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ミロネッコは可愛い。大正解である
しおりを挟む「あの……」
私はおずおずと右手を上げながらコニーの横に立った。あんまりびっくたせいかいつの間にかもどかしいしゃくりあげが治まっている。大丈夫、これならバッチリ交渉のテーブルに着くことが可能だ。
「良いですよ?」
「「「は?」」」
アレンとコニーだけじゃなくマリアンまで加わって三人分の『は?』って何だろう?やっぱりサバサバし過ぎかしらね?
でも別に良い。私にとっての最優先はミロとの暮らしだ。
「私、こちらに下宿させて頂いてミロと暮らします。猫は環境が変わるのが負担になりますし、ミロにとってもそれが一番良さそうですから」
「「「へ?」」」
今度は『へ?』の三重奏だ。どうしてだろう?言い出しっぺはアレンなのに。
「下宿……でございますか?」
おずおずと確認するようにマリアンが私の顔を覗き込む理由がわからない。繰り返すが言い出しっぺはアレンじゃないか。
「えぇ。それからできれば夕食はこちらで頂きたいのだけれどどうかしら?」
「……はぁ」
「もちろんマリアンの負担になるのなら良いのよ?」
「いえ、負担だなんてそんなことは……」
「じゃあお願いしても」「お嬢様ッ!」
耳をつんざく叫び声にビクッと首をすくませた私を明王コニーが見下ろしている。不思議だ。コニーは私よりも背が低いのだから見下ろせないはすなのに何故か見下ろされている気がするのだ。
「な、なんでしょうか?」
「世間の目を甘く見てはなりません」
『はぁ……』と力ない返事をしつつ私はさらに首をすくめた。
「未婚の男性の屋敷に下宿なんて……それを世間が納得するとお思いですか?面白おかしく噂されあらぬ誤解を受けるのが目に見えているではありませんか!」
「でも……でも私、ミロと……」
そんなの私だってわかっているけれどミロの為ならどんなタブーもどんと来いだ。もしもアレンに縁談が持ち上がり、お相手や親御さんから問題視されるようならば誠心誠意理解が得られるように説明を尽くすくらいの協力はするし、お相手が猫嫌いとか猫アレルギーならその時こそミロを連れて城に戻れば良い。アレンだってお嫁さんの為ならミロを諦められるだろう……
そこまで考えた私の頭の中でピカッと電球が点った。
そうか、アレンの狙いはそこか!貴族のお嬢さんって引っ掻いたりじゃれついたりするイメージが強い猫を嫌煙しがちなのよね。だってほら、身に付けているのは引っ掻いたりじゃれついたりされがちなレースやフリルたっぷりなドレスだもの。それだけじゃなく羽飾りの付いた帽子やふわふわのストール等等、女の子大好きアイテムが尽く危険極まりないのだ。
未来のお嫁さんに猫をどうにかしろと迫られた時安心して託せる里親。私ほどの適任者、そうそう見つかるものではない。利用しない手はないじゃないか。下宿人として共に暮らし懐いた私となら、新しい環境になっても心配せずに済む。なるほど、真面目人間のアレンらしい発想だ。任せて欲しい。噂や誤解が何だ。ミロの幸せを願う者同士、協力しようではないか!
