【R18】汚くも美しいこの世界で、今日は何を食べようか?

染野

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一、いただきます

10.かえろうか?

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 客間に用意してもらってあった布団を敷いて、千歳と共に入り込む。黙って耳を澄ませると、電車や車の通る音や踏切の音と一緒に、千歳の吐息も聴こえてくる。
 夕飯の後片付けが終わってからもイネさんはぐっすり眠っていたから、きっとあのまま朝まで起きることはないだろう。

「見かけによらず、元気な人だったねぇ。勢いに圧されてつい食べすぎちゃったよ」
「ふふっ、私も。でも、ああいう手料理って久しぶりだったから、何か嬉しかったな」

 気を遣わなくていいと言ったのだが、イネさんは家にある食材を駆使して色んな料理を作ってくれた。腰が痛むのではと心配になったが、料理をしている間のイネさんはとても生き生きとしていて、つい先ほどまで腰を曲げていたのが嘘のようだった。自分以外の誰かのために料理をするのは久しぶりだと言っていたから、きっと張り切ってくれたのだろう。その気持ちは分からなくもない。

「……ねえ、千歳。もし、私が料理を作ったら、おいしいって言って食べてくれる?」
「え? ひかりが? そんなの、食べてからでないと言えないよ」
「そ、それもそうか……」

 ごもっともな返しをされて、ちょっと恥ずかしくなった私は布団の中で俯いた。どうしてこんな質問をしたのだろう、と自分でも首を傾げていると、千歳はふっと笑って私の顎を上向かせる。そして、そのまま柔らかく口づけた。

「んっ……!」
「……まあ、でも。ひかりが僕のために作ってくれるなら、どれほど不味くても嬉しいかもね。できれば、おいしい方がいいけど」

 その言葉に目を見開くと、次の瞬間にまた口づけられる。緩く開いた唇の隙間からぬるりと舌を差し込まれて、私は体を強張らせながらもそれに一生懸命応えようとした。生温かい舌の感触に違和感はあったけれど、嫌悪感はない。

「ん、はぁ……それで? どうして急にそんなことを聞いたの?」
「え……? あ、えっと……」

 千歳とのキスで惚けかけていたけれど、はっとして現実に戻る。
 どうして、そんなことを思ったのだろう。木苺のように赤く輝く千歳の瞳をじっと見つめながら考えて、私はぽつりと答えた。

「……千歳が『おいしい』って言って笑うと、私も嬉しいから。私が作ったものでそう言ってもらえたら、もっと嬉しいのかなって、思ったんだ」
「うん。そっか」
「それで、ね……なんとなく、だけど。千歳だけじゃなくて、私みたいに一人でぼろぼろになってるどこかの誰かのために、イネさんが作ってくれたような温かい料理を作ってあげられたら楽しいだろうな、って……なんか、ふと思ったの」

 変かな、と逆に尋ねると、千歳は黙って首を横に振る。そして、少し赤くなった私の頬に手を添えて優しく言った。

「立派な夢だよ。よかったね、ひかり。目標が出来て」
「う、うん……? あ、でもね、千歳と一緒がいいな。一緒に小さな食堂とか開いてさ、千歳にはお運びさんをやってもらうの。そしたら、近所の奥さんとかたくさん来てくれそうだし」
「なにそれ。僕の役目はそれだけってこと?」
「うん、そう。客寄せパンダならぬ、客寄せ神様」
「罰当たりな子だねぇ」

 むぎゅっと頬を掴まれて、私はそのおかしな顔のまま笑った。
 夢物語を語ってはみたけれど、私と千歳にそんな未来はやってこない。そう遠くないうちに、きっと私は人間でも神でもない存在になって、そして千歳と共にあるためだけに生きるのだ。
 むしろその前に一度死んで、神世に連れて行ってもらうのも良いかもしれない。死んでも千歳が隣にいてくれるなら、それだけで十分だと思えた。

