王太子様、魔女は乙女が条件です

くまだ乙夜

文字の大きさ
54 / 115
【第一部ダイジェスト】 王太子視点

王太子様の追憶 16 彼女の弟と彼女の野望

しおりを挟む

 何度目かのグレーヌ教授との会合のあと、彼はふとこんなことを呟いた。

「しかし……殿下のお相手は拝火教徒の女性……ですか」

 彼は意味もなく言葉を発したりしない。ひと言ひと言が重い男だ。
 先を促すと、彼は奇妙に淡々とした抑揚で、

「いえ……あちらの方は少し変わった結婚をする……と聞いていたものですから」

 クァイツは嫌な予感がした。
 彼女が言葉を濁し続けていた恋人の真相がそこに隠されているのだろうか。

「……確か……近親婚を好んでする……と」

 瞬間的に彼女についての調書を思い出した。
 彼女には弟がいるのだ。故郷で羊飼いを営む弟が。

***

 魔女どのの部屋で出されるお茶は苦い。
 毒草はほぼ例外なくどれも苦いので、このお茶が知らない人間に出されたものだったら自分は手を付けないかもしれない。そのぐらい苦かった。

 そもそも王宮内の食品は宮廷魔女のチェックが入っているので、毒の騒ぎが出ることはまずないのだが。

 さて、とクァイツは息を吸い込んだ。
 今日は聞くべきことを聞かねばならない。

「……サフィージャどのには弟さんがいらっしゃると聞いたのですが」
「待て、何が言いたいのかわかった。弟とは全く何の関係もないぞ」

 あまりにも素早い魔女どのの返し。逆に疑わしい。

「あいつとは本当になんでもないから邪教徒認定はやめてくれ」

 彼女の弟はごく普通に家業を継いでいるので、以前に言っていた恋人の特徴とはまるで合わない。
 しかし正直に話をしているとは限らないし、全く影も形もない恋人なのにやけに大切にしているようなことを言うのも、弟という関係を考えればそれなりに納得がいく。
 弟が彼女に会いに来ないのは王宮が遠いからだ。

 何より、サフィージャにはほかに親しい男性がいないのだ。
 この自分を除いては。

「最近では私があなたと懇意なのではないか、と、うわさされたりも、しているようなんですが」
「それはお前が暇だからだろう。お前普段は何をしてるんだ?」

 あっさりかわされてしまった。結構聞くのに勇気が要ったのに。
 そしてただの暇人だと思われていた。
 ちょっとショックだ。

「暇じゃないですよ、色々してます。午後も人と面会しましたし」
「誰と何をしてたんだ」
「あまり大きな声では言えないんですが……モンペリエの古代法の教授で有名な方がいて、高等法院の人事に手を入れるのに生徒を送ってもらえないかと思いまして」
「どうするんだ?」
「まだ微妙なところなので何とも言えないんですが……」
「誰にも言わないから言ってみろ」

 まさか『あなたと結婚するために色々工作しています』とは言えない。
 何しろまだ承諾をもらっていないのだから。

 仕方なく、もうひとつの用事のほうを教えることにした。

「……前から汚職が目立っていたので、いっそ国内の裁判官から聖職者を追い出そうかと。教会法を撤廃して、古代法を学んだ人から雇っていくつもりです」

 サフィージャは姿勢を正してこちらに向き直った。
 真っ直ぐ見つめられるとくすぐったい。

「……ものすごく面白そうじゃないか」
「でも、ほら、聖職者からは当然猛反発を食らうはずですから、あまり表立っては行動できなくて。そこであなたのところで油を売っていると見せかけて色々と。だからあなたと変なうわさが立ったりしたら迷惑になるかなあと思ったりもして、一応、その、聞いてみたかったんですが……」

 むしろ本題はそっちだ。
 ――サフィージャどのは私とうわさになったりしても困らないのでしょうか。
 そうダメ押しで重ねて問おうとしたが、彼女は全く聞いていない様子で、

「お前……やればできるじゃないか……私はいますごく感動している」

 もうひとつの政治話のほうに食いついた。

 そうじゃない。
 王太子との間に変なうわさが立ったら恋人に申し訳ないと思わないのだろうか。
 それともそういう気持ちにならないほど自分は空気なのだろうか。
 さすがに気持ちが荒む。

