王太子様、魔女は乙女が条件です

くまだ乙夜

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【ゆるネタ番外編】 魔女の日常

番外編 宮廷魔女の日常 ~たまには筆頭魔女さまも活躍する~

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 サフィージャは市場を冷やかしていた。
 顔なじみの薬種の魔女の天幕で、中東産のモッコウをすすめられたので、やれ質がいいの悪いのと喧々諤々のやりとりをしていると、魔女ふたりのところへ、あたりをはばかるようにして、黒い修道服の男が寄ってくる。

「もし。お尋ねしたいのですが。こちらにイヌサフランはありませんか」

 薬種の魔女は愛想よく『今はないねえ』と答え、似たようなものなら都合できると持ちかける。

「何に使うんだい?」

 気軽に尋ねる薬種の魔女に、修道士は何も答えず、それならいいと言い捨てて去っていった。

「……最近よく見かけるねえ、あの服を」

 薬種の魔女がそれとなく、探るように聞いてくる。

「王宮に出入りしてるやつらじゃないのかい。サフィージャ」

 彼女の見立ては当たっており、あの黒服もおそらくはエルドランが連れてきた子飼いであると思われた。
 が、サフィージャは用心して何も言わないことにした。

「イヌサフランなんて、何に使うんだかねえ」

 彼女がいぶかしむのももっともである。
 イヌサフランといえば、猛毒だからだ。

 最近やってきた聖職者の集団が猛毒を求めてあちこちを尋ねて回っている、なんて、どう考えてもおだやかではない。

「おかしな星の巡りあわせだよ。まったく。サフィージャ、あんた何なめられてるんだい。自分とこのシマの管理ぐらいしっかりおしよ」
「……面目ない」

 怒られてしまった。
 しかし薬種の魔女の言うとおりだったので、サフィージャは仕方なくエルドランのところに行くことにした。

***

 エルドランにはこないだ論争をしかけて派手に負けたあとである。
 あと、うかつに会いに行くとクァイツがあとで怖い。
 今回は陰謀のかげも見え隠れするので、侍女を連れていって危険にさらすのもどうかという思いもある。

 そんなこんなでサフィージャははげしく気が進まなかった。
 考えた末、ひとまず宮廷魔女の面々に相談することにした。

「近頃、枢機卿の手のものが毒薬を探して回っているらしい。何か知っている者はいないか」

 うわさ話に強いソルシエールたちから、めぼしい証言がいくつか取れた。

 ――近頃、修道士たちが森のあたりでうろうろしている。
 ――どうやら何かの薬草を探しているようだ。
 ――ガラス職人のところにも出入りしているのを見た。

 ……どうにもきなくさい感じだ。
 薬がほしいのならサフィージャに頼めばいいものを、それを避けてこそこそ入手しようとしているからには、何かよからぬことをたくらんでいる可能性が高い。
 ぱっと思いつくのは、枢機卿が人知れずこっそり暗殺用の毒を求めている――とかだろうか。
 特にイヌサフランの毒は素人でも抽出がそんなに難しくないから、悪用するにはもってこいだ。

 やっぱり会いに行かないとだめかなあ。
 なんか苦手なんだよなあ、あの人。

 ため息をつきかけたサフィージャだったが、ふとあることを思いついた。

 いや、方法はまだある。
 ソルシエールたちに身辺を探ってきてもらうのも手だ。

「よし、潜入捜査だ。何人かで枢機卿のところに行ってちょっと告解を受けてきてほしい。やつらがこそこそ何をしようとしているのか手がかりを集めてきてくれ」
「ではわたくしが行って参りますわ!」
「わ、わたくしも!」

 立候補が多かったので、面倒を押しつける形にならなかったことは救いだった。

***

 次の日、さっそく行ってきたソルシエールがうきうきで報告をしてくれた。

「もうもう、猊下の告解とっても素敵でしたわぁ~!」
「猊下ったら、とても熱心にお話を聞いてくださいましたのよ!」
「あのエキゾチックな黒い瞳で見つめられるとなんだかとてもいけないことをしている気持ちになってしまいますの!」
「分かりますわ! 猊下がおそばにいらっしゃるとそれだけであやしい雰囲気になりますの!」
「わたくしもドキドキいたしましたわぁ!」

 どうやらみんなで楽しーくお話をして帰ってきたらしい。

 サフィージャは目が点になった。
 ……あれ?

