の反応をされるのが当たり前だった。
それにそもそも、エヴァンはボクシングの選手でもないし、ここはボクシングのリングでもない。ましてやこれはボクシングの試合ですらないのだ。
──そしてエヴァンの態度は、今までミトラが負かしてきた相手に行ってきたことでもあった。
ミトラが、汚い手を使ってでも勝ってきた相手にも言ってきたこと。「戦いに甘っちょろいことを言ってんじゃねえ」と。
ミトラはそれを口に出して相手を馬鹿にしたが、目の前の男は口には出さなかった。
そのことが、そして口には出さずに態度で表していることが、一層ミトラを惨めに打ちのめす。
腰巾着男は、そんなミトラの様子に頓着することなく懐からリボルバー拳銃を取り出すと、ミトラに向けて銃口を突き付けた。
そのまま躊躇いもなくトリガーに力を入れる。
発砲音。
*****
その発砲音は、随分と遠くから聞こえた気がした。そしてなぜか跳弾の音が。
思わず目を閉じていたミトラが薄く目を開けると、そこには胸の赤い染みを押さえて驚愕の表情を浮かべている男。
階段の方から、二人分の降りてくる足音が聞こえてくる。
「そこまでよ。ミトラからその汚い足を除けなさい」
その階段のほうから、声も聞こえてきた。聞き慣れたこの声が、今ほど頼もしく思えたことは無かった。
シャーロット・ポート。“騎士団”現団長。その後ろには、拳銃を手に持つフードを目深にかぶった人物。
ミトラの胸に足を乗せて抑え込んでいた腰巾着男は、驚愕の表情を貼り付けたまま足を降ろすと新たな客に向かって振り返る。
それを見て、フードを被った人物も驚きの気配を見せた。
「ア……アイラ……ちゃん?」
「エヴァンさん!?」
その隙にミトラはヨロヨロと立ち上がり、振らつく足でシャーロットの元まで歩いていく。
シャーロットの側まで来ると、彼女に礼を述べる。
「助かったぜ、シャーロット」
「随分と手酷くやられたものね。コイツって、あんたの兄貴にくっついてる雑魚じゃない。そんな奴にやられたのかしら。情けないわね」
あまりのもの言いに、思わず怒りがこみ上げる。だが、実際に手酷くやられて上手く身体を動かせない手前、珍しくぐっと堪えた。
シャーロットは、さらにフードの人物に言う。
「それはそうと感動的な再会ね、アイラ。ちゃんと顔を見せて再会を喜んだら?」
そう言いながら、フードをその人物から取り払う。
その人物は「やめて」と言いながら手を振り払おうとしたが、手遅れだった。
白日の下に晒される素顔。
腰巾着男は……エヴァンは、その素顔を見た。見てしまった。
所々に、円形の髪の無い箇所のある頭部から伸びる黒髪には艶は無く、バサバサになっている。
顔もまた、かつての美しく愛らしい美貌は見る影もなく、醜く腫れあがって変形していた。随分とミトラに殴られ続けてきたのだろう。そういえばこちらへ歩いてくる足取りも、随分とびっこを引いていた気がする。
襟から見える首元も傷だらけ。だからこそ、その下の胴体部など推して知るべし、だ。
「ごめんなさい、エヴァンさん。私まさか、エヴァンさんだなんて思わなかったの……」
喋りにくそうに、すこし籠らせたような話し方で、顔を腫らせたアイラはエヴァンに話す。
それを聞いてシャーロットは底意地の悪い表情を浮かべる。
「あら、この男だって判っていたら撃たなかったっていうの? 相手が誰だろうと命令は絶対。『おしおき』が嫌だったらね」
アイラの顔が、サッと恐怖に引き攣る。彼女達は今までどんな行為をアイラに行ってきたのだろう。
しかしミトラは勝ち誇ったような表情を再び取り戻すと、シャーロットとエヴァンに言う。
「まあ良いじゃねえか。ちょうどコイツに俺の“精霊”が消されちまったんだ。助かったのは助かったんだ」
「あら、本当に情けないわね。この雑魚にそこまで追い込まれるなんて。私の見込み違いだったかしら」
冷たくミトラに告げるシャーロットに、ミトラは謎の言葉で返す。
「大丈夫さ、今から見込み違いじゃないところを見せてやるからよ。“精霊”のスペアも来たことだしな」
そうミトラが言った瞬間にアイラの右手が持ち上がり、その手から炎が噴き出した。
その事を……“精霊”が消える直前までは自分がこの腰巾着を押していた事を思い出したミトラ。
怒りを全身に漲らせながら、ミトラは再び目の前の男に襲い掛かる。
──そうだ、俺は色々な格闘技をさっきマスターしたじゃないか。まだ余裕でこの雑魚に勝てる!