「わかったわ、アレン」
私はアレンを真っ直ぐに見つめた。だが『ありがとう!』と顔を輝かせるだとかホッとした様子を見せるだとか、当然そうくるだろうアレンの反応は無く、ただひたすら困惑している。
「い、いや……その様子だと多分リコは何もわかってはいないと思うが……」
「そんなこと無いわ。アレンがどんなにミロの行く末を案じているか、よーくわかっているわよ?大丈夫、ミロは命ある限り私の家族なんだから心配しないで」
「リコが何を思い付いたかは良くわからんが……残念ながらかなりズレているのは確かなようだ」
「え?」
目をパチクリさせた私を見た三人は同時に『ハァ』と深い溜め息を付いた。
「ほらご覧なさい。そうやってイジイジと回りくどいことをしているからこうなるんです。今まで散々察して欲しい気が付いて欲しいと願っても叶わなかったのですよ。いつまで手を拱いておられるのですか。これじゃどんどん拗れて行くばかりではございませんの!」
コニーにガミガミ怒鳴りつけられたアレンはバツの悪そうな顔で何も反論できずにいる。でも私はちゃんとアレンの意向をわかっているし、頭ごなしに叱られては気の毒だ。
「そんなことない、ちゃんと察しているわ。いつかアレンがここにお嫁さんを迎える時は、私がミロを引き取るったら!」
「「「そっち!?」」」
キッパリと宣言した私を揃ってそう言った三人が『呆気に取られました!』と言わんばかりに見つめた。
「そっちって……ナニ?アレンはミロを手放したく無いけれどいずれ結婚するお相手も猫好きとは限らない。だからいざという時に安心してミロを任せられる相手を確保しておきたいんでしょう?」
「だから言わんこっちゃない!」
私がそう言うなりコニーの金切り声が響き渡った。
「……坊ちゃまが……坊ちゃまがそんなだから……この意気地なし、軟弱者、臆病者、弱虫、腑抜け野郎!」
何だかわからないけれどアレンに思い付く限りの罵詈雑言を吐いたコニーは床にへたり込んでさめざめと泣きだし、おまけに寄り添って肩を抱いたマリアンまで涙を拭っている。困った。コニーの号泣はアレンに対しての憤りなのだろうけれど、多分そのきっかけは私の発言だ。
「あ、あのね……そりゃあ私も随分自分勝手な話だとは思うわよ?だけど今回は私ならと思ってくれたことに免じてそれについては何も言わないから。アレンは真面目な人だもの。アレンなりにミロの幸せを考えた上での苦渋の選択なのよね?」
「あの……お嬢様?」
泣き崩れていたコニーは私を見上げブンブンと首を横に振った。
「アレン坊ちゃまは……取りあえずそういう類いのろくでなしではございませんわよ?」
「ん?そういう話じゃないの?」
そういう類いのろくでなしではなくともあれだけの罵詈雑言を浴びるのは一体どうしたことなのだ?
「リコ…………」
混乱する私を呼ぶアレンの声は何だか凄く疲れが滲んでおり、顔なんて病み上がりみたいにぐったりとしている。アレンはしばらく私を見つめ、それからゆっくりと立ち上がると両手を伸ばして私の両肩を掴んだ。
「リコ……俺は……俺が妻にと望むのはリコだけだ……」
「…………」
いやもういい加減にして欲しい。やっと『これか!』という理由に思い当たりようやく腑に落ちたかと思ったのにどうも違うみたいで、今私は目茶苦茶戸惑っているのだ。特殊任務は偽物でそれなら付加価値かと思えば必要ないと言い聞かされ。じゃあミロの親権なのかというとそれも違うらしい。
私は問いたい。だったら何なのだ?私が知りたいのは真実だ。アレンみたいな歩く優良物件がパッとしない私にここまで執着する理由だ。三年ぶりに再会してから今日までを思い返しても何一つ理由なんかわからない。執務室でのアレンは物凄く不機嫌で散々扱き下ろしてくれちゃって、その上『ムラが激しい』なんて意味不明なケチまでつけてきた。それなのに何がどうなったらこうなるのよ?
「にゃーん!」
寂しくなったのか、戻ってきたミロが鳴きながらアレンの足元で足踏みをしている。手を離したアレンはミロを抱き上げ頭を数回撫でるとマリアンに差し出した。屈強で無骨な騎士とは思えぬ優しい手つきを見ればミロを可愛がり慈しんでいるのが伝わって……
その瞬間、再び脳裏の電球がピカッ!と点った。
「偽装結婚!!」
「「「は?」」」
「偽装結婚ね!そうすれば猫嫌いなお嫁さんにミロを追い出される心配はないもの!」
私は瞬きも忘れてアレンを見つめた。
アレンよ、そこまでか!猫好きはわかったけれどいくらなんでも闇が深くないか?
