王太子様、魔女は乙女が条件です

くまだ乙夜

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【第二部ダイジェスト】王太子視点

19 預言者は笑わない (幕間)

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 選挙の結果、新しい大司教が決定した。
 ロベルテ・ラングレ。三分の二の票を獲得して当選。

 司教座の彼らとしては王宮と総本山、どちらも排除するのが最上だ。
 そこで団結して早期に選挙で決着をつけようと目論んだらしい。
 無事に選挙で次期大司教が選出されたわけで、ほっとしたような空気が漂いかけた。

 が、ここで伏せたカードが表になる。
 教皇による書簡――選挙の正当性にかかわらず、大司教の選出は教皇座の許可を得ること。

 さらにあらかじめ仕込んでおいたロベルテの風聞が都合よくあちこちでささやかれるようになる。
 ここ一か月ほどで激化した異端審問。
 その首謀者がロベルテで、目的は選挙の軍資金の調達であったのだ――と。

 エルドランが連れてきた教皇直属の異端審問官はこれを審問特権の侵害とみなして調査を開始する旨宣言。
 ロベルテとその側近十名は窮地に立たされた。

 こうなればもう、残された参事会員としても、教皇庁に与して身の安全を図るしかない。
 ロベルテ一派をのぞく二十名は教皇特使に服従する、かと思われた。

 そこでさらに待ったをかけたのが王太子だった。
 書簡の正当性について疑問を述べ、慣習的に言うならばランスの大司教の叙任権は荒野を切り拓き都市を築いて大聖堂を建設した王家にあるべきだと主張。
 法学者たちによりあらかじめ練られていた質問攻めに、誰も答えられない、反論できない、という事態になった。
 事態はいったんこの国の最高学府である首都大学の神学部にジャッジをお願いするという形で膠着。

 ――とても簡単に言えば。

 クァイツの策がそのまま成って、ロベルテ派の十名はピンチに。
 残りの二十名は教皇座と玉座で取り合われることになったのである。

***

 聖堂の内陣に、司教たちが集まっている。
 そこで激しい議論が交わされていた。
 会話はすべて教会の典礼語で、複雑な神学論をやりあっており、クァイツには半分も理解できない。
 かろうじて分かるのは、エルドランがよくしゃべっていることぐらいだ。
 ぱっと見ただけで門外漢にも分かるほど彼の発言が一番説得力がある。
 より正しく言うのならば、説得力があるような気がするほど聞き取りやすく、論理的で、そうか、と思わせる力がある。

 彼の話はひとを引き込む力がある。
 誰もが彼の発言にのまれていた。

「彼らは何を真剣に言い争ってるんです?」

 面白くなかったので、隣に座っていたサフィージャに話しかけると、彼女はあたりをはばかりながら小声で言った。

「預言者は笑ったのかどうか、とか、そんなことだ。笑ったとするのなら預言者は人間ということになり、父と子と聖霊の三位一体が否定されてしまうし、笑わなかったとするのなら……」
「それはそれは……なんともいえず」

 心の底からどうでもいいことだった。

「聖職者の方々の見解はいつも新鮮な驚きに満ち溢れていますね」

 サフィージャはちょっと笑った。

「おい、発言には気をつけろよ。これは教会内でも意見が分かれてることなんだ。余計なことを言うと殺されかねんぞ」
「なんで意見が分かれただけで殺されるんです?」
「異端だからだ。聖書を本来の内容とは違う解釈で紐解く行為はすべて異端とみなされる。とはいえ、聖書の教えの公的な解釈もコロコロ変わってるんだけどな」
「たとえば?」
「三位一体説が主流になる前は、子と聖霊は神の被造物だというやつもいた。アリウス派だな」
「今はそうは思われていない?」
「もちろん。異端で死刑だ」
「それはそれは……」
「複雑すぎて、当の聖職者であってもちゃんと聖書を理解してないこともあるのさ。ちゃんとっていうのは、その当時の教会がよしとする正しい見解で、ってことだからな。実物を読んだことなくても、傾向と対策を知っていれば異端にはならない。異端者や異教徒の私のほうがよほどよく聖書を読んでいるってこともあるくらいだ……」

 彼女の発言はそのまた隣に座っている聖職者の咳払いによってさえぎられた。

「……ともかく、お前も発言には気を付けろよ。問答をしかけられても、うかつに答えないのが最上だ。笑ってごまかせ」
「覚えておきます」

 聖職者の世界は複雑だ。

 無駄話をしている間に議論が終わったようだ。

 あたりはなにやらエルドランをたたえるムードになっていた。
 ロベルテが不利になって、行き場をなくした聖職者たちが、教皇派にすり寄ろうとしているらしい。
 なんだか日増しにエルドランの取り巻きが増えているような気がする。

 あまり派閥を広げられると王宮に不利だからやめてほしいのだが、エルドランは特別何もしていない。
 何もしていないのに勝手に信奉者が増えているのだ。
 あれは一種の才能でないかと思う。
 ここに来てからというもの、別段選挙活動に精を出すでもなく、ひまさえあれば商人を呼びつけてなにかやっている。大半は金貸しにまつわる商談のようなのだが、あれは聖職者としてどうなのだろう。

 金貸しとはそんなに儲かるものなのだろうか。
 あのマメさが蓄財の秘訣だというのなら、少しやり方を見て勉強したいところだ。
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