「さて、おしゃべりはお終いだよ。早くきみを抱きたい」
「えっ……! で、でも、イネさんが」
「大丈夫、起きないから。もしひかりが声を出しそうになったら、僕がずっと口を塞いでおくよ」

 そんなの、窒息したらどうするんだ。
 そう返そうと口を開いたけれど、その言葉は千歳に飲み込まれて消える。そのまま口内を舐められたかと思うと、千歳の唇は私の首筋を辿り、すぐに胸元まで降りていった。

「はぁっ……ん、んっ」
「ねえ、ひかり。乳首は舐めたら気持ちいいの?」
「なっ……! し、しらないっ」
「あはっ、顔が真っ赤になった。気持ちいいんだね」

 勝手にそう決めつけて、千歳はほんのり色付いた胸の先端をぺろりと舐め上げた。悔しいけれどやっぱりその刺激は気持ちよくて、私は千歳の頭に手を添えて小さく喘ぐ。さらさらの銀髪が心地いい。

「あ、あっ! ちと、せっ……!」
「すごいね、ひかりの体は。ここを舐めてるだけで、触らなくてもこっちが濡れてくる」
「え、あっ……!?」

 くちっと微かな音を立てて、千歳の指先が私の股の間に滑り込む。乳首を喰まれたまま蜜で湿った陰部を撫でられて、私は下唇を噛んで必死に声を堪えた。

「えらいえらい。声、我慢してるんだ?」
「っ……! だ、だって……!」
「まあ、我慢する必要ないんだけど。可愛いから、もう少し頑張ってごらん」

 ほら、とでも言いたげに、千歳の指が一気に二本挿入される。膣壁を擦り上げながら侵入してくる感覚に思わず叫びそうになって、慌てて両手で口元を押さえた。

「んっ、んんぅっ……!!」
「はぁ……あったかい。ずっとここに入れておきたい」
「っ……! な、にを、ばかなこと……」
「割と本気だよ? まあ、叶うなら指よりもこっちを入れておきたいけど」

 馬鹿げたことをいいながら、千歳がぐいぐいと腰を押し付けてくる。その中心は既に硬くそそり立っていて、まだ見慣れないそれを目にしてひゅっと息を詰めた。あからさまに怖気付く私に、千歳はにんまりと笑う。意地の悪い神様だ。

「なぁに? ひかり。何か言いたげだね」
「……べつ、に。悪い神様もいるもんだな、って思っただけ」
「あはっ、悪い神様か。うん、その通りだよ。ひょっとしたら、どの人間よりも欲深いのかもしれないね、僕は」

 なぜか嬉しそうにそう言ったかと思うと、何の前触れもなく千歳の陰茎がいきなり膣内に入り込んできた。え、と驚きの声を上げるより前に押し進められて、私の体内はすぐに千歳自身でいっぱいになる。

「ひっ、んぅっ──……!?」

 大きく喘いでしまいそうになった瞬間、千歳の手のひらで口を塞がれる。おかげで嬌声をあげずに済んだけれど、なかなかその手のひらが離れない。それどころか、そうして口を塞いだまま千歳は律動を始めてしまった。

「んっ! ん、んぅっ、ん、ふぅっ……!」
「だめだよ、ひかり。我慢するんでしょう? しょうがないから、僕がこうやって塞いでおいてあげるね?」
「んんんっ! んっ! んっ、ぐ、うぅっ!」

 大声をあげずに済むのはいいけれど、これではまるで無理やり千歳に犯されているみたいだ。
 大きな手のひらで口元を覆われたまま、下半身は千歳によって割り開かれている。そして膣内に入り込んだ剛直がひっきりなしに壁を擦るから、まともな抵抗なんてできるわけがなかった。

「気持ちいいね? ひかり。きみがたくさん濡らしてくれるから、ほら、僕のも蜜にまみれて、どろどろになってる」
「っ……! ん、んんっ!」

 いや、と否定したくて首を振るけれど、千歳は意にも介さず腰を打ち付ける。ぬぷぬぷといやらしい音が聞こえて、あの大きな滾りを簡単に飲み込んでしまった自分の体に驚きすら感じた。

