王太子様、魔女は乙女が条件です

くまだ乙夜

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【ゆるネタ番外編】 魔女の日常

番外編 宮廷魔女の日常 ~ほっけを食べるオカマ~

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 サフィージャは前回樽いっぱいのほっけを買ってやった。
 するとリオトールは食傷したらしく、サフィージャの部屋に残りを持ち込んだ。

「こんなにいっぱい食べられるわけねーじゃん! サフィージャさんも食べてよね!」

 ふたりで並んでもくもくとほっけを暖炉であぶる。
 身をほぐす。
 食べる。
 ほっけをあぶる。
 身をほぐす。
 食べる。

「この清らかな白身……たまらんな……」
「苦味が少ないのがいいんだよねー……ほっけはねー……」
「それでいてむっちりと脂の乗った身……」
「干しても食べ応えのあるボリューム……」
「甘……うま……」

 とはいえ五匹も食べるとさすがに飽きてくる。
 食べる手を休めていると、リオトールが怒った。

「あ! ぜんぜん食ってねーじゃん! ほらほらもっと食べる!」
「い、いやー私は……もう十分かなー……?」

 やいのやいの言いながらほっけをあぶっていると、後ろからひやりとしたオーラを感じた。

 うぞぞっと鳥肌を立てながら振り返る。
 するとそこにはいつの間にか、こちらを冷ややかに睨みつけている金髪の男がいた。

「……何をやってるんです?」

 怖い怖い怖い。声が低いよ。

「あ! こんにちは!」

 リオトールが後から来たお客に気づいて元気よくあいさつした。

「あ、あの! おれリオトールって言います!」

 無邪気に近づいていって手を差し出す。

「……こんにちは」

 クァイツは無駄にきらびやかな笑顔で、一応、穏便に握手をかわした。

「あ、あの!」

 リオトールはちょっと緊張したような声で、

「お姉さんのお名前は!?」

 とんでもないことを言った。

 サフィージャは青くなる。
 じつは、王太子どのは女のようだと言われるのが大嫌いなのである。
 どのくらい嫌いかというと、少しでもそんなことをほのめかしたバカの身には、即日謎の不幸な事故やスキャンダルが起きて、王宮にいられなくなるぐらいである。

「……へえぇぇ~。この王宮で、私を知らない人間がいるとはおどろきですね」

 怒ってる怒ってる怖い怖い怖い。

「クー、子ども! 子どもだから! 宮廷のこととかまだよく分かんないから! わざとじゃないんだ! ほらお前も早く謝れ!」
「え、お、おれ、なんか悪いこと言った? ごめんなさい、きれいなお姉さん!」
「ば、ばか! よく見ろ、どこがお姉さんだ! こんなごついお姉さんがいてたまるか!」
「えー? ぜんぜんごつくな……ふぐっ」
「お前はもう黙ってろ、な?」

 サフィージャはごくりとつばをのんだ。

「クー、子どもの言うことだから! 舌切り刑とかは勘弁してやってくれ!」

 クァイツはにっこりほほえんだ。
 もとが美しいだけに笑顔ですごまれると迫力がある。

「舌切り刑で済めばよかったんですけどね……」

 ざ、惨殺される。
 あの目は本気だ。
 
「とりあえず、サフィージャは彼から手を放してさしあげては? ……未婚の女性があまり他人とくっついているとみっともないですよ」

 サフィージャはすばやく言われた通りにした。

「ふ、服かな? 今日のその上着はちょっとワンピースみたいに見えるからな。それで間違ったんだろう。下々の人間はあまり膝より長い丈の上着を着ないんだ、作業の邪魔になるからな。服が悪い。じゃなきゃこんないい男を見間違えるわけないだろう」

 サフィージャが必死に取り繕っているのを、クァイツは聞いているのかいないのか、

「リオトールくんでしたっけ。ええ、覚えてますよ。初めましてではありませんよね。教会でお会いしました」
「は、はい! 俺も覚えてます! ステンドグラスの下にすげーきれーなお姉さんがいたなって! サフィージャさんよりお姉さんのほうがおれのタイプで!」

 もうだめだ。

「……リオ、葬式は私があげてやるから、心配するな」
「えっサフィージャさんいきなり何? なんでさっきからおれの身を心配してんの?」

 サフィージャはリオトールに向かって指をつきつける。

「いいか? 一度しか言わないからよく聞け。そちらにおわすお方はな、おそれ多くもわが王国の正統なるドーファン、いずれは国王陛下となってわれらを導いてくださる方、その名も高きクァイツ王太子殿下だ」

