王太子様、魔女は乙女が条件です

くまだ乙夜

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【第二部ダイジェスト】王太子視点

20 地味な活動 (幕間)

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 カルネオ・レスポンドの主催する賭博場は、今日も美しく着飾った老若男女がお楽しみだった。

 以前との違いは、カルネオが王太子の言いなりだということ。

 クァイツは、聖職者を相手にダイスのゲームを行っていた。
 相手は聖堂参事会員で、大司教選出の投票権を持っている。

 ルールは単純で、お互いに同額を好きな数字にかけて、より近い数字であれば勝ち。

「今度はこのくらいでいかがです?」

 目の前にチップの山を積み上げてやると、彼は無我夢中でうなずいた。
 彼は先ほどから勝ち続けている――否、勝たせられている。

「三、五、一の九……またあなたの勝ちですね。悔しいことです」

 どんなに鈍いものだって分かる。
 ダイスを振って、十回も連続でピタリと的中し続けることなどまずない。

「ところで、風のうわさに聞いたのですが。ランスの参事会員の俸禄は五百リーブルほどだそうですね?」
「……」

 参事会員の俸禄はさほど大きなものではない。
 副次的に発生する利権はその比にもならないが。

「……今夜の勝ち星を見てください。あなたの手元にはおいくら残っていますか?」

 手元のチップはトゥール貨換算で六千リーブルをとうに超えている。

「私のほしいものと、あなたのほしいもの。互いに交換できると思いませんか?」

 この男がとくにロベルテに目をかけられた存在でもないことはあらかじめ分かっている。ロベルテに味方して得られる利益と、王太子から提示された金額と。
 忠義と、利益と。
 すでに彼の頭の中には、いったいいくら引き出せるか、という算段しか残っていないはずだった。

 世の中にはいろんなタイプの人間がいる。
 権力に従順で、おどしに屈しやすく、何でも言うことを聞いてしまうタイプ。
 正義という枠組みでの断罪に快感を覚えるタイプ。
 ふだんはまじめなのに、賭け事になると見境がなくなってしまうタイプ。

 この参事会員は、賭け事のことになるとわれを忘れてしまうタイプだった。

「……さて、私は次のゲームでおいとまします。最後ですから、お好きな金額をかけてください。いくらにしますか?」

 彼は目の前にあるチップをありったけつかむと、全額を適当な数値に賭けた。
 仕込み鉄が入ったダイスが振られ、彼の賭けが的中する。

「けっこう。こちらの金貨はすべてあなたのものです」

 さんぜんと輝くフローリン金貨のタワーに、参事会員は立ちくらみを起こした。

「……ただし、今すぐ引き渡すわけにはいきません。お分かりかと思いますが、私にもちょっとしたお願いというものがあります」

 クァイツは借用書を二枚作成させて、片方を彼に渡した。
 それは司教選挙が終わった日に引き渡すという誓約書だ。

 ――ただし、その借用書が履行される日は永遠にやってこない。
 選挙が終わったあと、彼は賭博禁止の国の勅令を無視したかどで激怒した国王に拘束され、さらに悪いことにたまたま教皇特使として来ていたエルドランに破門されるからだ。

「あなたさえよければ、またご招待しますよ。今は司教選挙の最中でなにかと世間もうるさいですから、選挙が終わったあとにいかがです? あなたの働きに応じて、いろんな趣向を用意しておきますよ。今日のゲームは少し単調で面白くありませんでしたから、今度はもう少し刺激的なものをご用意します。あなたとはこれからも長くお付き合いしていきたいですからね」

 暗に司教選挙の結果次第ではもう少しうまい汁を吸わせてやるとほのめかすと、参事会員は大喜びで帰っていった。

 ――手ごたえがありませんね。

 子どもでも騙されないような手口だと思うのだが、賭け事狂いの人間にしてみれば、大金を賭けて、勝つ、というシチュエーションが何よりも気持ちいいらしい。

 賭け事のための資金が、その賭け事で調達できるというのが一番の誇りなのだそうだ。

 くだらない。
 クァイツは心底そう思うが、世の中はいろいろである。

***

 都市部にあるこぢんまりとした個人用の邸宅に、陽気な男が入ってきた。

「やあジャンヌ、いい子にしていたかい――」

 ジャンヌと呼ばれた娘は小さなスツールに腰かけたまま、動こうとしない。

「ああ、お帰りなさい。お早いお帰りで」

 発言したのはクァイツであった。
 勝手にベルベット張りの豪華な椅子に陣取っている。

「なっ……でっ……でっ……殿下!? ジャンヌ、これはどういう……!?」
「彼女に罪はありませんよ。私が勝手に押しかけてきただけなので」

 直属の護衛騎士を五人も連れた貴族風の男にいきなり邸宅内を制圧されては、か弱い女性にはどうしようもなかったのだ。

「あなた、金髪の女性がお好きなんだそうですね?」

 クァイツが薄く笑いながらそう聞くと、彼は眉を逆立てた。

「殿下、ひとの家にいきなり押しかけてきて、何を――ことと次第によってはとても許されませんぞ!」
「いやだな、愛人を三人も四人も抱えている方に許してもらおうなんて思ってませんよ」
「なっ……人聞きの悪い……!」
「私のお友達であるベネドットさんが話してたんですよ。あなたは金髪の女性に目がなくて、別々の女性に産ませたお子さんがもう五人もいらっしゃるとか」
「で、でたらめだ、そんなのは! 私は誓って潔白で……」
「では、こちらの……ジャンヌさんでしたっけ。彼女とも無関係だと?」
「そ、そ、そうだ!」

 それを聞いてジャンヌはわっと泣き出した。

「ひどいわ! 私だけっていつもおっしゃってたのに!」
「ジャ、ジャンヌ……」
「おやおや、かわいそうに。どうやらあなただけの素敵な恋人は、みんなの素敵な恋人だったご様子」

 クァイツはニヤニヤしながら参事会長を見た。

「私はあなたのことをよく知っていますよ。ベネドットさんが何でも話してくださいましたからね。あなたが裏でどんなことをしているか、すべて知ってます」
「な、なん……」
「醜聞ですよねえ。センセーショナルですねえ。あなたの栄光の聖職者人生はここで終わってしまうんですから、実に悲しいことですよねえ」

 クァイツは追いつめるためだけに、考える時間を与えず言い募る。

「きっとジャンヌさんも路頭に迷うことでしょうね。あなたからの仕送りがなければ彼女は自分で働きに出なければなりませんから。ああ、そうすると、新しく別の男性を見つけたほうが――」
「わ、私のジャンヌを侮辱するな! 彼女がそう簡単に他の男に……」

 参事会長はもはや冷静に話ができる状態ではなかった。
 こうなってしまってはもう赤子の手をひねるよりもたやすい。
 
 ほかの金髪の愛人に何股もかけていることを知らされたくなければこちらの言うことを聞け。
 だいたいそんなような脅しに、彼はあっさりと屈した。

 よほど愛人を失いたくなかったらしい。

 ……なんてくだらないのだろう。

***

 そんなこんなでクァイツの地道な努力が実り、おおよそ三分の一、九名ほどの参事会員を王宮側に引き入れることに成功した。

「思ったよりも時間がかかりましたね」

 ロベルテとその側近十名は審問官の弾劾で物理的に排除する予定だから、これで二十名。差し引き十名の旗色がまだ決まらない状態である。

 あと二名ほども引き入れられれば安泰なのだが。
 どうも全体が教皇を受け入れる空気に傾いてきているようだし、急いだほうがいいかもしれない。


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