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【ゆるネタ番外編】 魔女の日常
番外編 宮廷魔女の日常 ~男と女の違いについて医者のたまわく~
しおりを挟むほっけをたらふく食べた日。
『今日は少し遅くなりますけど、必ず行きますから、待っててくださいね』
クァイツがそう言うので、サフィージャはうとうとしながらベッドに座っていた。
なにしろ昼間にあんなに怒らせた直後だった。
断れるわけがない。
「……ねむい」
しかし勝手に寝るわけにもいかない。
待っててって言ったのに、とかなんとかグダグダ責められるに違いないからだ。
あの男に責める口実を作ってしまうとろくなことにならない。
だいたいサフィージャがひどい目にあう。
どのくらいそうしていただろうか、ふいに物音がした。
はっとしてベッドの天蓋を手繰り寄せると、クァイツがちょうど入ってくるところだった。
「……起きてたんですか」
「ん」
いかん。眠すぎて頭が働かない。
「すごく眠そうですね。目が開いてませんよ」
「んー……待ってた」
「寝ててもよかったんですよ?」
ぽふっと慣れた手つきでベッドの上に押し倒される。
気持ちいいなあ、などとのんきなことを考えているサフィージャに、
「……こちらで勝手に犯しますから」
クァイツは不穏なことをささやいた。
びっくりした。目が覚めた。
「え、おか、……え?」
「どうかしましたか? 特におどろくようなことはないと思いますが」
さりげなく両の手首をつかまれて、身動きが取れなくなる。
「どうやらあなたが言うには『中身がモンスター』らしいので。このぐらいはする男だと思われてるんですよね?」
すごみをきかせられて、肌がびりびりした。
そういえば昼にそんなことをうっかり口走ったな!
「い、いやあれは、あいつにはあのぐらい言わないと分からなさそうだったから!」
これはいかん。とにかく誤解を解かないと。
ヘタをしたらサフィージャも謎の事故で抹殺されかねない。
サフィージャの頭はフル回転した。
「なにも私がお前を邪悪だと思ってるわけじゃなくて、お前が持ってる権力をだな、あの小僧の理論で言うところの強い弱いで表現しようと思ったらそうなったというかだな、子どもにも分かるように教えてやろうと思ったらそうなっただけで、けしてお前の性格が悪いとかそういう意味で言ったんじゃないんだ、むしろ私はお前はやさしいと思う、子どもの失言も笑って流してやるなんてなかなかできることじゃないぞ、見直した!」
途中でクァイツに口を挟むすきを与えるとそこからまたグダグダに責められかねないので、できる限り一息にまくしたてた。
気分的には完全に、失敗できない要人との会談だった。
「お前は子どもが好きだって言ってたもんな、やっぱり子どもにはやさしいんだな。うんうん。いいと思うぞ、やっぱり男はやさしくないとな。怒鳴りつけたりえらそうにするような男は本当に男らしいとは言わん。弱者にやさしくできてこそ真に男らしいと言えるんだ、お前はその点本当に貴紳の鏡のようなやつだな、私を抱くときにも絶対に乱暴なことはしないもんな!」
ついでに予防線もベタベタにはっておく。
クァイツはしばらくぽかんとしていた。
サフィージャはそれをハラハラしながら見守り、出方を待つ。
「……びっくりしました」
クァイツがきつねにつままれたような顔をしている。
「まさか、あなたがそんなに必死になって私に媚びるとは思いませんでした。初めてじゃないでしょうか」
言われてみればそうかもしれない。
気が抜けたのか、クァイツはくすくす笑っている。
和やかな感じだ。
お、これは、許してくれそうか?
「……慣れないゴマすりまでするほどあの少年が大事ですか?」
しかし一瞬で話が戻されてしまい、サフィージャは脱力した。
だめだこりゃ。
「私よりもあの少年のほうが大事なんですよね? 悲しいですね」
どこまで本気か分からないことをねちねち責めながら、首筋にカプリとかじりつく。
「……っ、悪かったって、ちょっと言い過ぎた」
れるっと舐め上げられて、背筋がぞくりとした。
「悪いと思うのなら、誠意を見せていただかないと」
どうしろって言うんだ。
あいかわらずめんどくさい男だな。
クァイツの手が夜着の裾をするするとまくりあげる。
腰のくびれのあたりを死人のように冷たい指先でくすぐられて、鳥肌が立った。
春とはいえまだ寒い。
「寝室に見知らぬ男を入れないって、ちゃんと約束してください」
「男っていうか……あれは子どもだろ?」
「子どもであっても男は男です。第一彼いくつなんですか? 十歳は超えてますよね? 成人なんてすぐですよ。どうするんですか、ある日油断したすきにいきなり押し倒されて、あなたに抵抗できるんですか?」
もうそんなところまで妄想がいってたのか。
こいつは前から変な方向に疑り深いと思っていたが、まさかそんな責められ方をするとは思わなかった。
「……押し倒す、か? 考えすぎじゃないのか」
「抵抗できるのか、できないのかで答えてください。かわいがってた弟分に、ずっと好きだった、一度でいいから相手をしてほしいと頼まれても、心が動かされたりしませんか?」
なんだそれ。あの生意気小僧のリオトールが? サフィージャを?