だが……さっきまで面白いように攻撃が当たっていたのが、面白いように相手が追い込まれていたのが、さっぱり攻撃が当たらなくなった。
こちらの攻撃が、繰り出される前に動かれて避けられている気さえする。
しかもそれだけではなく……。
──何だ? 何故コイツの攻撃が避けられない!?
そう、さっきまでとは全く逆に、こちらの攻撃は当たらず相手の攻撃ばかりが当てられるようになった。
相手の腰巾着男は、ボクシングしか使っていないのに!
──くそっ何故だ!? 何故何故何故!!
ミトラは理解していない。
《スキル》の恩恵は、所詮は身体の動かし方と知識だけにしかすぎないという事を。
一番肝心なのは、その技術を知識を、いかに使いこなすかという「知恵」。
この場においては、いかに相手の思考を読むか自分の思考を読ませないかという、技術をも利用したフェイントを絡めた心理戦ということになる。
それは、サッカーの技術書をいくら読んでも、プロの選手のスーパープレイをいくら見ても、それだけでは決してその技術が自分のモノにならないように。学校の授業でいくらクラスメイトとサッカーで遊んでも、頂点の技術には届かないように。
あるいは《スキル》で身に付けたものであっても、強い意志で己の技術として使いこなそうとしていれば、こうはならなかったかもしれない。
だがミトラが今までやってきたことは、いかに楽に人生を乗り切るか、楽に逃げ切るか、楽に快楽に溺れるか。
──《スキル》で楽に戦えるのだから、楽に相手を負かせるのだから、それでいいじゃねえか。
だからこそ、ミトラはエヴァンのフェイントに気付かず引っ掛かる。だからこそ、ミトラは自分の攻撃に移る際のクセがエヴァンに読まれていることに気が付かない。そして動きが読まれていたならば、どんな技術を繰り出そうとも半ば無意味。
そのうち戦いの中で徐々に、相手の腰巾着男はその本性を現し始めた。
懐に腰巾着男が潜り込む。アッパーでミトラの顎を狙う動き。
しかしそれもまたフェイント。腰巾着男はミトラの眼に向かって唾を飛ばす。
思わず目を閉じたミトラに向かって、相手はボディーブローを一発、二発、三発。
堪らず屈みこんだミトラへ膝蹴りで追撃。ボクシングだから足技は無いとの先入観から、モロに顔面にそれを喰らうミトラ。
地面に無様に転がったミトラへ、まるでサッカーボールを蹴るかのように腰巾着男の追撃のキック。
蹴り飛ばされたミトラは、目に付いた唾を拭って起き上がるのが精一杯だった。
「くそっ、汚ねえぞテメエ──!?」
そんなミトラの前に、すでに距離を詰めてきている腰巾着男。
ミトラはセリフを最後まで言うことが出来ずに、さらに後ろに退がろうとする。
そんなミトラの軸足を、そのつま先を、腰巾着男は踏んずけて止めた。
逃げ場を失ったミトラを腰巾着男は散々に打ちのめす。足を踏まれているので、倒れ込むことすら難しい。
右に倒れようとすれば、右の脇腹にパンチを打たれて戻され、左に倒れようとすれば、左脇腹にパンチ。
それはまるで、ミトラが今まで女に繰り返してきた暴力を、彼自身に返していくかのような攻撃だった。
殴られ続け、朦朧とする頭でなんとか逃げようと思考を働かせ、どうにか後ろにのけ反る。
その瞬間──。
腰巾着男は突然足を離した。
固定されていた足を離されてバランスを崩し、もんどりうって後ろに転がるミトラ。
相手と距離が出来たが、殴られ続けて消耗したミトラには、立ち上がる気力も体力もほとんど残っていない。
油断なく近寄ってきた腰巾着男が、思い切りミトラを蹴りつけて身体を転がし仰向けにさせる。
そしてミトラの胸を足で押さえこんでしまった。
「ぐ……げほ……。さっきから……ボクシングの反則ばかりでテメエ……汚ねえぞ……」
それまで全くの無表情だった腰巾着男の顔に、一瞬だけ戸惑いと軽蔑が混じった表情が浮かんだ。それをミトラは見逃さなかった。
腰巾着男のその表情は雄弁に物語っていた。「何を甘っちょろい寝言をほざいてるんだコイツ」と。
エヴァン・ウィリアムスの出身は貧民街。そこでの喧嘩は、やるかやられるか。ルールなど存在しないし、レフェリーなども存在しない。