「は……っ、ひかりっ……もっとほしい、きみの、全てがほしい……っ」
「え……んっ、んうぅっ!」

 ふいに千歳の手が私の口から離れ、ようやく大きく息を吸い込めたかと思いきや、今度は唇を使って塞がれてしまう。
 手のひらで押さえつけられるより大分ましだが、それと引きかえに千歳の熱いものが体の奥まで侵入してきた。そして、さらに奥まで割り開こうとしているのか、膨れた先端がぐりぐりと押し付けられる。

「んぅ─っ! んっ、はぁ、ちと、せ、それはっ……!」

 どうしよう。もっと奥まで、入ってはいけないところまで入られてしまう。
 そういえば昨夜、その場しのぎで「今度は奥まで入っていい」なんて口走った気がする。あの時は何も考えていなかったけれど、今がその「今度」なのではないだろうか。適当なことを言うんじゃなかった、と今さら後悔する。

「ん……っ? 考え事なんて、余裕だね。もっと、激しくした方がいいかな」
「あっ! あっ、ひあっ、ち、ちとせっ、そんなっ、つ、つかないでっ……!」

 思考を遮るかのように、がちがちに硬くなった猛りが私の体内を拡げていく。
 一番奥まではまだ辿り着いていないけれど、千歳の先端は様子を窺うように私の体の奥深くを何度も小突いた。擬音にするとしたら、とんとん、なんて可愛いものでは済まない。ごんごん、とか、ごりごり、とか、とにかく凶暴なものだ。

「ん、ぁっ……ふふっ、ひかり、涎まで垂らして。そんなに気持ちいいの? 嬉しいなぁ」
「ひ、やっ、ちがっ……!」
「え? 気持ちよくないの? まだまだ、足りないのかな」
「そ、そうじゃなっ、い! きもち、あっ、気持ちいいけどっ、んんっ、もぅっ……!」

 いつしか声を我慢することも忘れて、私は必死になって千歳の体にしがみついた。本当は押し返そうと思ったのだが、そこまでの力はもう無かったのだ。そうしている間にも千歳の熱い滾りに何度も責め立てられて、もう息も絶え絶えである。

 どうしよう。入られちゃう、入ってきちゃう。気持ちいいけど、きっと奥の奥まで入られたら、いつもみたいに果てるだけでは終わらない気がする。
 どうしよう、怖い。どうしよう、どうしよう──。

「──大丈夫だよ、ひかり。これ以上、奥には入らないから」
「っ、え……?」

 ふと聞こえてきた優しい声に、私ははっとして顔を上げる。そこには額にじんわりと汗を滲ませた千歳の綺麗な顔があって、その口元は穏やかに笑みをたたえている。激しく私の中を犯している男と同じとは思えないほど、その姿は神聖なものに見えた。

「は、はいらない……? ほんとう、に?」
「本当だよ。まあ、奥まで暴いてしまいたいのも、本当だけど。でも、我慢するから」

 柔らかく口づけを落とされて、私はうっとりと目を細める。膣内に入り込んだ千歳自身も、その言葉を証明するかのようにゆっくりと中を掻き回しているだけだ。

「ん、あっ……ご、ごめん、ね? がまん、させて……」
「ううん。ひかりと、こうしていられることだけで、夢みたいだから……いくらでも我慢するよ」

 どうして千歳は、こんなにも私を愛おしそうに見つめてくれるのだろう。
 つまらない意地で家を飛び出し、会社で酷い目に遭ったのも、すべては自分のせいなのに。千歳と共にいると、そんな私のすべてが許されるような気がしてしまう。

 千歳のこの想いが、ずっと私に向いていますように。この温かい腕の中に、いつまでも浸っていられますように。
 誰に願ったのかも分からないその想いを抱きながら、互いが緩やかに果てるまで、私はずっと千歳の温もりを感じていた。