ないない。絶対ない。
妄想もそこまで行くとちょっと気持ち悪い。
「……動かされるわけないだろ、バカ野郎。まず私はそこまでリオをかわいがってないし、年下もそんなに好きじゃないし、ヘンな想像をさせないでくれ、気分が台無しになっただろ」
サフィージャはうんざりして胸を触ろうとしていた手をブロックした。
「……私も年下なんですが」
あれ、そうだっけ?
「ひとつふたつの違いだろ? 大して変わらん。でもあいつは子どもだろ。私はお前のようなのが好みなんだ、頭がよくてやさしくて包容力があって、それでちょっと強引で引っ張っていってくれるような男らしさがあるような、そんな」
「お世辞でけむにまこうったってそうはいきませんよ」
ちっ。これだから頭のいいやつは嫌いなんだ。
「あの子を王宮に連れてきたのは私なんだ、それなりに責任ってものがあるだろ? あの子には私しか頼れる大人がいないんだ。追い出すわけにもいかないだろう」
クァイツはすごく嫌そうな顔をした。
しかし美形なので適度ににがみばしった感じがまたかっこよかったりするのである。
つくづく得な男だ。
「ずいぶんやさしいですね。あの少年がよほど気に入ってるようですが」
「気に入ってないと言ってるだろう……行きがかり上だ。あいつはうちの患者だったんだし、なんかほっとけないだけだ。ほっとけない患者なんて無数にいるが、個人として好ましいからしてるわけじゃない、それが私の仕事なんだ」
「あなたにとってはそうでも、患者にとっては忘れられない先生になることもあるでしょう? あの少年はおそらくあなたのことが好きなんだと思いますよ」
「いや、女としては好みじゃないと言ってたが……」
「今は女性として見ていなくても、いつかは必ずそうなりますよ。分からない人ですね」
クァイツは苛立たしげに胸をわしづかんだ。
どうでもいいが、真面目な話のときに触るのはやめてほしい。
「そもそも、何か色々失礼なことをあなたに向かって言っていたようですが、あれもあなたが好きだからこその発言ですよね。男っていうのは好きな女性ほどイジメてみたくなるものなんですよ。面と向かって伴侶にしたくないなんて言うのは、過剰に意識しているからこそです。だいたい、本当に好みじゃなかったらそもそも部屋まで押しかけませんし、それに」
「あーわかったわかった、分かったからもうやめてくれ、頭痛がしてきた」
どう考えても一から十までただの妄想だが、こいつがそう思い込んでいるのならどうしようもない。
「では、もうリオを寝室に入れるのはやめてくれますか」
「分かったよ、お前がそんなに嫌なら入れないようにする。でも占い部屋のほうには入れてもいいんだろう?」
「それは仕方ありません。でも、ベッドのそばに招いたりするのはやめてください。ふと魔が差して押し倒すことだって十分考えられます」
「そういうもんか」
「そういうものです。あなたは美人なんですから、もう少し気を付けてください」
「いや、お前の方が美人だと思われているようだが……」
「あれを真に受けたんですか? あんなのうそに決まってるでしょう。無邪気な少年のふりをして私に宣戦布告してきただけですよ。お前なんて怖くない、男とも思ってない、サフィージャは自分のものだ、とね」
毎度のことながらすばらしい曲解力である。
たぶんあの小僧にそこまでの計算力はないと思うぞ。
「だいたい、私を女性に見間違えるなんて、そんなことあるわけないでしょう。分かっててわざと間違えたんですよ。そうに決まってます」
そ、そうか。そんなにお姉さん呼ばわりが嫌だったのか。
かわいそうに。どうしても認めたくないんだな。
だから妄想が行き過ぎてしまったのか、なるほどな。
「まあ、確かに、お前がいくら美人でも、さすがに女には見えないな」
「そうでしょうとも。どう見ても男ですよ」
「背丈もあるし、肩幅もあるし、腕や足の骨格も女にしては太すぎだし、骨盤も締まってる。こんな体型の女じゃお産はできなかろう」
「そういう判別方法なんですか……」
――そのあとも細々とくだらない話をしているうちに睡魔が襲ってきた。
サフィージャはそのまま眠ってしまった。
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