「……いや、お前たち、捜査は……?」

 ソルシエールたちはギクリとした。

「こ、これから! これからですわ、サフィージャさま!」
「そうですわそうですわ! 千里の道も一歩からですわ!」
「急いてはことを仕損じますのよ、昨日はほんのこてしらべですわ!」

 そ、そうだね。まだ初日だもんね。


***

 ソルシエールたちは大はしゃぎだった。

「猊下ったら、わたくしたちのお仕事にすごくご興味がおありみたいですわ!」
「お美しいお嬢さん方が熱心に働いているところに心を打たれるんだっておっしゃってましたわ!」
「ソルシエールの皆様方とは毎日でもお会いしたいくらいだって! きゃあきゃあ!」
「ああーわたくし本当に改宗したくなってきましたわぁー!」
「ばかね、改宗したら魔女じゃなくなっちゃうじゃない!」
「でもエルドランさまって、宮廷魔女がお好きなのかしら?」
「そりゃあ既婚のマダムたちよりはマシなんじゃない?」
「つまりわたくしにもチャンスがあるということ……!」

 サフィージャは何か、一周回ってほほえましい気持ちになった。

 あー。うん。予想はしてた。
 たぶんこうなるだろうと思ってた!

「うん、捜査はどうなったのかな……?」
「いやですわサフィージャさま、まだ二日目ですわ!」
「そうですわそうですわ! 虎穴に入らずんば虎子を得ずですわ!」
「やはり勝負は三日目からかとっ!」

 し、信じたからね。
 たまには本気を見せてほしいんだよ。

***

 ソルシエールたちはもう泣きが入っていた。

「わたくし、どうやら聖職者の方に恋をしてしまったようだと訴えたんですの。そうしたら猊下は、美しいあなたをそんな風に悲しませるような男はあなたに相応しくないから、もう忘れてしまいなさいって……! うっうっ……!」
「ひどいですわ、いけずですわ、でも簡単には落ちないところも素敵ですわ!」
「うらやましいですわー! ねーサフィージャさま、わたくしも告解にうかがいたいですわー!」
「……」

 違う方向に本気を見せて帰ってきた彼女たちに、サフィージャはもはや何も言えなくなった。
 ぽんぽんと泣いているソルシエールたちの肩を叩く。

「……あー、お前たちにはちょっと難しい仕事だったな。すまなかった。もういいぞ。明日からは私が行く……」

 するとソルシエールたちはさっと居住まいを直した。

「お申し付けの件についてはすでに目星をつけておりますわ」

 ……えっ。

「どうやら猊下は新しく商売を始めたいらしいですわね」
「いらした方に特別な聖具や聖水などを勧めていらっしゃるということですの」
「中でも老ブルゴーニュ公は猊下の聴聞がたいそうお気に入りとのことで……」
「床に臥せっている老ブルゴーニュ公に、奇蹟の聖水を分けてさしあげているようですわ」

 そこでサフィージャはようやく話のオチが読めた。

「……ああ、そういうことか……いや、ありがとう。助かった。しかし……」

 そこまで分かってたんなら早く言ってよ。
 優秀なんだかアホなんだかよく分からないソルシエールたちの言動に、サフィージャはため息しか出なかった。

***

「エルドランどのはおられるか」

 サフィージャが枢機卿の居室に出向いて居丈高に言い放つと、修道士たちは色めき立った。

「不浄の魔女め、気安く呼びおって」
「フードを下ろして、こうべを垂れんか」
「ああ、いい。彼女は特別だ」

 奥から出てきた枢機卿は、相変わらず見とれるほどの男前だった。
 異国風の薄布をまとい、もろ肌をさらして悪びれもしない姿は、どこぞのハレムの総督のよう。

 似合うけど、聖職者がその格好ってどうなの。

「これはサフィージャさま。お申し付けいただければ、最上級の酒を手土産にしてこちらからおうかがいしたのですが」
「いや、構わん。今日の私は違う酒を探しに来たんだ――」