 リオトールは目と口をまん丸にあけた。
 たっぷり十数秒ほどクァイツを凝視してから、すっとんきょうな声をあげる。

「……オカマじゃん!」

 だめだわ。死んだわ。もう庇えないわ。

「うわー……ショック……好みだったのに……うわー……」

 クァイツは肩を震わせて笑っている。
 もちろん面白おかしくて笑っているわけではない。

「それで? あなたはオカマの恋人の部屋で、何をしているんです?」

 うわあああ。あああああ。

「こ、恋人!?」

 リオトールは驚きっぱなしである。

「ええ。あなたは、私の恋人の、サフィージャの部屋で、何をしているんですか? ……私への侮辱はともかく、そちらのほうは回答次第であなたの身が危うくなりますから、よく考えて答えてください」

 凄絶なまでの美しい笑顔で、ひと言ひと言噛んで含めるように言われて、リオトールは戸惑った。
 サフィージャの顔色をうかがってくるが、こちらとしても何も言えない。

「えっと……一緒にほっけを食べてたんだけど……」
「ほっけとは何です?」
「あれ」

 白身魚がみっしりつまった樽を指示されて、クァイツは眉根を寄せた。

「……なぜ一緒に食べていたんです?」
「サフィージャさんが買ってくれたんだけど、ひとりじゃ食べきれなくて……」
「……サフィージャ?」

 王太子どのにふんわりと微笑みかけられて、サフィージャは戦慄した。

「……あなたはなぜ彼にほっけを買ってあげたんですか?」

 お、お鉢が回ってきたー。
 落ち着け、ここで動揺したらもっと泥沼だぞ。

「バイトのお礼だ、深い意味はない」
「……というのを口実にして、室内に連れ込んで、いたいけな少年に何かするおつもりでしたか?」
「は!? そんなわけ……」
「え!? サフィージャさんて俺のことそんな目で見てたの!?」

 頼むからもうお前は黙っててくれ。

「悪いけど俺、女の子らしいタイプが好みっていうか……サフィージャさんは大雑把すぎてちょっと……だいたいいくら俺がほっけ好きだからって樽で買うとか気がきかないにもほどがあるよね……こんな嫁もらったら苦労しそうっていうか……」

 嫁嫁うるさい小僧だな。お前は小姑か。
 しかもなんでサフィージャが振られたみたいな感じになっているんだ。

 しかしいまのガチで嫌がってる風のリオトールの発言はクァイツのおめがねにかなったらしく、ちょっとだけクァイツの表情は和らいだ。

「サフィージャ。私は人に気前よく贈り物ができるあなたが好きですよ」

 そりゃどうもありがとう。こんちくしょう。

「まあ、なんだ。私はお前よりいい男はいないと思ってるぞ」

 サフィージャが言うと、クァイツは今度こそほっとしたようだった。

「よくわかんないけど、オカマのお兄さんもほっけ食べたら? まだまだあるし」

 う、うわああああ。
 せっかくまとまりかけたのに何をぬかすかこの小僧は。
 空気を読め空気を。

「ば、ばか野郎、私の恋人なんだからオカマなわけあるか!」
「あ、それもそうか」
「王太子殿下の御前だぞ、口の利き方に気を付けろ! 殺されたいのか!?」
「えーでもこの人、弱そうじゃん。サフィージャさんのほうが強そう」
「人を見た目で判断するな! こいつはな、こんなきれいなナリして中身はモンスターなんだぞ! 怖いぞ! 邪神もびっくりだ!」
「なにそれ、のろけかなんか?」
「ちがうわああああ!」

 失望した! こいつの察しの悪さに失望した!

「えーと、リオトール、と呼んでもいいんでしょうか」
「リオでいいよ」

 ひ! やつの魔の手がリオトールに!

 はらはらしている魔女をよそに、

「ではリオ。この、ほっけっていうんですか? これ、カラカラに乾燥してますよね? 食べられるんですか?」

 王太子はもう気にしていなさそうだった。

 ちくしょう、どいつもこいつも自分の好きな球ばっかり投げやがって。
 少しは会話を拾う方の身になれと言いたい。

「は? 何言ってんの、当たり前じゃん。ほら、焼いてほぐすとしっとりしてておいしいよ」

 まだ油がはねる焼きたての魚の身をすくい、ひと口。
 クァイツはハトが豆鉄砲を食ったような顔をした。

「……けっこうおいしいですね」
「結構じゃない、サイコーなんだってば。おれこれほんと好きでさー」

 少年特有の恐れを知らないゼロ距離トークに、王太子どのはいちいち感心してやっている。

 サフィージャを置いてきぼりに、ふたりの話は盛り上がった。

「へー! 俺もそれ食ってみたい!」
「では今度お招きしますよ」
「やったー! 王様の食卓とかすごくない? ありがとうデンカ!」

 ……あれ?
 サフィージャは首をひねる。
 ……仲良くなった?

 ――こうして王太子の協力により、ほっけは食べつくされた。

************************************************
勢いで書いてから気づいたんですが、欧州中世にほっけは出回ってませんね。
うなぎかタラ、カレイあたりのほうがよかったかもしれません。
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