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【第二部ダイジェスト】王太子視点
32 シャンパーニュ伯の称号 (幕間)
しおりを挟む鐘の音が鳴り響く。
大聖堂のみならず、村々の、街中の、都市部の、ありとあらゆる教会の鐘が同じリズムで鳴っていた。
「速報、速報――! シャンパーニュ伯にしてランス副司教、チボー六世さま、急逝――!」
誰かの叫び声がした。
葬式の鐘つき人が伯爵の名前を告げながら、通りを歩いている。
その声を遠くに聞きながら、クァイツは窓を閉めるよう、かたわらの従者に合図した。
「……よくやってくださいました。カルネオ・レスポンド」
クァイツの毒殺に失敗して『お願いごと』を受けて以来、姿を消していたカルネオが、旅疲れの色濃い顔でひざまずいている。
シャンパーニュ伯、死去。
これこそが、王宮が司教座を掌握する上で欠かせない、最後の総仕上げだった。
あといくつか小細工をして、称号を王家が継げば、ランス・シャンパーニュを含めたトロワ地方は名実ともに王宮のものとなる。
それには、シャンパーニュ伯家の当主が邪魔だった。
クァイツが願ったのは、邪魔者の排除。
カルネオは約束をきちんと果たして帰ってきた。
もともとシャンパーニュ伯家に金を貸し付けて成り上がった男であるだけに、スムーズに故人にも近づけたらしかった。
――故シャンパーニュ伯は自領が荒れているのに無視を決め込むような男だ。
政権を握った無能は、ときとしてどんな犯罪者よりも罪深い。
同情の余地はなかった。
「あなたをわが王宮の御用商人として歓迎します。さしあたっては女性用のアクセサリーと衣服一式を準備してもらいましょうか。色味は黒がいいですね。ヴェネツィアのほうの流行を取り入れていただけたらと思います。あちらにツテもおありでしょうし、ね」
カルネオに褒賞として与える王都の邸宅や、彼のたっての願いだった「市民権」、王宮生活に必要な衣服の支給などを説明してから、クァイツはにこりとほほえんだ。
「……さらなる名誉を目指して、がんばってくださいね」
カルネオは胸に手を当てて、ふかぶかと頭を垂れた。
「仰せのままに。わが君」
***
エルドランの教皇特使としての使命は終わった。
教皇庁に帰る必要があったが、とある目的のために、彼には王宮に食客として来てもらうことになった。
「もうすぐ始めるんですね。なんだか、実感がわきませんが」
「私は君のこともあてにしているんだ。しっかりしてくれないと困るね」
サフィージャにまつわる諸々の腹の立つやり取りはさて置き、この男から頼りにされていると言われると、うれしいと思ってしまうのもまた確かだった。
なぜなのかは分からない。
彼が秘めている得体のしれない熱意が説得力を持たせるのかもしれないし、底知れぬ頭の回転の速さを感じさせる会話の術に秘密があるのかもしれない。
彼から声をかけられてうれしそうにしている部下の姿をよく見かける。
この求心力がうまく働く場合もあれば、蛇蝎のごとく嫌われることもあるようで、彼と一緒に歩いていると聞こえよがしの悪口に遭遇することもある。
――守銭奴。
ランスの司教館にも毎日入れ替わり立ち替わりで銀行家が彼のもとを訪れていた。
エルドランには聖職者よりも商人の知人のほうがはるかに多いのだ。
ごくまっとうに考えれば、財力を妬んでの悪口なのだが、彼が受ける悪意は、妬みともまた少し違うような気がする。
排斥せねば、と感じるのだ。
それは本能に根差した感覚で、口ではなんとも説明できない。
ただ、自分の同胞として迎え入れたが最後、何もかもかっさらっていって、あっという間に自分のものをすべて奪われ、王者として君臨する彼を仰ぎ見ねばならなくなるような――
自分の持つ縄張りを侵食してしまうかもしれないと感じる、圧倒的な存在感。
単純に言って、恐ろしいのだ。
男であれば誰でもそう感じる。
支配される側に回るかもしれないと感じるときのあの嫌な感覚が、彼には付きまとうのだ。
これまでの人生で、クァイツは『それ』を、人に与える側だった。
だからこそ、警戒心をやわらげ、ふところに入り込んで納得させる方法を学んだ。
柔和な態度と表面上はおだやかな物腰で油断させておいてから、最後にはこちらの手はず通りにひとを動かすのが常だった。
誰かに、何かを、取られてしまうかもしれないと思ったことがなかった。
ほしいものはいつでも思い通りに手に入れてきたからだ。
こんな焦りは知らない。
どうしたらいいのかも分からない。
エルドランには悩まされる一方だった。
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