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第1章
16.再会のその裏で
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ユキとソウが出て行ってから、手持無沙汰になった俺は完全に冷めてしまった紅茶を飲んでいた。
「……あの、トーヤ様」
「あ? ああ、トーヤでいいよ。俺は王族じゃねえし」
「それじゃ遠慮なく。トーヤ、あなたユキ様のこと好きでしょ?」
口に含んでいた紅茶を、ぶっと吹き出しそうになった。寸でのところでこらえて飲み込んだが、ごほごほとむせてしまう。
「な、なに言ってんだよ!? ていうか、あんた誰だ!?」
「侍女のリサです。それで、図星? その様子を見ると、当たりみたいだけど」
「ち、ちげえよ! ユキは、その、幼馴染で、妹みたいな存在っつーか……!」
「分かりやすい嘘つくのね。別に、ユキ様にばらしたりしないけど?」
なんてズバズバと物を言う女だろう。しどろもどろになっていると、ふっと笑われた。
「なんで笑うんだよ!?」
「いえ、別に。でも、失恋しちゃったみたいね」
「……別に、今さらユキとどうこうなりたいなんて、思ってねえよ。出会ったときから、ユキにはあいつしか見えてなかったんだ」
ユキがサウスに連れて行かれたとき、絶対に助けると誓った。怪我が治るのも待たずにサウス城に忍び込もうとしたが、無理だった。
そしてカトライアという一つの国になったと聞いても、ユキはきっと泣いていると思った。どうにかしてユキを連れ出そうと、仕事もせずに模索していた。
そんなとき、突然カトライアの使者が目の前に現れてこう言ったのだ。陛下がお呼びです、と。
「それでやっと城に入れたっつーのに、当のユキは幸せそうに笑ってやがる。悔しかったけど……なんつーか、それ以上に安心したんだ」
「……安心?」
「ああ……ユキは、俺と一緒にいてもいつも国のことばっかり考えてた。親父が亡くなってからは余計にだ。そんなユキが、一人の女として笑ってるのを見たら、なんか……ほっとした」
ユキと出会ったのは、お互いがまだ十二歳のときだった。
戦で両親を失って、放浪の果てに行きついたのがノースだった。そして河原で生き倒れている俺を見つけてくれたのが、ユキだ。
それから、一人っ子だったユキの遊び相手として城に住むようになった。剣を持てるようになってからは、兵士になった。
俺にとって、ユキを守るというのはごく当たり前のことだった。
「なのにあいつ、俺のことなんて兄妹か友達ぐらいにしか思ってねーんだ。昔っから何かありゃ、あの時ソウはこうしただとか、ソウならこう言う、だとか……ま、それでも好きになっちまった俺が悪いんだけどな」
こんなことを誰かに話すのは初めてだった。
叶わないと知りながら、ずっとユキに恋をしていた。
サウスが決闘を申し込んできたとき、ユキはソウに裏切られたと思って憔悴しきっていた。
もしかしたら、これを機にソウへの気持ちを断ち切ってくれるかもしれない。自分を、見てくれるようになるかもしれない。
そんな期待をする自分が嫌になった。無理矢理結婚させられてからも、俺が助けに行けば、もしかしたら──。
「バカだよなぁ、俺。あれだけ好きだったのに、ユキが他の男の元で幸せそうに笑ってるの見ても、よかった、なんて思っちまう。そんなに好きじゃなかったのかもしれねえな」
「……それは、違うと思う」
ずっと黙って聞き役に徹していたリサが、口を開いた。自虐的な言葉に笑ったりせずに、真剣に俺を見据えている。
「きっと、トーヤは……ユキ様のこと、本当に、心から愛してたんじゃない?」
「愛、って……そんな大したモンじゃねえよ」
照れくさくなって、ふいっと目を逸らす。
こんなに真剣に聞いてもらえるとは思っていなくて、急に恥ずかしくなってきた。それと同時に、リサが俺に話しかけてきたことが気になって尋ね返す。
「リサ、だっけ? あんた、なんで俺がユキのこと好きだって分かったんだよ」
「はぁ? なんでって、態度でバレバレでしょ。陛下もあなたの気持ち知ってて連れてきたに決まってる」
「えええ!? な、なんで!?」
「ユキ様のためよ。あの人も今、ユキ様の心をつかむのに必死だから」
「も、もしかして……ユキにもばれてるのか!?」
「ユキ様は気付いてないと思う。ユキ様って、妙な所で鈍感なのよね……」
「あ、ああそう……」
一安心して、椅子から立ち上がる。
もう外は暗い。ソウは夕飯も食べていけなんて言っていたが、これからどんな顔をしてユキに会えばいいのだろう。
「夕飯、食べていくんでしょう? 案内する。それと、握手」
「は? 今さらなんで握手なんか……」
「似た者同士、あの二人を応援しましょ」
「似た者同士ってなんだよ!? あんたと似てるとこなんて一つも……」