「……………………」
ズバリ言い当てられて言葉もないのだろう。見開いた目で見つめるアレンの瞳が小刻みに揺れている。
「アレンがミロを手放したくない気持ちは痛い程わかるわよ?だって私もそうだもの。でも……ミロの為とはいえ偽装婚約どころか結婚だなんて、それはちょっとどうかと思う。だから、一緒に他の方法を考えましょう?二人ならきっと何か解決法が見つかるはずよ?うーんそうねぇ」「リコっ!」
叫び声を上げて私の話を遮ったアレンがもう一度両肩を掴んだ。
「俺は偽装結婚を持ちかける為に呼び出したわけじゃない!」
「そうなの?」
じゃあなんだ?それならなんだ?今度こそ何にも思い付かないんだけれど?
「だったら何なのよ?付加価値が必要ないなら、私と結婚したがる理由なんてミロのことしかないじゃない!」
「それだ、それだよ。どうしてミロなんだ?俺はミロについて話し合おうなんて考えは頭の隅にもなかったぞ?ミロは家族だ。俺とリコの家族だ!それ以外の何者でもない!」
「そんなこと言ったって……」
実際問題ミロはどちらか一方しか引き取れないのに。そして私は圧倒的に不利で家族だなんて気休めにしかならない言葉だ。
絶望感で一杯になった私の頬をポロンポロンと涙が伝わった。
「リ、リコっ!お願いだから一旦ミロから離れてくれ!大事な話があるんだ」
「大事な話?ミロの親権じゃなくて?」
「あぁそうだ。正直俺はミロについてこんな騒ぎになるなんて考えてもいなかった。ごく自然にミロは俺達の家族だと思っていたんだ。ミロとリコを引き離そうなんて思っていない」
アレンはふぅと小さく息を吐き私の顔を覗き込んだ。
「にゃ~ん」
いつの間にか足元によって来たミロがスカートに前足を掛けてカリカリと引っ掻いた。抱き上げると首を伸ばし私の顎にすりんすりんと頭を擦り付け、ゴロゴロと盛大に喉を鳴らしている。猫のゴロゴロは不思議だ。心がスーッと温まり穏やかになるのだから。
落ち着いて考えたらそれもそうだ。いくらなんでも猫のミロネッコの為に偽装結婚まではしないだろう。取り乱した私の思考がちょっと、いや、かなり斜め上に行ってしまったのは素直に認める。
「ごめんなさい。ちょっと暴走してしまったみたいです……」
恐縮しおずおずとそう言った私に何故かアレンはフワッと顔を綻ばせた。ここは当然苛立つのが普通だろうにどうしてこの人ってば柔らかで優しい目元なんかして微笑んでいるのでしょう?
「謝らなくていい」
自分でも顔がユルユルなのに気が付いたらしいアレンは冷ややかな声でそう言うと表情を引き締めた。多分謝らずとも良いけれど気をつけるべきだとか何とか一言お小言があるだろうと身構えたが、腕に抱いたミロに『にゃっ!』と声を上げずに口だけ動かして撫でて撫でてと催促されてはそれどころじゃない。小さな頭に頬摺りしながら滑らかな毛並みを撫でるのに夢中になり、そういえばと慌てて視線を向けたらアレンの顔は見事にユルユルに戻っていた。
「可愛い……」
思わずというようにポロっとそう言って、口を塞ぐように手を当て横を向いたアレンは耳まで紅く染めている。こんな当たり前のこと、堂々と認めたらいいのに何を恥ずかしがっているのだろう。ミロネッコは可愛い。大正解である。
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