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蟻退治編

【第3話】アジトにて

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「ミリィ、危ない!」

別にたいして危なくないのだが、ハヤテは咄嗟に叫ぶと、振り向きざまにミリィの背後に忍び寄った山賊の男を袈裟斬りに切り落とした。

ハヤテは『カタナ』と呼ばれる異国の剣を振って血を払うと、ぼんやりと青白い光芒を放つ刀身を眺めながら呟いた。

「今宵の“月光”は血に飢えている......」

そんなハヤテを流し見ながらミリィは言った。
「あんたその、敵を斬ったあとにねっとりした目で剣を見つめながらブツブツ呟く癖やめなさい。なんかちょっと怖いのよ」

「え? あ、そうか?」
ハヤテはバツが悪そうに頭を掻いた。

2人が山賊のアジトに侵入してから、すでに1時間余りが過ぎている。
今は自然の洞窟を利用して作られたアジト内の広間のような場所で、まとめて5人ほどの山賊を討ち倒したところだった。

「それにしても変ね」
ミリィは地面に転がった山賊の頭を不謹慎に靴先で突き転がしながら言った。

「ん、何がだ?」
 
「もう20人以上こいつら倒してるけど、全部人間じゃない」

「そう言えば、そうだな」

「......場所、違ったかしら?」
その口調は、とても20人以上殺害したとは思えない軽さだ。

「まあ、どうせこいつらも悪党なんだから、大丈夫だろう」
そしてコイツもコイツである。

そこへ新手の山賊が1人、現れた。
「し、下っ端どもの死体が転がってるから来てみたら、な、なんだお前達は。侵入者、か?」

 口調はたどたどしいがその雰囲気は禍々しく、明らかに今まで倒してきた山賊とは雰囲気が異なっている。

「ハヤテ、気をつけて」
「ああ、分かっている」

ハヤテは一旦鞘に納めていた腰の両刀を再びスラリと抜き放った。

ミリィは怪しげな髑髏を模した秘石の付いたロッドを顔前に掲げた。

「お、お前達、オレに殺されるのか?」
山賊は2人に近づきながら、黒い眼窩の中の赤く小さな瞳を鈍く光らせた。

「いや、逆さ。お前が俺たちに殺されるのさ!」
ハヤテは低く素早く踏み込むと、左逆手に持ったやや短めのカタナ“疾風迅雷”を山賊の顔面に向けて薙いだ。

「ギギッ」
山賊は妙な声を上げながら、驚くほどの反射速度で体を反らせて避けた。が、ハヤテはさらに体を回転させながら右手の“月光”の刃で山賊の頬を深く抉った。

った!)

......いや、何かおかしい。

ハヤテは状況がうまく飲み込めなかった。本来であれば、月光は山賊の頭部を切断しているはずである。それがまるで岩でも斬ったかのように、刃は頬に食い込んだまま動かない。

「ギギーッ!」
異様な叫び声を上げて、山賊はハヤテの刃を掴もうとした。が、それより一瞬早くハヤテは山賊の胴を蹴飛ばし、めり込んでいた刃を抜いた。

「お、お前、よくもオレの顔に傷を! く、く、喰ってやる!」
後方に吹き飛ばされた山賊は叫びながらブルブルと体を小刻みに痙攣させ始めた。

「な、なんだ!?」
ハヤテは、顔をしかめて山賊を見つめるミリィの元へ飛び退しさった。

「ガガガ......」
山賊の痙攣はより激しさを増し、やがて絶叫とともに大きく体を仰け反らせると、バリバリと粗末な服が破れ、黒光りする胴が現れた。さらに額から先の丸い触覚のようなものが生え、大きく裂けた口から現れた巨大な1対の牙がガチャガチャと蠢いた。
その姿はまるで人間大の蟻のようであった。

「やっぱり魔物だったわね」
ミリィはあきれ気味に言った。

「よくできたものだな」
ハヤテはなぜか感心している。

「ギ......ギ......」
蟻の魔物は首をカクカクと動かしながら、ミリィに向けると、
「お、お前旨そうだな......」
と言って嬉しそうに牙を激しく打ち鳴らした。
次いでハヤテを見て、
「お前は、不味そう......」
と、心なしか気の毒そうに牙を1度だけ優しく鳴らした。

