王太子様、魔女は乙女が条件です

くまだ乙夜

文字の大きさ
111 / 115
【第二部ダイジェスト】王太子視点

31 その後の大聖堂 (幕間)

しおりを挟む



 ランスの人事は一掃してやった。さっぱりした。
 席を占めていた常駐参事会員や司教たちをしょっぴいて、代わりに王宮の人員と、エルドランの子飼いの司祭たちを突っ込んだ。

 大司教の後継者には、告発に当たったジャンに支持が集まった。
 同時に「今回の不祥事は聖職者たちに責めあり」とした国王から、「司教座の叙任権は王のものだ」とアピールする書簡が送られてきて、教皇特使のエルドランはその意向を受け入れた。

 国王がランスの司教座を掌握したことにより、空位の聖職者権益レガリアもまとめて王宮が受け取ることに。
 大司教のジャンは国王との親和的な協調策を取ることを打ち出し、王宮から聖務の維持に必要な資金や人員を送ることが決まった。

 ――簡単に言えば。
 ランスの司教座は、トップの大司教位から末端の聖務を行う司祭職まで、すべて王宮が掌握した。

***

 大急ぎでジャン・ル・ブーシュを大司教に叙階する式典が開かれる。

 晴れの日の聖堂で、彼は枢機卿の前にひざまずいた。
 エルドランは額に聖油を塗ってやりながら、聖句を唱えた。

「父と子と聖霊の名において、汝を聖油もて聖別する」

 介添えの司祭の手によってジャンに司教冠がかぶせられ、手袋を授与される。
 神との結婚を示す司教指輪をはめたその手で、司教杖と福音書を受け取った。

 それらを見届けながら、クァイツはようやく肩の荷が下りた思いだった。
 あとの雑事は王宮から引っ張ってきた人材に処理を任せればいい。

 思いのほか短期間でランスを掌握できたのはうれしい誤算だった。
 ベネドットの裁判が終わるのを待ってから粛清をかけていたのでは、もう一年か二年は待たなければならなかっただろう。

 国内の教会はランスをトップにしてまとまっているから、ここさえ押さえてしまえばあとの攻略はずっと楽になる。

「よくお似合いですよ。ジャン・ル・ブーシュ大司教猊下」

 クァイツが声をかけると、彼は照れたように頭をかいた。司教杖がミトラに引っかかり、帽子が脱げる。
 クァイツがそれを拾ってやっていると、遠くから黒い服の娘が駆け寄ってきた。

「ジャン! よかったじゃないか、おめでとう!」

 聖堂の外で待ち構えていたサフィージャだった。

 ……ジャン?
 友達のような呼び方だ。

 呼ばれた当の本人は、見るからに動揺していた。
 ふくよかな頬や耳の先がほんのりと赤く染まる。

「魔女さん、あの……ありがとうです」

 いくつもの商会を仕切ってきた海千山千の商人が、まるで年若い娘のように恥じらっている。

 クァイツは違和感でうなじのあたりがざわざわした。

「すごいじゃないか。一介の肉屋から大司教にのし上がったやつなんて、歴史を見てもほんの一握りじゃないか? 後世まで語り継がれる偉業だぞ!」
「いや、これは、私の力じゃないでしょう。魔女さんたちが助けてくれたからこそで……」
「何を言っている。私はな、大司教にはやはりお前のようなやつがふさわしいと思っていたんだ。これからもがんばってほしい。そして私との約束も忘れないでほしい」

