王太子様、魔女は乙女が条件です

くまだ乙夜

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【第一部ダイジェスト】 王太子視点

王太子様の追憶 10 筆頭魔女と枢機卿

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 司教がサフィージャの衣装に頭から酒をかけた。
 その上聞くにたえない嘲笑を浴びせて暴力行為。
 贅沢三昧。性的な嫌がらせ。

 もういい。ここで打ち切ろう。
 司教たちには愚行の報いを受けさせ、床に這いつくばらせてやる。

 何度もそう思ったが、サフィージャが音を上げないので、すんでのところで踏みとどまった。
 彼女はお面のように笑顔を張り付けたまま、淡々と業務をこなしている。
 クァイツが側に控えていても、振り返りもしない。
 その徹底した無視がお前の手助けなどいらないと全身で訴えているかのようで、クァイツとしても手が出せないでいた。
 
 暴行はないだろう、とクァイツも思う。
 嫌味合戦程度なら宮廷でも日常茶飯事だが、これは超えていいラインを逸脱している。
 一片の同情の余地もなく有罪だ。
 なんなら一人くらい思い余って彼らに毒を盛るソルシエールが出てもいいぐらいなのだが。

 毒を盛って殺したときの後始末とリスクをひとしきり勘案してから、サフィージャにはできないだろうなと結論づけた。

 つかず離れず何かと用事を作って観察していると、司教たちが偶然こちらに向かってきた。

「おお、これは王太子殿下」
「うわさにたがわぬお美しさだ。どこの姫御かと思いましたぞ」

 ケンカを売られていますね、これは。

「皆様、楽しいお酒の席だったご様子で。随分酔っておられるようですね」
「なに、飲みなれないものを無理に勧められたものでな」
「まことにけしからん娘たちだ」
「すみませんね。あとでよく言い聞かせておきますよ。二度と、金輪際、お勧めしたりしないようにと」

 司教たちの顔色が変わる。

「そういえば殿下はまだ妃を娶らぬと聞きましたが……」
「もしや神の道に外れた愛を?」
「よさぬかお前たち、女嫌いなればあのように若い娘ばかり侍らせておくわけがないではないか」
「なるほど、色男はよりどりみどりで羨ましいことだ」

 クァイツはにこりと微笑んだ。

「宮廷魔女はただの若い娘の集団ではありませんよ。優れた技術を持つ薬師、あるいは占い師の集団です。それぞれの教義に沿って死の恐怖を和らげ、告解を聞き届ける役目もします。彼女たちに看病される患者は幸せだと言いますよ」
「なるほど、房中を楽しくする愛の薬なども豊富に売っておるのでしょうなあ」
「効果の保証もつけてもらえるのやもしれませんな」
「わしも一度看病とやらを受けてみたいものだ」
「天国にいけそうですなあ」

 下卑た笑い声があがる。

「皆さま方、よろしいのですか?」

 負荷がかかればかかるほど笑みが深くなる。苛立ちが強まれば強まるほど笑顔になる。
 クァイツはそういう性分だった。

「あなた方を重い病が襲い、その死の床に卓越した医師が招かれたとき、その医者は魔女たちのうちのどなたかかもしれないのですよ。いかな名医であろうと、過ちは起こします。あるいは薬のさじと毒のさじを取り違えることだって……」

 彼らは押し黙った。

「……なんて、冗談ですよ。まだ若い娘たちのすることですから、大目に見てやってくれませんか。父とも仰ぐ司教どのらとご一緒できて彼女たちも浮かれているのでしょう。おいしいワインをご馳走したい一心で、とっておきのスパイスをひと垂らしすることだってあるでしょうしね?」

 毒を盛られる可能性もあることをちくりと言ってやると、彼らは顔色を失くした。
 これで少なくとも、不用意に魔女たちに近寄ったりはしなくなるだろう。

「……どうぞ皆さま、大いに食べて、飲まれてお帰りになるがよろしい」

 さっさと言い捨ててすれ違うと、彼らは遅れて激怒の兆候を見せはじめた。聞こえよがしの罵倒が廊下に響き渡る。

 それにしてもサフィージャはよく耐えている。
 やろうと思えば今の数百倍もやり返せるだろうに、ずっとされるがままだ。
 何が彼女をそうさせるのか。

 それほどまでに筆頭魔女の地位がほしいのか。

 それならやはり王太子である自分が出ていく訳にはいかない。
 この件にはサフィージャが幕を引かなければ、たとえこの場をしのげても他の魔女たちがついてこなくなってしまう。

