102 / 115
【第二部ダイジェスト】王太子視点
22 困惑するお姫さま (錬金術~EVS)
しおりを挟む「……そういえば、今朝、聖堂の正門前であなたを見かけたのですが。あの時はお声がけもできずにすみませんでした。私になにかご用でしたか?」
エルドランを無視してサフィージャにしか分からない話を持ち出すと、彼女は困ったように枢機卿のほうをうかがった。エルドランはなぜか苦笑している。明らかに事態を楽しんでいる顔だ。
面白くない。
あんなやつは視界から追い出してしまえばいいのに。
サフィージャの頬に触れて、顔を無理やりこちらに向けさせる。
すると、至近距離で触れられているのが恥ずかしいのか、目もとがほんのりと赤らんできた。
本当にかわいらしい。
「司教座の会計簿を見てるんだが、あいにく私には帳簿の見方がよく分からなくてな。だから知恵を借りられないかと思って。どうも裏金とか横領がありそうな気配なんだ」
帳簿で起きやすい不正のポイントや探し方を教えてほしい、ということだった。
そうは言ってもクァイツも帳簿については基本的なことしか知らない。
ついでに、裏でいろいろやっているので、余計なことを言うとサフィージャに嗅ぎ付けられかねない。
「それについては、私よりもエルドランのほうが詳しいでしょうね」
クァイツはエルドランに解説を全部投げた。
少しは慌てた顔が見られるかとも思ったのだが、彼は一切動じることなく淡々と聖遺物の話を始めた。
聖遺物とは有名人の骨や服などのことで、聖地巡礼の旅人などはこれを目当てにやってくる。きらびやかな宝石箱に入れられた古木のはしくれを見て、「ほう、あれがあの有名なゴルゴダの十字架か」とやるのである。
教会などによっては、
「あの有名なランスの大聖堂から盗み出してきた聖レミの骨だよ!」
――と、堂々と盗品であることを掲げることもある。
聖遺物はちゃんとしたものを有名な聖堂などから買い付けると国家予算規模の金額がかかるので、あやしい偽物を扱う山師も大勢いる。
エルドランはその隙間を狙って不正をする方法について語り、
「……犯人は架空の聖遺物売買で得た大量の一時金を元手に、金貸しで派手に稼いだそうだよ」
と結んだ。
不正が嫌いなサフィージャはエルドランを冷ややかな目で見た。
少し好感度が下がったらしい。
いい気味だ。
さらに彼は、「自分が直接帳簿を見たほうが早い」と誘ったが、サフィージャは首を振った。
どうしてもサフィージャが見たいらしい。
「もちろん、協力は惜しみませんよ。お聞きになりたいことがあればなんなりと」
エルドランの発言に、サフィージャはちょっともじもじした。
……信じられない。
隣に付き合いたての恋人がいて、再三嫉妬もほのめかされているのに、他の男に目を奪われるなんて、ちょっとあまりにもひどいのではないだろうか。
サフィージャはよくこんな感じの目でこちらを見ているが、その目を向けていいのは恋人に対してだけだろう。
絶対にこれはない。ありえない。
イライラが頂点に達したクァイツは、照れてるサフィージャの手のひらに、爪を立てた。
サフィージャはちょっとだけこちらを見た。でもそれだけだった。
彼女は常にそうだが、どうしてこう冷たいのだろう。
フォローぐらい入れてくれてもいいのではないだろうか。
「私が好きなのはあなただけよ」
ぐらい言ってくれてもいいのに。
そうしたらクァイツも広い心で許してあげられるのに。
サフィージャは絶対言わないだろうが。
うつうつとしながらヤケ食いした。純度の高い砂糖を使っているのか、甘いものを食べ慣れたクァイツにもおいしいと感じるお菓子が多かった。
ますます気に入らない。こうなったら全部食べてやる。
エルドランは淡々と講義を続ける。
教会の財源で、一番金になるものは何かとの質問に、サフィージャはミサだと即答した。
教会によると、天国に入れてもらうには、遺された人間がせっせと祈祷をあげてやるのがいいのだそうだ。
そのための『|永遠のミサ(messes perpetuelles)』を教会に依頼すると、非常に高額の祈祷料がかかる。