 羽目板の美しい棚に、それらしき雪花石膏の壺があった。

「――そう、猛毒を煮詰めたぶどう酒をな」

 サフィージャは壺をびしっと指し示す。
 エルドランは心外だというように眉をあげた。

「それは毒ではありませんよ」
「ああ、そうだな。確かに、毒じゃあない。でも、聖水でもない」

 サフィージャは壺のかたわらに束ねてあった薄紫の花をつかみとった。
 イヌサフランの花だった。

「これは――薬だ」

 猛毒のイヌサフランを煮詰めて毒性を弱めると、とある病気によく効くようになる。
 中東あたりでは広く製法が出回っているが、この国ではほとんどなじみがない。

 なのでエルドランも入手に苦労したのだろう。

「聞けば、老ブルゴーニュ公は臥せっておられるそうだな。節々が痛むと言っているんじゃないか? 腫れが見られる場合もあるな」

 おそらく、ブルゴーニュ公の病気の特効薬がイヌサフランだったのだ。
 エルドランは聖水だと言ってその薬酒を渡したのだろう。
 もちろんてきめんに効いただろうし、そのうわさを聞いた人たちも、奇蹟の聖水をこぞってほしがったに違いない。

 サフィージャの指摘に、エルドランはお手上げだというように、苦笑した。

「……ご慧眼ですね。黒死の魔女さま」
「薬はわれらの商い。それを聖水といつわって配る行為は、筆頭魔女として見過ごせないな。それはひとつ間違えれば猛毒なんだ。素人が売っていいものじゃない」
「いかにもこれは薬だが、しかし、私に悪用の意志はないよ」
「宮廷内に勝手に劇薬を持ち込むことが問題だと言っているんだ。奇蹟の聖水とやらはすべて没収させてもらう。今後、その薬がほしければわれら宮廷魔女が相談に乗ろう」

 エルドランの抗弁を予想して身構えていたサフィージャだったが、しかし彼はあっさりと降伏を決めて、ふかぶかと辞儀をした。

「仰せのままにいたしましょう、わがうるわしの魔女」
「う……うむ。分かればいいんだ。分かれば」
 
 こういういい男に傅かれるというのは、恋愛とはまた別種のむずがゆさがある。
 サフィージャはなんだかいたたまれない気持ちになった。

「……せっかくお越しいただいたのに、何のもてなしもできないのは私の流儀に反する。ちょうどボルドー産のいいぶどう酒があるから、サフィージャさまにもぜひ……」
「い、いや! 私は仕事中なんだ。これで失礼する」

 動揺するサフィージャを、エルドランの真っ黒い瞳がまっすぐに見つめてくる。

「まあ、待ちなさい。何も取って食べようというのではないよ」

 サフィージャは両脇を黒服の修道士に固められていた。
 しまった、逃げられない。

「……今は、まだ、ね」

 低い声でささやかれて、サフィージャは鳥肌が立った。

 ま、負けたくない。
 痩せても枯れてもこのサフィージャ、筆頭魔女である。
 たまには反撃ぐらいできないでどうする!

「毒があると知っていて食べるのは、よほどの酔狂か、あるいは自殺願望があるのか」

 鼻で笑うサフィージャに、エルドランはにこりとした。

「それほどの美味だということでしょう。極上の果実なら、命を賭してもかじってみたいと思うもの」
「……と、蛇にそそのかされても、乗らないのが知恵のある者ではないのか」
「ほしいと思うから、知恵がつくんですよ。手に入らないから恋い焦がれる」

 ――結局サフィージャはああ言えばこう言うエルドランと、あれこれ楽しくしゃべって帰った。
 お酒もおいしかった。

 完全にサフィージャの負けだった。 

 

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