「あるわよ。私も、陛下のこと、好きだったから」
すぐに言葉の意味が理解できずにぽかんとしている俺に、リサはいたずらっぽくぱちんとウインクをした。
「……あの、トーヤ様」
「あ? ああ、トーヤでいいよ。俺は王族じゃねえし」
「それじゃ遠慮なく。トーヤ、あなたユキ様のこと好きでしょ?」
口に含んでいた紅茶を、ぶっと吹き出しそうになった。寸でのところでこらえて飲み込んだが、ごほごほとむせてしまう。
「な、なに言ってんだよ!? ていうか、あんた誰だ!?」
「侍女のリサです。それで、図星? その様子を見ると、当たりみたいだけど」
「ち、ちげえよ! ユキは、その、幼馴染で、妹みたいな存在っつーか……!」
「分かりやすい嘘つくのね。別に、ユキ様にばらしたりしないけど?」
なんてズバズバと物を言う女だろう。しどろもどろになっていると、ふっと笑われた。
「なんで笑うんだよ!?」
「いえ、別に。でも、失恋しちゃったみたいね」
「……別に、今さらユキとどうこうなりたいなんて、思ってねえよ。出会ったときから、ユキにはあいつしか見えてなかったんだ」
ユキがサウスに連れて行かれたとき、絶対に助けると誓った。怪我が治るのも待たずにサウス城に忍び込もうとしたが、無理だった。
そしてカトライアという一つの国になったと聞いても、ユキはきっと泣いていると思った。どうにかしてユキを連れ出そうと、仕事もせずに模索していた。
そんなとき、突然カトライアの使者が目の前に現れてこう言ったのだ。陛下がお呼びです、と。
「それでやっと城に入れたっつーのに、当のユキは幸せそうに笑ってやがる。悔しかったけど……なんつーか、それ以上に安心したんだ」
「……安心?」
「ああ……ユキは、俺と一緒にいてもいつも国のことばっかり考えてた。親父が亡くなってからは余計にだ。そんなユキが、一人の女として笑ってるのを見たら、なんか……ほっとした」
ユキと出会ったのは、お互いがまだ十二歳のときだった。
戦で両親を失って、放浪の果てに行きついたのがノースだった。そして河原で生き倒れている俺を見つけてくれたのが、ユキだ。
それから、一人っ子だったユキの遊び相手として城に住むようになった。剣を持てるようになってからは、兵士になった。
俺にとって、ユキを守るというのはごく当たり前のことだった。
「なのにあいつ、俺のことなんて兄妹か友達ぐらいにしか思ってねーんだ。昔っから何かありゃ、あの時ソウはこうしただとか、ソウならこう言う、だとか……ま、それでも好きになっちまった俺が悪いんだけどな」
こんなことを誰かに話すのは初めてだった。
叶わないと知りながら、ずっとユキに恋をしていた。
サウスが決闘を申し込んできたとき、ユキはソウに裏切られたと思って憔悴しきっていた。
もしかしたら、これを機にソウへの気持ちを断ち切ってくれるかもしれない。自分を、見てくれるようになるかもしれない。
そんな期待をする自分が嫌になった。無理矢理結婚させられてからも、俺が助けに行けば、もしかしたら──。
「バカだよなぁ、俺。あれだけ好きだったのに、ユキが他の男の元で幸せそうに笑ってるの見ても、よかった、なんて思っちまう。そんなに好きじゃなかったのかもしれねえな」
「……それは、違うと思う」
ずっと黙って聞き役に徹していたリサが、口を開いた。自虐的な言葉に笑ったりせずに、真剣に俺を見据えている。
「きっと、トーヤは……ユキ様のこと、本当に、心から愛してたんじゃない?」
「愛、って……そんな大したモンじゃねえよ」
照れくさくなって、ふいっと目を逸らす。
こんなに真剣に聞いてもらえるとは思っていなくて、急に恥ずかしくなってきた。それと同時に、リサが俺に話しかけてきたことが気になって尋ね返す。
「リサ、だっけ? あんた、なんで俺がユキのこと好きだって分かったんだよ」
「はぁ? なんでって、態度でバレバレでしょ。陛下もあなたの気持ち知ってて連れてきたに決まってる」
「えええ!? な、なんで!?」
「ユキ様のためよ。あの人も今、ユキ様の心をつかむのに必死だから」
「も、もしかして……ユキにもばれてるのか!?」
「ユキ様は気付いてないと思う。ユキ様って、妙な所で鈍感なのよね……」
「あ、ああそう……」
一安心して、椅子から立ち上がる。
もう外は暗い。ソウは夕飯も食べていけなんて言っていたが、これからどんな顔をしてユキに会えばいいのだろう。
「夕飯、食べていくんでしょう? 案内する。それと、握手」
「は? 今さらなんで握手なんか……」
「似た者同士、あの二人を応援しましょ」
「似た者同士ってなんだよ!? あんたと似てるとこなんて一つも……」
「あるわよ。私も、陛下のこと、好きだったから」
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