 朝、目覚めると隣に千歳の姿がなかった。
 ぼうっとした頭のまま、脱ぎ散らかした下着と服を集めてのろのろとそれを着る。手ぐしで大雑把に髪を梳かしながら襖を開けると、庭に面した縁側に千歳が座っているのが見えた。

「おはよう、千歳。今日は早起きだね」
「……ああ、ひかりか。うん、おはよう」

 千歳もなんだか気の抜けた様子で、ぼうっと庭の草木を眺めていた。どっこいしょ、とその隣に腰掛けて、大きなあくびをしながら話しかける。

「イネさんは?」
「さっき、出掛けて行ったよ。朝市で朝ごはんの材料を買ってくるってさ」
「えっ!? は、早い……! ていうか、不用心だなぁ。昨日知り合ったばっかりの私たちに留守任せて……」
「まあまあ。……それより、ひかり。これ見て」
「え?」

 急に真剣な顔をして、千歳が私に何かを差し出してくる。怪訝に思いながらもそれに目を落とすと、それは何の変哲も無い今朝の新聞だった。

「新聞が、どうかしたの?」
「これ。ひかりの実家の味噌蔵が載ってる」
「えっ……!?」

 咄嗟に千歳の手からひったくるように新聞を取って該当する記事を探すと、それはすぐに見つかった。

「た、台風で、半壊……?」

 記事にある写真に写っていたのは確かに、生まれた時からずっと見てきた家の味噌蔵だった。しかし、屋根の瓦はほぼ崩れ落ち、漆喰の塗り壁にも大きな穴が空いている。とても古い建物ではあったけれど、それでも丈夫な作りなのだと父がいつも自慢気に話していたはずなのに。

「……この前、こっちでも雨が降ってたよね。その時にやられたらしい」
「そん、な……」

 呆然としながら、記事の隅々まで目を通す。
 数十年ぶりにこの地方を直撃した巨大台風により、家屋の屋根が飛ばされたり、建物自体が崩壊したりする被害が相次いだ。そして、特に甚大な被害が及んだのが私の実家のある地域だったらしい。
 記事には味噌蔵の主人として父の名前とインタビュー内容も載っていたから、きっと家族はみんな無事なのだろう。でも、記事の続きを読んで私はさらに愕然とした。

 ──なお、今回の台風と夏季の日照不足の影響により、この地域の農作物は記録的不作とのことだ。

 我が家の味噌は、国産の大豆、特に地元で採れた大豆を使用して作っている。それだけが強みでこれまで蔵をなんとか存続させてきたというのに、その大豆まで失ってしまったらどうなるのだろう。
 ただでさえ厳しい状態だった蔵のことを思い出して、私は表情を固く強張らせた。

「……一度、帰った方がいいんじゃない? ひかりのことだから、このまま旅を続けるなんて無理だと思うよ」
「千歳……」

 千歳の方を振り向いて、私は弱々しく彼の名を呼ぶ。
 本当なら一も二もなく実家に帰りたいところだけど、私は勘当されているのだ。あれから家族とは電話の一本もしていないし、帰ったところで追い返されてしまう可能性の方が高い。今さら蔵の心配なんてしてどうする、と冷静に考えている自分もいる。でも。

「……私、帰ってみる。家には入れてもらえないかもしれないけど、千歳の言う通り、知らなかったことにはできない」

 千歳の目をまっすぐ見て、私は覚悟を決めた。追い返されたとしても、家族の無事をこの目で確認できればそれでいい。家族から話は聞けなくとも、見知った職人さんや近所の人から近況を聞くことくらいはできるだろう。
 私の意思が固いことを認めたのか、千歳はこくりと頷く。そして、彼もまた腹を決めたように言った。

「分かった。僕も行くよ」
「え……」
「ああ、もちろんひかりの家族には会わないよ。でも、少しでもひかりの傍にいたいから。一緒に帰ろう」

 その言葉に、私は黙って頷いた。妙な胸騒ぎがするのはただの気のせいなのだと、自分に言い聞かせながら。
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