王太子様、魔女は乙女が条件です

くまだ乙夜

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【ゆるネタ番外編】 魔女の日常

番外編 宮廷魔女の日常 ~王太子どのもたまには仕事をする~

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 サフィージャは王太子どのから預かった治水計画書に一通り目を通して、うなった。

「おそろしいな……」
「そうですか? 無難にまとまったと思いますが」

 おそろしいのはお前だ。

 サフィージャはきょとんとしている王太子どのを見た。
 いつ見ても恐ろしいほどの美貌である。

 しかし今回怖いのはそっちではなく、クァイツの仕事の出来具合だった。

 こんなにきれいにまとまっている計画書はなかなかお目にかかれない。
 まず書類のあらゆるすべての度量衡が統一されている。

 このぐらい大規模な計画になってくるとそれぞれの担当部署がそれぞれ好きな単位を使ってくるので全体を把握するのに手間がかかるというのがこの国の悪しき伝統なのだが、それがないのである。すごい。

 通貨にしても全部首都貨銀貨で統一されている。ふつう、数十種類の通貨が入り乱れて、書面が複雑に入り組んでいるのが通例なのだが、全部王家発行の銀貨で支払うと注釈がついているということは、わざわざ彼がそういう特別な注文を出して、全員に了解させたのだろう。もちろん王家が発行している通貨なので、どの通貨で支払うよりも王宮に有利な取引だ。最悪の場合は勝手に鋳造数を増やしてしまえばいくらでも水増しできるのだから。なぜ王太子どのの手にかかるとこう魔法のように有利な条件がつくのか。顔か。顔がいいからか。

 橋渡しの船頭組合、通過する関所の権利保持者、河川の水を利用している周辺住民、土木作業にあたる職人のギルド長、そのほか思いつく限りあらゆるすべてに美しく根回しが通っている。すばらしい。ふつうはこううまくはいかない。なにが彼らをしてこんなに従順にさしめるのか。顔か。顔がいいからか。

 そして何よりすごいのは竣工期間である。たったの一年になっている。どう考えても実現不可能であろうというほどの短期間だ。どうやって労働者をこき使おうというのだろう。顔か。その顔で籠絡するのか。

「できるのか? 一年で」
「たぶん、問題ないと思います」
「……本当か? こんな低賃金で彼らが真面目に働くとも思えないが……」
「そうでしょうか? 十分だと思いますよ。代わりにほら、王宮から食事と宿泊施設を提供することになっています」
「食う寝るところに働き口か……」
「こうすると働きがよくなるというのは知ってます」

 確かに、この首都の一等地にただで寝泊まりできて、王家の豪華な食事にありつけ、しかも賃金までもらえるとなれば、あまりいい金額でなくても喜ぶ遍歴の職人はいるかもしれない。しかしなんでまたこいつは職人の気持ちに沿ったものの見方まで身につけているのか。顔か。顔がいいからか。

「おそろしいな……」
「まだなにか不安なところがありますか」
「いや、これでいいと思う」

 サフィージャは美しい字で書かれた計画書をていねいにそろえて王太子どのにお返しした。美しい男とは字まで美しいのか。やはり顔か。顔なのか。

「しかし、まさか本当に下水路を検討してくれるとは思ってなかった。その点は頭が下がる。感謝してもしきれん」

 サフィージャにとって、首都の上下水道の整備は自分の人生をかけた大仕事になるだろうと思っていた。
 かつて古代都市で栄えた上下水道がなぜ西側諸国で流行らなかったのかと言えば、河川が細かく入り組んでいるこの立地のおかげというより他はない。流れの穏やかな川がすぐそばにあったので、とりたてて水の確保に精を出す必要がなかったのだ。

 疫病をなくしたければ、水路の整備は必須である。
 これはサフィージャにとって悲願といってもいいぐらいの事業だった。

「金額もかるく国家予算をこえているし、私ひとりではどうにもならなかった。本当に助かった」
「そんな、気にしないでください」

 クァイツはにこりとほほえんだ。

「私のお小遣い程度ですから」

 さすがにそれはうそだろう。

 しかし、あながち冗談でもない彼の尊い身分に、サフィージャはちょっとだけときめいた。

 王太子どのとの付き合いは疲れることも多いが、こういうときはやっぱりすごいなと思ってしまう。

「ふふ」

 王太子どのは何かニヤニヤしている。
 しかし元が美しいので、笑いすぎの顔もさまになっている。

「あなたに喜んでもらえると、やりがいがあります」

 かわいいことを言いおって。

 仕事ができる上に可愛いとはどういうことなのか。顔か。やはり顔なのか。

「私は合格ですか?」

 クァイツがふとまじめな顔でそんなことを言う。
 サフィージャは首をかしげた。

「何がだ?」
「あなたのあるじとして、ふさわしい人物でしょうか」

 サフィージャはますます首をかしげた。

「何を言っている。当たり前だろう」

 というより、サフィージャの知る限りでこの男よりデキる人間など存在しない。
 こいつは読み書き計算すべてがうまく、会話も機智に富み、人を使うのが上手で誰からも慕われるという冗談のような男である。そして顔だ。顔が美しい。

「……では、私の働きは褒賞に値しますか」
「うむ。何なりと申すがよい。何でも望みのものを与えよう」

 サフィージャがふんぞり返って言うと、彼は本当にひざまづいた。

「では、貴婦人の愛をいただきとう存じます」

 どこかの英雄譚の一節のようなことを言いつつ、サフィージャの手を乞う。

「よい。許す」

 すっと差し出すと、クァイツはそこにくちづけ……手首に噛み付いた。内側の敏感なところを狙って、べろりとなめあげる。

「ひ……!」

 思わず後ずさったサフィージャの手首をしっかりとつかまえて、彼はその美しい顔でにたりとほほえんだ。

 その何か含むところがあるような、小悪魔めいた笑い方に、サフィージャはとにかく弱かった。

「許す、とあなたが言ったんですよ。どうか逃げないでください、私のかわいいサフィージャ」

 言葉の上では懇願されているのに、不思議と命令されているような気持ちになって、サフィージャは赤くなった。



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