100 / 115
【第二部ダイジェスト】王太子視点
20 地味な活動 (幕間)
しおりを挟むカルネオ・レスポンドの主催する賭博場は、今日も美しく着飾った老若男女がお楽しみだった。
以前との違いは、カルネオが王太子の言いなりだということ。
クァイツは、聖職者を相手にダイスのゲームを行っていた。
相手は聖堂参事会員で、大司教選出の投票権を持っている。
ルールは単純で、お互いに同額を好きな数字にかけて、より近い数字であれば勝ち。
「今度はこのくらいでいかがです?」
目の前にチップの山を積み上げてやると、彼は無我夢中でうなずいた。
彼は先ほどから勝ち続けている――否、勝たせられている。
「三、五、一の九……またあなたの勝ちですね。悔しいことです」
どんなに鈍いものだって分かる。
ダイスを振って、十回も連続でピタリと的中し続けることなどまずない。
「ところで、風のうわさに聞いたのですが。ランスの参事会員の俸禄は五百リーブルほどだそうですね?」
「……」
参事会員の俸禄はさほど大きなものではない。
副次的に発生する利権はその比にもならないが。
「……今夜の勝ち星を見てください。あなたの手元にはおいくら残っていますか?」
手元のチップはトゥール貨換算で六千リーブルをとうに超えている。
「私のほしいものと、あなたのほしいもの。互いに交換できると思いませんか?」
この男がとくにロベルテに目をかけられた存在でもないことはあらかじめ分かっている。ロベルテに味方して得られる利益と、王太子から提示された金額と。
忠義と、利益と。
すでに彼の頭の中には、いったいいくら引き出せるか、という算段しか残っていないはずだった。
世の中にはいろんなタイプの人間がいる。
権力に従順で、おどしに屈しやすく、何でも言うことを聞いてしまうタイプ。
正義という枠組みでの断罪に快感を覚えるタイプ。
ふだんはまじめなのに、賭け事になると見境がなくなってしまうタイプ。
この参事会員は、賭け事のことになるとわれを忘れてしまうタイプだった。
「……さて、私は次のゲームでおいとまします。最後ですから、お好きな金額をかけてください。いくらにしますか?」
彼は目の前にあるチップをありったけつかむと、全額を適当な数値に賭けた。
仕込み鉄が入ったダイスが振られ、彼の賭けが的中する。
「けっこう。こちらの金貨はすべてあなたのものです」
さんぜんと輝くフローリン金貨のタワーに、参事会員は立ちくらみを起こした。
「……ただし、今すぐ引き渡すわけにはいきません。お分かりかと思いますが、私にもちょっとしたお願いというものがあります」
クァイツは借用書を二枚作成させて、片方を彼に渡した。
それは司教選挙が終わった日に引き渡すという誓約書だ。
――ただし、その借用書が履行される日は永遠にやってこない。
選挙が終わったあと、彼は賭博禁止の国の勅令を無視したかどで激怒した国王に拘束され、さらに悪いことにたまたま教皇特使として来ていたエルドランに破門されるからだ。
「あなたさえよければ、またご招待しますよ。今は司教選挙の最中でなにかと世間もうるさいですから、選挙が終わったあとにいかがです? あなたの働きに応じて、いろんな趣向を用意しておきますよ。今日のゲームは少し単調で面白くありませんでしたから、今度はもう少し刺激的なものをご用意します。あなたとはこれからも長くお付き合いしていきたいですからね」
暗に司教選挙の結果次第ではもう少しうまい汁を吸わせてやるとほのめかすと、参事会員は大喜びで帰っていった。
――手ごたえがありませんね。
子どもでも騙されないような手口だと思うのだが、賭け事狂いの人間にしてみれば、大金を賭けて、勝つ、というシチュエーションが何よりも気持ちいいらしい。
賭け事のための資金が、その賭け事で調達できるというのが一番の誇りなのだそうだ。
くだらない。
クァイツは心底そう思うが、世の中はいろいろである。
***
都市部にあるこぢんまりとした個人用の邸宅に、陽気な男が入ってきた。
「やあジャンヌ、いい子にしていたかい――」
ジャンヌと呼ばれた娘は小さなスツールに腰かけたまま、動こうとしない。
「ああ、お帰りなさい。お早いお帰りで」
発言したのはクァイツであった。
勝手にベルベット張りの豪華な椅子に陣取っている。
「なっ……でっ……でっ……殿下!? ジャンヌ、これはどういう……!?」
「彼女に罪はありませんよ。私が勝手に押しかけてきただけなので」
直属の護衛騎士を五人も連れた貴族風の男にいきなり邸宅内を制圧されては、か弱い女性にはどうしようもなかったのだ。
「あなた、金髪の女性がお好きなんだそうですね?」
クァイツが薄く笑いながらそう聞くと、彼は眉を逆立てた。
「殿下、ひとの家にいきなり押しかけてきて、何を――ことと次第によってはとても許されませんぞ!」
「いやだな、愛人を三人も四人も抱えている方に許してもらおうなんて思ってませんよ」
「なっ……人聞きの悪い……!」
「私のお友達であるベネドットさんが話してたんですよ。あなたは金髪の女性に目がなくて、別々の女性に産ませたお子さんがもう五人もいらっしゃるとか」
「で、でたらめだ、そんなのは! 私は誓って潔白で……」
「では、こちらの……ジャンヌさんでしたっけ。彼女とも無関係だと?」
「そ、そ、そうだ!」
それを聞いてジャンヌはわっと泣き出した。
「ひどいわ! 私だけっていつもおっしゃってたのに!」
「ジャ、ジャンヌ……」
「おやおや、かわいそうに。どうやらあなただけの素敵な恋人は、みんなの素敵な恋人だったご様子」
クァイツはニヤニヤしながら参事会長を見た。
「私はあなたのことをよく知っていますよ。ベネドットさんが何でも話してくださいましたからね。あなたが裏でどんなことをしているか、すべて知ってます」
「な、なん……」
「醜聞ですよねえ。センセーショナルですねえ。あなたの栄光の聖職者人生はここで終わってしまうんですから、実に悲しいことですよねえ」
クァイツは追いつめるためだけに、考える時間を与えず言い募る。
「きっとジャンヌさんも路頭に迷うことでしょうね。あなたからの仕送りがなければ彼女は自分で働きに出なければなりませんから。ああ、そうすると、新しく別の男性を見つけたほうが――」
「わ、私のジャンヌを侮辱するな! 彼女がそう簡単に他の男に……」
参事会長はもはや冷静に話ができる状態ではなかった。
こうなってしまってはもう赤子の手をひねるよりもたやすい。
ほかの金髪の愛人に何股もかけていることを知らされたくなければこちらの言うことを聞け。
だいたいそんなような脅しに、彼はあっさりと屈した。
よほど愛人を失いたくなかったらしい。
……なんてくだらないのだろう。
***
そんなこんなでクァイツの地道な努力が実り、おおよそ三分の一、九名ほどの参事会員を王宮側に引き入れることに成功した。
「思ったよりも時間がかかりましたね」
ロベルテとその側近十名は審問官の弾劾で物理的に排除する予定だから、これで二十名。差し引き十名の旗色がまだ決まらない状態である。
あと二名ほども引き入れられれば安泰なのだが。
どうも全体が教皇を受け入れる空気に傾いてきているようだし、急いだほうがいいかもしれない。
0
あなたにおすすめの小説
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。