王太子様、魔女は乙女が条件です

くまだ乙夜

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【第二部ダイジェスト】王太子視点

15 王子とブルジョワ (幕間)

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 クァイツも遊んでばかりはいられない。
 サフィージャのことは心配だが、やることもそれなりにあった。

 彼女には荒れているランスの立て直しをお願いしているが、クァイツはその裏で司教座の新大司教選出選挙を勝ち抜かなければならないのである。

 ランス市の市参事会へ足を向けた。

 司教座参事会は聖職者で構成されているが、市参事会はおもに庶民で構成されている。市参事会員がただの平民と違う点は、アッパークラスのブルジョワというところだろうか。
 そしてこのランスでもご多分にもれず、市参事会と聖堂参事会の仲は悪かった。

 会議室には市長をはじめ、有力市民が勢ぞろいしている。

 この日のためにクァイツがあちこちに手を回してかき集めた。

「ごきげんよう、わが親愛なる聖都市ランスの皆さん」

 クァイツが喋ると、誰もが一瞬ぽかんとした。
 ――王太子が来るとは聞いていたが、ずいぶんとまあ若い。
 口には出さないがそんな顔をしている。

「さて、あまり時間もないことですし、用件からいきましょうか」

 クァイツは声を落とした。ある種の場面では、大きな声を出すよりも、声をひそめたほうがより相手に響きやすい。それが後ろ暗い内容であればなおさらだ。

「――ランスの司教座がほしくはないですか?」

 彼らはあっけにとられた。

「私はほしいです。シャンパーニュの大市に軒を連ねるためにやってくる商人たちや、行き交う船や騾馬の通行税、葡萄酒や塩や金や香辛料や、ぜいたく品にかかる関税……あらゆるすべてから吸い上げる利益は莫大なものです。シャンパーニュの各種権利を、ランスの司教座が握っていることは皆さんご承知かと思いますが……」

 何人かがうなずいた。
 シャンパーニュ伯は没落して、司教座にあらゆる権利を差し押さえられ、名目だけの副司教の座を与えられて、細々と年金で暮らしている。

「ところで皆さん、シャンパーニュで買い物をする機会も多いかと思いますが、実物のプロヴァン貨ディナールを、どの程度持っていますか?」

 プロヴァン貨はシャンパーニュの決済用通貨で、あらゆる商取引はプロヴァン貨を基準に行われる。
 しかし、それは帳簿の上でのことで、いったんプロヴァン貨で決済が終わったら、そこからまた各国通貨に両替され、最終的な支払いが行われるのである。

 帳簿の上で動くプロヴァン貨は天井破りの金額だ。
 しかし、実物の、コインとしてのプロヴァン貨は、あまり数が出回っていないのだった。

「わが王家にとってはいまいましい硬貨です。あれがなくなってくれれば、大市での決済通貨をわが王家の発行通貨に変えてしまえるのに。ほんの一地方でわずかばかり流通しているだけの通貨が、世界をまたぐ基準通貨として君臨しているんですよ。面白くありません」

 彼らはそろそろクァイツの言いたいことが分かってきたらしい。
 さすがに自力で財をなしたブルジョワの集団だけはあり、商売の匂いには敏感なようだ。

「シャンパーニュで発行しているプロヴァン貨を廃止します。以降は首都貨の使用を強制する」

 彼らはどよめいた。

「……そんなことを私どもに教えてしまってよろしいのですか?」
「ええ。現在、プロヴァン貨をもっとも多く掌握しているのはあなたがただ」

 これはうそだ。
 現在もっとも多くプロヴァン貨を保有しているのは、シャンパーニュの商人頭のジャン・ル・ブーシュであるからだ。

 クァイツが今話しているのは、すでに流通分のほとんどを押さえてしまっているからこそできる駆け引きだった。

「それを王宮に売ってほしいのです。もちろんただでとは言いません。もとの金額の倍は出しましょう」

 つまり、クァイツは、彼らの財産を、何の苦労もなく、二倍にしてやろうと言っているのだ。

「ああ、でも、現金に限ります。硬貨のみ買い取りますから、手を尽くして集めてください」

 コインを集めれば集めただけ、それを倍額で買い取る。
 シンプルでうまみのある話に、彼らは食いついた。

 クァイツはにこりとほほえんだ。

「さて、もう一度お尋ねします。……ランスの司教座が、ほしくはないですか?」

 彼らはもう、はじめの頃のように、クァイツを疑わしげに見たりはしなかった。

「私は優秀な商人を必要としています。よく働いてくださった方には、相応の報いがあることでしょう。皆さんはいかがですか? 私に手を貸してくださいますか?」

 クァイツは市長たちといくつか相談し、密約をしてその日の面会を終えた。

 ――市参事会の約束は取り付けた。
 シャンパーニュの商人たちも味方に引き入れた。

 これで当面の資金繰りに困ることはない。
 豪商である彼らがいくらでも投資をしてくれる。

 本番はむしろこれからだ。
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