教会がよく引き合いに出すのは『富んでいる者が神の国に入るよりは、らくだが針の穴を通るほうが、もっとやさしい』という聖句で、天国に行きたい商人などはとにかく大量のお金を積まないといけない、ということになっているようだ。
エルドランは楽しそうに、違う、と答えた。
「じゃあ、贖宥状だ」
「いいえ」
「じゃあ、十分の一税か」
「惜しい」
サフィージャは悩んでしまった。
エルドランはそれを楽しそうに見ている。
ひとの彼女をじろじろ見ないでほしい。穢れるから。
「裁判所、ではないでしょうか」
クァイツが口を挟むと、サフィージャはやっとこちらを見た。
やや釣り気味の利発そうな瞳、つやつやの赤い唇。小さめのあご、すっとした鼻筋。
見るたびになんてかわいい人なのだろうと思う。
「……帳簿を見た限りでは、そんなに儲かっているようには見えなかったが」
「それは帳簿の上では、ですよ。どんな犯罪でも無効にしてしまえる職業ですからね。お金でどうにかしたいと考える人間はあとを絶ちません」
昔から警吏と裁判所は汚職の温床と決まっている。
裁判は大いに儲かる仕事(magnum emolumentum est justicia)――ということわざもあるぐらいだ。
エルドランは『半分ほど正解だ』と述べた。
もっと金の稼げる方法がある、とも。
クァイツはひやりとした。その話はまずい――しかし止めるひまはなかった。
「異端審問。破門された人間の土地家屋、財産収入のすべては『審問官』に没収される。……金を持っていそうな人物に目をつけて、冤罪をかける。これだけで十分、儲けになる」
まさにランスで起きている出来事だった。
「教会の不正を探したいとお思いなら、まずは裁判所に行かれてはいかがかな。地道に帳簿を洗うのがばからしくなるはずですよ」
分かった、と言って立ち上がるサフィージャに、エルドランは身を乗り出した。
「私のことは、エル、とお呼びください」
かっと目が開いた。
他人を視線で殺せたらいいのに。
――ですから、馴れ馴れしいんですよ、あなたは。
そう口にしようと思ったまさにその瞬間。
「そうさせてもらいたいところだが――」
サフィージャが信じられないことを口走った。
衝動的にキリキリと爪を立てていたら、彼女は無難に「遠慮しておく」と続けた。
そこはほっとしたけれども、ますますエルドランが信じられなくなった。
あだ名で呼べだなんて。
そんなの自分だって呼んでもらったことないのに。
そうだ。まだよそよそしく呼ばれたことしかない。いつも「お前」か、よくて「王太子どの」だ。心理的な距離感はまだ全然遠いままだという自覚はあった。気軽に名前を呼び合えもしない程度の仲で、何が恋人だろうか。もっと打ち解けてほしいといつも思っているのに、ちっとも彼女には届かない。
今日は少し本音が知れたと喜んでいたら、次の日にはもっと冷たくなっている。期待させられては突き放されての繰り返しで、ひとりで空回っているのだ。
そのうちに本当は彼女にとって必要のない人物なのではないかという気がしてきて、やりきれなくなって、ちくちくと意地悪を言って困らせて、さらに遠くなったりして、自分でもどうしようもないとは思うけれど、抜け出す方法が分からなくてどんどん深みにハマっている。
むきになってサフィージャに迫った。
『こっちのことだっていつもあだ名で呼んでくれるじゃないですか』
『いつもみたいに呼んでください』
少し困らせてやれればよかった。どうせいつものように冷たくあしらわれるのだろうと思ったから。
「……えっと……じゃあ……クー……?」
クァイツは自分の耳を疑った。
本当に呼んでくれた。
しかもエルドランが初めて悔しそうな顔をしていた。
いつもお前など取るに足りぬという態度だったあのエルドランがだ。
ということはつまり、幻聴じゃなかったのだ。
たまにこういうことがあるから彼女に無茶を言うのがやめられない。
「クー……あ、あのね……ちょっと、恥ずかしいから……」
困惑ぎみにかわいい声で抗議する彼女。
こんなにかわいい声で注意してもらえるのなら、もっと困らせたいぐらいだ。
感動のあまり、十回くらい呼ばせた。
0
あなたにおすすめの小説
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。