王太子様、魔女は乙女が条件です

くまだ乙夜

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【第二部ダイジェスト】王太子視点

23 好きな子を (炭火焼き~埋まる)

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 クァイツはサフィージャのあとを追っていた。
 意気込んだ彼女が裁判所に直行するのではないかと思ったのだ。
 あのあたりの治安は最悪なので、止める必要があった。

 しかし彼女は残りの仕事に追われているらしく、農民と面会したりして忙しそうだった。

「それで、十二歳の子の洗礼ができなかったと」
「ええ……末期の洗礼に当たるっちゅーんで、死ぬ直前の洗礼は異端だと……」
按手インポシティオマヌスとかいうやつか。何でもかんでも異端、異端と……連中は何をやってるんだ」
「しかも審問にかかった費用を払えって言われてよう、かわいそうに、おっかさんは油壷やら豚やらまで没収されちまって」

 どうも異端審問が農村にまで及んでいるという話のようだった。
 これは思った以上に事態が深刻化しているかもしれない。
 あくまでも見せかけの荒廃のために、都市部に少し流行らせるだけのつもりだったのに、被害の進行が早すぎてクァイツの手にも負えなくなっている。

 ひとまず今日のところはサフィージャも裁判所に行く気はなさそうだ。

 彼女の護衛につけておいた騎士を呼んで、もしも裁判所に行くのなら応援を増やすから、自分のところまで来るようにサフィージャを説得しろと申しつけておいた。あまり遠出をさせないようにとも。

 サフィージャのほうはいったんこれで置いておくとするか。

 ともあれ、暴走しなければいいのだが。
 彼女は無茶をするから心配でたまらない。

***

 クァイツも細かい用事を片付けて、夜にエルドランの部屋まで行った。
 ひと言注進しておかねばならない。

「彼女に余計な知恵をつけないようにと、注意したはずですが」

 裁判所は現在、異端審問でフル稼働中だ。
 主犯のロベルテは審問官に疑惑を持たれて、大急ぎで自分の痕跡を消そうと動き回っている。

「いいじゃないか。サフィージャさまに悪事を暴いてもらうのも一興だ。表舞台に立って正義の剣を振るう役にはやはりそれにふさわしい華がないと」
「演劇じゃないんですよ」
「演劇だよ。少なくとも大多数の傍観者にとってはね」

 エルドランはどこを見ているのかも定かでない、あの真っ黒い瞳でこちらを見た。

「われらが愛すべき悪役の聖職者プレラも、どうせ首をはねられるのなら、あの美しい手でしてもらったほうが幸せに決まっている。それがせめてものはなむけというものだ」

 理解不能の美学を語られて、クァイツは混乱した。

「……敵への情け? それともサフィージャを買い被っているんですか。どちらにしろ気持ちが悪いですね」
「君はあの女性が美しいと思わないのか」

 クァイツは苛立ちを抑えきれない。

「……あなたに彼女の何が分かるっていうんです? 勝手に値踏みをしないでいただけませんか。あの人は――」
「『私の恋人なんですよ』」

 セリフを取られて、ますます混乱する。

「『他の男に好色な視線を向けられて楽しいわけがないでしょう』」

 思考の先回り。相手が言いそうなことを先に読んでしまうのは彼の得意技だ。
 バカにするにもほどがある。

「やめてください。そろそろ本当に怒りますよ」

 エルドランはふっと笑った。
 小馬鹿にされたようでまた頭に血がのぼりかけ――そこでようやくエルドランがクァイツにつっかかる理由に思い当たった。

 分かりにくいが、これはたぶん、嫉妬の八つ当たりだ。
 いままでずっとお前など取るに足らぬという態度を取ってきたこの男が、どうやら多少はこちらのことを意識するようになったらしい。

 八つ当たりに意趣返しをしたってきりがないと分かっていても、昼間のこともあって、どうにも割り切れない。

 クァイツは窓のそばによった。
 ここはサフィージャの部屋の直上で、初日もここの窓から縄づたいに下へ降りて侵入した。

「ところで、少し騒がしくしてもいいですか? この下にサフィージャの部屋があるんですよ。司教選騒ぎの真っ最中ですから、なるべくこっそり会いにいきたいんですが」

 深夜に人の目をはばかってサフィージャと逢えるのはクァイツだけだ。
 そう言ってやりたくて、用事もないのに頼んだ。

 エルドランは嫌とは言わなかった。

「……ザナスタン。縄の準備を」

 護衛の騎士を部屋に連れ込んで、ロープを固定させた。

 エルドランは着々と護衛が取り付ける縄を面白そうに眺めている。

「危ない橋を渡るね。私も手を貸そうか」
「いいえ、われわれだけで大丈夫ですから。猊下はそちらでご覧になっていてください」

 ザナスタンが慌ててエルドランを引き離す。

 そう。指でもくわえて眺めていればいいのだと、クァイツは思う。

「殿下、危険では……」

 ザナスタンが遠慮がちに言う。
 きっとやりすぎているのだろう。
 そう思っていても、自分を止められない。

 窓から勝手にサフィージャの部屋へと侵入すると、彼女はおどろきながらも、窓の下でクァイツを出迎えた。
 油断している彼女の手首をひとまとめにしてロープで結わえ、吊し上げる。