「そ......それは、食べてみなきゃ分かるまい」
ハヤテは体勢を低くし、両手のカタナを構え直した。

「ギギッ、 そうだな。ではまずお前からいただくとするか」

そう言うと、魔物は素早く跳ぶようにハヤテの間合いに踏み込み、鎌のように鋭い右腕を振るった。

間一髪、魔物の攻撃から身をかわすハヤテ。素早く反撃に転じる。

ハヤテのカタナと魔物の固く鋭い腕が金属音を響かせて交差した。

「......ラミナード・メイルーラ・ゲラルシャズワ・カタングナ・シャンガイルシュ・ゲ・ガズン......」

激闘の最中、背後から小さく囁くような声をハヤテは聞いた。

「.....暗渠に灯る漆黒の炎、燃ゆる闇、揺らめく焔。我が手に宿りてその仇灰塵に帰さん......」
チラリとそちらに目をやると、ミリィがロッドを掲げ呪文の詠唱をしている。

「ハヤテ!」
ミリィが短く叫ぶと、ハヤテは素早く身を翻し魔物と距離を取った。
その瞬間......。

ホーレ•ヒューエル!地獄の業火
ミリィは閉じていた両目をカッと見開いた。
魔物に向けたロッドの先端から暗黒の炎がほとばしる。

「ギャアアア!!」
炎は魔物を包み込み、やがて消し炭となって地に倒れた。

「やったな」
ハヤテは青黒い顔に笑顔を浮かべてミリィを見た。

「取り敢えずはね。でもまだ安心できないみたい」

ミリィの言葉通り、やがてガシャガシャという足音とももに、10体ほどの魔物の群れが現れた。

「もう人間に化けることもしないのね」
「全員同じ顔だ」

「ギギーッ」
そんな軽口を無視して、魔物は一斉に2人に襲いかかった。

「おおっ!」
短く叫んでハヤテが迎え撃つ。

その間、ミリィは後方にあって呪文の詠唱を始める。
「ゲブラロー•ガミーラ•デスカルシア•ウグ•マクマロッサ•ジーレンーネ•クタヌリオッツォ•ギニギニオー•ランデ......」
緑色の魔力マナが揺らめく。

「飢えた冥界の亡者どもよ、彷徨い来たりてその空腹を満たせ......ハヤテ!」

「ああ!」
ミリィの呼び掛けに応じて、ハヤテは素早く撤収する。

遊泳する餓鬼の頭骨シュウィーヴント•ガー•シェーデル!」

ミリィの声が終わると、どこからともなく4体の魚のような尾ひれの付いた巨大な髑髏が現れ、一通り泳ぐように宙に舞うと、やがて一斉に魔物どもに喰らいかかった。

「ギーッ!」
「ギギャーッ!」

まるで地獄絵図である。
魔物は必死の抵抗を試みるが、虚しくその数を減らしていく。
腹を満たしたミリィの亡霊たちは、やがて満足気に冥界へと帰って行った。

後に残されたのは、無数の魔物の食べかすと、喰い千切られ、噛み砕かれながらも辛うじて生き残った2体の魔物のみである。
2体はボロボロになりながらも、辛うじて残された腕と牙でミリィに襲いかかろうとした。

が......。

「真空烈風斬!」

という叫びとともに、ハヤテが振り下ろした2本のカタナの剣先から放たれた鋭い剣風が、目に見えぬ刃となって2体の魔物を両断した。

2体がほぼ同時に地面に倒れるのを見届けると、ハヤテは2本の刃を見つめながら、
「今宵の......」
と言いかけたところでミリィの冷たい視線を察し、慌てて、
「よいはヨイヨイヨイ......」
と訳の分からないことを呟きつつ、何事もなかったかのようにカタナを鞘に戻したが、ミリィから冷たく、「あんた何言ってんの?」と言われてしまった。

「そんなことよりハヤテ、感じる?」
険しい顔でミリィは話題を転じた。

「あ、ああ、いるな。とんでもないのが、この奥に」
ハヤテが頷く。

「行くわよ」
「ああ、行こう」

2人はアジトの最深部を目指して、広間を後にした。
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