蛇神さま、どうか私を

ゆに蔵

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「は、左月にも伝えます。」



右月は少しも動揺することなく、頭を下げたままその命を受けたが、棗が二人の間に割って入る。



「え?……冗談、ですよね?」



一縷の望みを賭け、詰め寄るように蛇神に尋ねるも、彼は静かに首を振る。



「冗談などでは無い。右月に左月は神使、私の眷属だ。存在を保ち、その力を行使する為には、私同様神力を必要とする。
まあ、私から神力を分け与えることも出来るのだが、贄がいるのなら直接補給した方が効率が良い。」



贄、という言葉が棗の胸にちくりと刺さる。



「そんな……複数の人と、なんて……道徳に反します……!」



蛇神に何とか考えを改めてもらおうと、棗は縋るように食い下がる。それを聞いた蛇神は、腑に落ちたように頷くと、



「なんだ、そんなことを気にして反抗しているのか。人間の規範など知らない。其方は今やわたしの所有物、そんなものに縛られる必要は無い。」



と、宥めるように棗に声を掛ける。しかし、人ならざるものが気に留めないことだとしても、棗にとっては大問題だ。



「そういう問題では……私は…………、いえ……」



口を開きかけた棗であったが、引き下がった。
そうだった、私はただの贄なんだから、蛇神さまには従わないと。
しゅんと俯く棗を一瞥すると、蛇神は鋭い目で右月に命じた。



「右月、くれぐれも傷は付けるな。」


「は、勿論でございます。」



その返事を聞くと、蛇神は踵を返し二人の前から去った。



「…………」



棗は、先程まで談笑していた二人との間に壁が出来たかのように感じた。どう言葉を交わせば良いのか分からず棗が沈黙していると、炊事部屋の扉から左月が顔を覗かす。



「左月、聞いていたか。」


「ああ、聞こえていた。」



左月は静かに頷く。
不安げな表情で佇む棗を見兼ねて右月が一歩近づくが、棗は壁に背を付けびくりと身を強張らせた。右月は棗の顔を覗き込み、優しく声を掛ける。



「怯えないで、棗ちゃん。交わりはしないから、痛いことも苦しいことも無いよ。」


「そう、なんですか……?」



てっきり交わらねばならないのだと思っていた棗は、少し安堵して二人に顔を向ける。



「ええ、我が主と交わった人間を犯すのは、流石に不敬に値しますから。要は、体液に触れることが出来れば良いのですよ。」


「え、えっと……口付け、ですかね……」



体液、と言われると棗にはもう一つ思い付くものがあったが、比較的軽い口付けのみを口にする。
そのような心情を見抜いたかのように、左月は棗の腹部を指の先で撫で上げ、耳打ちをした。



「それもありますが……貴女も薄々分かっているでしょう?」


「……!」



吐息交じりの囁き声が鼓膜を揺らし、棗の腰に甘い痺れが走る。知らない、と言うように視線を逸らした棗。左月はその耳元でくすくすと笑い、さらに追い詰めてやろうと口を開きかけるが、右月の制止が入る。



「はいはい、左月、まだ昼なのに棗ちゃんを欲情させたら駄目じゃないか。」


「っ……!ちょっと、右月さん!……してません!」



棗は顔を真っ赤にして慌てて否定した。左月は頷くと彼女から離れ、二人は再び炊事部屋に戻っていく。



「それもそうでした。夕飯が出来たらまたお呼びします。それまでゆっくりお過ごしください。」


「ゆっくりだなんて言われても……」



扉が閉められた後、棗はその場で顔を覆い深く溜息をついた。
いくら心境が変化したとはいえ、こんな状況には対応できない。せっかく普通に話せるようになった二人だったのに、をする間柄になってしまうとは。



蛇神は、夜は手酷く棗を抱くことがあるが、それ以外では彼女を尊厳ある人間として扱っている。少なくとも棗が考えていた贄の扱いとは遠く離れたものだった。それゆえに棗は自身が贄であるということを忘れかけていた。
今朝の蛇神の優しい声が、棗の頭に浮かぶ。



「神様の考えることは分からない……」



あのとき撫でられた髪を指でくるくると巻き、そうぽつりと呟くが、嘆いていても仕方がないと諦めた棗は雨月が言っていた椿を見ようと下駄を履き中庭へと出た。



中庭も手入れの行き届いた見事なものであった。木々の枝はきちんと剪定され、小さな池の水は澄んでいる。
砂利の中に通った石畳を歩き、きょろきょろと見回すと、真紅の花が咲く椿の木が確かにあった。咲いている花はまだ一つしか無いが、紅く色付いた蕾もいくつか見られる。



「綺麗……」



木に近付きしゃがみ込んだ棗が、頬杖をつきぼんやりと花を眺めていると、背後から声が掛かった。



「咲いたか。」


「ひゃっ……!」



驚いて転けそうになりながら振り向くと、丁度後ろに蛇神が立っていた。足音がしなかったのは、どうやら蛇の姿に戻っているためらしかった。



「蛇神さま……!」


「椿が好きか、棗。」


「はい。昔の家には庭に椿の木がありましたから……懐かしいです。」


「……そうか。見せたいものがある。付いて来なさい。」


「は、はい。」



蛇神の後に続き廊下を進むと、昨日散策している道中で入った反物が置いてある部屋だった。

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