『捕獲成功』

 突然のことに右往左往する彼女の耳元にささやいた。

「月のきれいな夜ですね。通りすがりの誰かがふと上を見上げたら……と想像してしまいませんか?」

 見つかれば異端審問一直線。
 しゃれにならないと焦りまくるサフィージャの腰を抱きよせて、夜着の肩をずらし、はだけさせた。

 裸にむいたところを舐めつくろっていると、彼女は本当に困ると言った。

「聖堂では接触しないって約束しただろう? お前は私との約束を破る気なのか?」

 そういうわけじゃない。
 ただ、少し試したくなっただけだ。
 ほんの少しでいいから、確かに彼女から愛されているのだという実感がほしかった。

 この上階はエルドランの部屋だから静かにするよう言うと、彼女は本格的に押し黙った。

 なぜ何も言ってくれないのだろう。
 自分から仕掛けたことなのに、やめるきっかけがなくなってしまい、空しさを感じながらスカートのすそをたくしあげた。
 太ももが白くてまぶしい。ふんわりとした肉付きが手のひらに伝わってくる。
 このまま押し倒してしまおうかと、やけになって考えた。

「分かった。私が悪かった。軽率な行動を詫びよう」

 サフィージャはうつむいて震えながら言った。
 後ろから抱き締めているので表情は見えない。
 きちんと確認する勇気もなかった。

「……別に、枢機卿とふたりきりで会おうと思ったわけじゃないんだ。ただ、行けばお前に会えるものだとばかり思っていたんだ。つ、つまり、」

 彼女は相当ためらってから、ぽつりとつけくわえた。

「……お前に会いたかったんだ」

 よほど恥ずかしいのだろう、つっかえながら、それでも彼女は語った。

「……さびしかったんだ。だってお前は目も合わせてくれないし……もう何日もそんな状態で……久しぶりに、あ、会えるかもって、思ったら……もう待てなくて……」

 さらに彼女は語る。
 こうして手を縛られたりするのも本当は全然好きではないのだと。
 クァイツが喜ぶのならしてもいいが、今はそうでないと分かるから嫌なのだと。

「帰ったら、ちゃんと、続きをしよう? それで、ふつうにしてくれたら、うれしいよ。私は別に、変なことが好きとか、されてみたいとか、そういうのじゃなくて、お前が、好きなんだ」

 ようやく――ようやく聞きたかった言葉が聞けた。
 ずっとそう言ってほしかった。彼女がうまく言えない性格だと分かっていても、ひとりで空回る苦さにやりきれなくなりそうだった。

 彼女の縄を解いて、約束だと念を押すと、彼女は勢いよくうなずいた。

 エルドランの部屋に戻ってからも、彼女のことが頭を離れず、何もする気になれなくて、その場にうずくまった。
 部屋の主の視線を感じて、いやいやながらそちらに注意を向ける。
 エルドランはひどくまじめな顔をしていた。

「……彼女は君を選んだようだが、それで本当に幸せになれているのかな」

 クァイツはとっさに何も言えなかった。
 そんなのは自分が一番聞きたいのだ。うまく行っている部分もないとは言わないが、しょっちゅう困らせてばかりいる。

「君の愛し方は、好きな子をいじめる子どものようだね」

 エルドランのつぶやきは突き刺さったままいつまでも抜けなかった。

 心の奥底にいつも消えない不安がある。
 彼女の冷たい態度は照れ隠しなんかじゃなくて、本当にこちらのことをどうでもいいと思ってるからぞんざいに扱っているだけなのではないかと、ふとした瞬間に感じるのだ。
 その不安や不全感を紛らわせたくてこちらも少し意地悪をしてみる。すると彼女が困りながらも結局受け入れてくれて、それでようやくまだ少しはこちらに情を残しているのだと、胸をなでおろすことができる。

 ――なんかお前、怒ってるだろ?
 ――楽しそうなふりしてるけど、本当は全然楽しそうじゃない。
 ――そういうのは、なんか、分かる。

 彼女の言う通りだった。本当はちっとも楽しくない。
 サフィージャに意地悪をするときは、いつもどこかで苛立っている。
 どうしてもっと自分を見てくれないのかと、問いただしたいと思っている。

 好きな子をいじめる子ども以外の何者でもない。

 どうすればこの悪循環から抜け出せるのだろう。
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