故に、いかなる手を使ってでも勝たなければ生き残れない環境で生きてきた彼に、反則と罵っても先程の反応をされるのが当たり前だった。
それにそもそも、エヴァンはボクシングの選手でもないし、ここはボクシングのリングでもない。ましてやこれはボクシングの試合ですらないのだ。
──そしてエヴァンの態度は、今までミトラが負かしてきた相手に行ってきたことでもあった。
ミトラが、汚い手を使ってでも勝ってきた相手にも言ってきたこと。「戦いに甘っちょろいことを言ってんじゃねえ」と。
ミトラはそれを口に出して相手を馬鹿にしたが、目の前の男は口には出さなかった。
そのことが、そして口には出さずに態度で表していることが、一層ミトラを惨めに打ちのめす。
腰巾着男は、そんなミトラの様子に頓着することなく懐からリボルバー拳銃を取り出すと、ミトラに向けて銃口を突き付けた。
そのまま躊躇いもなくトリガーに力を入れる。
発砲音。
*****
その発砲音は、随分と遠くから聞こえた気がした。そしてなぜか跳弾の音が。
思わず目を閉じていたミトラが薄く目を開けると、そこには胸の赤い染みを押さえて驚愕の表情を浮かべている男。
階段の方から、二人分の降りてくる足音が聞こえてくる。
「そこまでよ。ミトラからその汚い足を除けなさい」
その階段のほうから、声も聞こえてきた。聞き慣れたこの声が、今ほど頼もしく思えたことは無かった。
シャーロット・ポート。“騎士団”現団長。その後ろには、拳銃を手に持つフードを目深にかぶった人物。
ミトラの胸に足を乗せて抑え込んでいた腰巾着男は、驚愕の表情を貼り付けたまま足を降ろすと新たな客に向かって振り返る。
それを見て、フードを被った人物も驚きの気配を見せた。
「ア……アイラ……ちゃん?」
「エヴァンさん!?」
その隙にミトラはヨロヨロと立ち上がり、振らつく足でシャーロットの元まで歩いていく。
シャーロットの側まで来ると、彼女に礼を述べる。
「助かったぜ、シャーロット」
「随分と手酷くやられたものね。コイツって、あんたの兄貴にくっついてる雑魚じゃない。そんな奴にやられたのかしら。情けないわね」
あまりのもの言いに、思わず怒りがこみ上げる。だが、実際に手酷くやられて上手く身体を動かせない手前、珍しくぐっと堪えた。
シャーロットは、さらにフードの人物に言う。
「それはそうと感動的な再会ね、アイラ。ちゃんと顔を見せて再会を喜んだら?」
そう言いながら、フードをその人物から取り払う。
その人物は「やめて」と言いながら手を振り払おうとしたが、手遅れだった。
白日の下に晒される素顔。
腰巾着男は……エヴァンは、その素顔を見た。見てしまった。
所々に、円形の髪の無い箇所のある頭部から伸びる黒髪には艶は無く、バサバサになっている。
顔もまた、かつての美しく愛らしい美貌は見る影もなく、醜く腫れあがって変形していた。随分とミトラに殴られ続けてきたのだろう。そういえばこちらへ歩いてくる足取りも、随分とびっこを引いていた気がする。
襟から見える首元も傷だらけ。だからこそ、その下の胴体部など推して知るべし、だ。
「ごめんなさい、エヴァンさん。私まさか、エヴァンさんだなんて思わなかったの……」
喋りにくそうに、すこし籠らせたような話し方で、顔を腫らせたアイラはエヴァンに話す。
それを聞いてシャーロットは底意地の悪い表情を浮かべる。
「あら、この男だって判っていたら撃たなかったっていうの? 相手が誰だろうと命令は絶対。『おしおき』が嫌だったらね」
アイラの顔が、サッと恐怖に引き攣る。彼女達は今までどんな行為をアイラに行ってきたのだろう。
しかしミトラは勝ち誇ったような表情を再び取り戻すと、シャーロットとエヴァンに言う。
「まあ良いじゃねえか。ちょうどコイツに俺の“精霊”が消されちまったんだ。助かったのは助かったんだ」
「あら、本当に情けないわね。この雑魚にそこまで追い込まれるなんて。私の見込み違いだったかしら」
冷たくミトラに告げるシャーロットに、ミトラは謎の言葉で返す。
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