 恨みがましい気持ちになっているこちらをよそに、魔女どのは目に見えて機嫌がよくなっていた。
 あまりにも嬉しそうなので、荒れた気分が一瞬で癒された。

 お茶が空になった。
 侍女の夫人を呼ぼうとしたら、サフィージャに止められた。

「今日は特別に私が淹れなおしてやろう」
「淹れられるんですか……?」

 実は彼女、不器用なんじゃないかと疑っているクァイツだった。
 ナイフの使い方も危なっかしかったし。

「ばかお前、私のお茶は評判がいいんだぞ。滅多にやらないサービスなんだから心して飲め」

 そういうと彼女は薬草らしきものがたくさん詰まった箱を持ち出してきた。

「……それは薬草なのでは……?」
「食べられるやつばっかりだから大丈夫だ」
「そしてそれは薬のさじなのでは?」
「洗ってあるから大丈夫だ」

 本当だろうか。うっかりさじに残っていた毒で殺されたりしないだろうか。

 やけに慎重な手つきでお茶を調合すると、サフィージャは暖炉のかまどから湯をすくいあげた。
 熱湯が注がれて、いつもと違う香りが漂った。

 淹れてもらったお茶は確かにおいしかった。
 飲み口が軽い。ほのかな花の香りと甘い風味が組み合わさって、まるで薔薇の瑞々しい花びらを口に含んでいるかのようだ。

 いつもの苦いのは何なのかと思うぐらいの味だった。

「いつも飲んでるやつとは違うんですか?」
「それは魔女の秘伝というやつだから教えられないな」

 お茶がおいしい。味よりも、彼女に淹れて貰えたのが嬉しかった。
 色々と目的を忘れている気がするが、まあいいだろう。

 どうせ彼女の恋人はほとんど彼女に会いに来ないと分かっているのだ。
 このままの時間が続くのも悪くない。
 
 それにしても彼女はやはり教会をよく思っていないのだな、と思った。
 まさか、苦し紛れに持ち出した人事の話であんなに喜んでもらえるとは。

「教会に恨み? 当たり前だ。売るほどある」

 なるほど、覚えておこう。

***

 エルドランから書状が届いた。
 彼女宛てのファンレターだ。中身は彼女にしか分からない言葉で書いてあるという。

 何が書いてあるのかは王太子としても、そして私人としても気になるところだが、いまはエルドランの自己申告を信じるしかない。

 教会を倒すための筋書きは粗方決まっている。

 やることは山ほどあるが――

 彼女の野望は疫病の撲滅だ。
 その最大の障害は教会である。

 国内の病院はほとんどが教会に併設されている。
 そこで杜撰な治療や間違った薬物投与が行われていても筆頭魔女は手が出せない。
 では単純に彼らから医師免許を取り上げればいいか――というとそうでもない。

 そもそも教会は『血に触れてはならぬ』『堕胎してはならぬ』『神の試練である病苦を人が取り除いてはならぬ』と教えている。
 彼らは肉体の治療そのものに否定的だ。

 その上、それを他宗教に強制する権利まで持っている。

 教会が神の教えを枉げない限り、どれほど奉仕精神に溢れた素晴らしい医師であっても、医療技術は向上しない。誤った教えこそが彼らにとっての真実なのだから。

 魔女たちはより実践的な医術や薬学を重視するが、それは教会にとって『異端』であり『誤り』なのである。

 彼女の夢を叶えたかったら、土地の教会を潰し、聖職者を追い出して魔女たちに入れ替えてしまう、ぐらいの強硬策が必要なのだ。
 そこまでやってようやく、彼女の望み通りに国内の病院を動かすことができる。

 中には潰してしまうのが忍びないような、ごく善意に満ちた教会や修道院も存在するだろうし――
 不正に手を染めていない聖職者に濡れ衣を着せて断罪しなければならないこともあるだろう。
 そこまで行き着けば、はたしてどちらが善で、どちらが悪なのか分からない。

 できるだけ彼女の望む通りにしてあげたい、とは思う。
 でも、彼女は教会と変わらない強引なやり口で国内の版図を塗り替えていくクァイツとエルドランを見て、何を感じるだろうか。

 陰謀に気がつかないように最大限配慮してやるのがクァイツの務めだろうか。
 それとも彼女も共犯者に迎え入れるべきだろうか。

 これがサフィージャの叶えようとした夢の代償なのだとひとつずつ教えていくのは残酷だろうか。それとも――
 彼女は強い女性だから、その程度のことはとっくに覚悟の上なのだろうか。


 ――どちらとも判断がつかないまま、彼女にエルドランの手紙を渡す日が来てしまった。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。