 ……約束?
 クァイツが笑顔の下で内心ギリギリしていると、ジャンはわけ知り顔でうなずいた。

「任せてくださいや」
「ああ、楽しみにしているぞ!」

 サフィージャは上機嫌にジャンの肩を叩いて、行ってしまった。

 クァイツのほうには最初から最後まで見向きもしなかった。

「……ずいぶん仲良くなったんですね?」

 クァイツはつとめて冷静なふりをしながら、ジャンにほほえみかけた。

「あ、ええ……おっかねえ人だって殿下はおっしゃってましたけど、私とは気が合うって言ってくだすって……」

 ジャンは遠ざかっていくサフィージャのほうをいつまでも眺めている。

 思わぬ伏兵が。こんなところに。
 約束とはいったい何なのだろう。
 すごく聞きたいのに、聞くと墓穴を掘るような予感がしてうかつに聞けない。

 モヤモヤした気分が晴れないまま、ジャンと別れた。
 式典の主役である彼は、さっそく話しかける機会をうかがっていた司祭たちにとりまかれて、姿が見えなくなった。

 急いでサフィージャの姿を探す。
 彼女は今にもエルドランに捕まりそうになっていた。

 そこにクァイツもすかさず突っ込んでいく。
 絶対にふたりきりで会話などさせてなるものか。

「今回も世話になった。エルドランどのにはいつも助けられてばかりいるな」
「わずかでもサフィージャさまの助けになれたのなら、私としては本懐を遂げた思いですよ」

 寒々しいエルドランの返しに、サフィージャは顔をくもらせた。

「なあ、枢機卿どの……そのサフィージャさまっていうのは……」
「エル、で結構ですよ」

 サフィージャはちょっと考えたあと、

「……エル、その呼び方はちょっと……」

 本当にそう呼んだ。

 ……衝撃だった。
 どう考えても下心ありありで距離をつめようとしている男に。そんな親しげな。

 彼女はおかしいと思わないのだろうか?
 ジャンのときもそうだったが、隣に恋人がいるのに、この脇の甘さだ。
 もう妬かせたくてわざとやってるのかと疑いたくなるぐらいの鈍感さである。

「ちょっと、サフィージャ。簡単に口車に乗せられないでください。呼ばなくてもいいんですよ?」

 たまりかねたクァイツが注意をうながすと、彼女は困ったそぶりで答える。

「……しかし、もう敵同士のふりもしなくていいのだし……リオの件でも世話になったから……」

 変なところで真面目にならないでほしい。

「私がいやなのでやめてください、と言わなければ分かりませんか?」

 サフィージャは小さく、すまん、とつぶやいた。

「……そういうわけなのであなたもちょっと遠慮してください」

 エルドランをにらみつけると、彼はそれ以上なにも言わなかった。

「ああ、そういえば、こないだの異端審問のやつなんだが。びっくりしたじゃないか。あんなことになるなら、私にも事前に知らせておいてほしかった」

 どうやら異端審問騒ぎの最後に仕掛けたトリックのことを言っているらしい。

「私も驚かされた側ですよ」

 エルドランが肩をすくめる。

「ふたりに黙っていたことは謝りますが……私は最後まで嫌だったんですよ。ああなる前に決着をつけるつもりでしたし。うまく行きませんでしたが」

 一度しか使えない仕掛けだから、もう少し取っておきたかったという気持ちもあった。
 それでも、あのとき、あの場でサフィージャを救えたのは、クァイツのあの行動だけだった。
 だからあれはクァイツの手柄と思っていいはずだ。

 すると、『もうとやかく言う気はないが』とエルドランは前置きし。
 断りもなしにサフィージャの手を取ると、口説き文句同然のセリフを甘くささやいた。

 毛が逆立った。
 みっともなく叫ばなかったのは忍耐力のたまものだろう。
 王族としてあるまじき、下々のものが使うような罵り言葉があやうく出かかった。
 サフィージャがよく使うので、染まってきているのである。

 品性を貶めるような行いだけはどうにかのみこんだ。
 可及的すみやかにサフィージャをエルドランからもぎ離す。

 冗談だ、ちょっとした復讐だとごまかしたエルドランの目の前で、これ見よがしにサフィージャを抱き寄せた。
 手をつなぐと――彼女がぎゅっと握り返してきた。
 不意打ちの行動に、鼓動が不規則にはねあがる。
 人前では絶対にくっつきたがらない、あのサフィージャが手を握り返してくれたのだ。

 いつもは嫌になるぐらいそっけないくせに、こういうときだけかわいいのはずるい。
 さっきの行動には納得がいかないところもあったが、忘れてしまいそうになるぐらいときめかされた。

 うれしくてしょうがなくて、クァイツはそっとサフィージャと目線を交わして、笑い合った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。