 早く助けを求めてくればいいのに。
 共謀すればまだ打てる手はいくつもある。
 いじらしさは彼女の美点だが、今はどうしようもなく歯がゆい。


***


 一方の魔女はといえば、見るからに焦っていた。
 どうも打つ手を決めかねているようだ。
 毒薬や睡眠薬を使う気配がない辺りはさすがに冷静な彼女らしい。

 一応注意喚起で声をかけてみた。

「お前に何ができるんだ。サ・マジェステでさえままならない相手に、王太子が出しゃばってどうするつもりだ」

 どうせ期待していないと言わんばかりだ。それでも詳細を訊ねてみる気になったのは、藁にもすがる思いだからだろう。

 この書状はいわば最後の切り札だ。
 その内容は切った瞬間にこの国と教会の関係が一変してしまうほどに重たい。

 最悪の場合は自分がカードを表に返さなければならないだろうが、彼女自身の手で使ってくれるのがベター、一番いいのは使わずに済むことだ。

 なんと言って説明しようかと考えつつ書状を見せると、彼女はかわいらしい瞳をまん丸に見開いた。

「どうしてお前がそんなものを……」

 まだ何も言ってないのにと訝しんだが、彼女の視線が封蝋に注がれていて、クァイツのほうが驚いた。まさか、紋章だけで中身におおよその見当がついたのか。

 さすがは高名な恐怖の魔女。
 かわいい魔女どのがそう呼ばれるまでにがんばって仕事をしてきたことは知っている。
 ずっと彼女の視界に入る存在でありたいと思っていた。

「これがなんだか分かりますか? いいですね。私はあなたのそういうところに憧れていました」
「初耳だな」

 何の気なしに言い放たれた言葉にざくりと切りつけられる。

「だってあなたは私のことなんて眼中にもないですからね」

 それは裏返せば自分を見てほしいという切実な願いだ。こんなにあがいているのに、まだ伝わらない。
 なぜかそのことがひどく腹立たしい。

 まだ数週間ではあれど、クァイツなりに彼女の声を聞こうとしてきたつもりだ。
 いろいろと胸に秘めている思いがあることは分かった。
 努力してきたことも知っている。

 でも、だからといって孤軍奮闘することはないだろう。
 彼女にとっての自分は、いまだ頼る気にもなれない無能者の王太子なのだ。

 現状でも彼女が取れる手段はある。なりふり構わなければいいだけだ。
 たとえば会う口約束をして、書状だけ貰って知らないふりをしたっていい。
 王太子の恋心につけこんで『司教たちが気に入らない』と泣き真似でもしてみるのもありだ。
 保身だけ考えて毒を盛ってくれてもいい。
 そうしないのは、彼女がいまだに自分の力でどうにかするつもりだから。

 そんな状態で彼が無理やり書状だけ押しつけても、余計なことをされたと感じるだけだろう。

 あくまでも、彼女が自分から望んでこの書状を取るようにしなければならない。

 まだまだ『味方』とは思われていないのがもどかしくてたまらなかった。


***


 ともかくも、状況が全くよくなっていないわけではない。
 彼女の性格はなんとなく見えてきた。
 彼女は仕事を取り上げられるのが何よりも嫌なのだ。
 彼女なりに目的があって、必死に権力を手に入れようとしている。

 クァイツにはその感覚がよく分からなかった。
 権力は生まれつき背負わされていたが、こんなものはサイズの合わない鎧のようなものだ。成長すればするほど重たくわずらわしく窮屈になり、いつのまにか簡単に脱ぐことなどできなくなっている。

 ほしがる人間がいるのなら、譲り渡したって構わない。その程度のものだ。
 今はまだ彼女も追い求めるばかりで分からないだろうが、こんなものは着ないに越したことはない。
 
 覆面をしている理由もまだ不明だ。
 そして正体不明の恋人――

 最近手に入れたばかりの、ずっと恋い焦がれていた、手放したくない恋人。

 その恋人でさえ筆頭魔女の地位のためには捨てられると言い切った。

 長い間希望し続けて、ようやく念願叶って就くことができた筆頭魔女という地位のために――

 クァイツは何か引っかかるものを感じた。
 しかしポイントが何か分からない。


***


 エルドランからの返事は早かった。

 彼はいとしの魔女どのの経歴を聞いて深く感じ入ったらしく、いかなる協力も惜しまないと書いてきた。これまで誰にも明かさないできた自分の秘密を彼女に知ってほしいとも。

 報復を謳う聖書の引用が教会へ向けられていることは書かずとも察せられた。

 彼の秘密――さて、何のことだろう。
 クァイツには勿論知る由もないが、それと彼女とどういう関係があるのだろう。

 報復の暗示――呪いの詩篇。手がかりはこの辺りだろうか。
 何か教会に深い恨みを抱えている?

 エルドランが教会への恨みを彼女に打ち明けるのは――彼女の同情を誘いやすいという意味で――効果的だと思う。
 おそらく彼女も教会にはかなりの恨みを持っている。親近感も湧くことだろう。

 彼女に取り入るための方便?
 いや、この常軌を逸した執着はもっと別の――

 そのときようやくエルドランの執着心の正体が分かった気がした。
 そんなことはひと言も言ってなかったが、おそらく彼自身も疫病絡みで心に深い傷を残している。

 彼らは似たもの同士なのだ。
 同じ痛みを味わったもの同士の共鳴。
 彼女の心の傷がエルドランを引きつけたのだとしたら。

 それならば――あの二人を引き合わせるのは、非常に危険なのではないか。
 何か底知れない、深い絆のようなものが、二人を結びつけてしまうかもしれない。
 強い思いに強い執着。そこに恋愛感情が絡むことだってあり得る。

 闇に引きずり込まれるような不安が迫り上がってきて、クァイツはそこで考えるのをやめた。

 人の心は遷ろうものだ。
 なるようにしかならない。  
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