略奪は 奪い取るまでが 楽しいの

エイ

文字の大きさ
38 / 83

悪意ある接触

しおりを挟む
 圭司がなぜ真剣な恋愛が苦手なのかは分からない。

 けれど、他人から聞いただけで「価値観が違う」などと決めつけてしまった過去を後悔する。彼が裕太の友人だったからというのもあるが、そのせいで当時は仲良くなれるとは思っていなかったのだ。

(高校時代、偏見持たずに仲良くしていれば良かったな……)

 でもあの頃、一度彼に助けてもらったことがある。

 麗奈と別れたあとの裕太は様子がおかしく、人が変わったように周囲の人へ攻撃的になっていた。
 麗奈に振られた原因を全て理沙のせいだと思い込んでおり、ある時部活の顧問と話していて帰りが遅くなり、一人になった時を狙って裕太が絡んできた。
 腕をつかみ殴りかからんばかりの勢いで怒鳴られ恐怖ですくみあがっていると、圭司が現れて理沙をかばってくれた。
 理沙を逃がしつつ裕太を引き留めてくれたおかげで、怪我もせず大事にならずに済んだ。
 圭司にとっては取るに足らない出来事だっただろうが、身近な人に裏切られて絶望していた理沙にとってはあの時の彼はヒーローに見えたし、気持ち的にずいぶんと救われた。
 だからこうしてまた縁がつながって嬉しかった。

「ま、とにかく警戒しておいたほうがいいよ。あの女には常識とか通用しないから、何するか分かんないし」
「怖いこと言わないでよ……」

 萌絵の脅しに震えつつ、食堂を出る。
 ビルの入り口で萌絵と別れて、エレベータ―に乗って自分のフロアに向かう。ちょうど給湯室の前を通った時、急にドアから飛び出してきて、誰かとぶつかって後ろに転んでしまった。

「きゃああ!」
「痛った!」

 床についた手に激痛が走る。

 だがそれよりも、目の前に大量の物が落ちてきて、『ガーシャン!』とガラスの割れる音が響き、割れた破片が散乱する。

 驚いてぶつかった人を見ると、その相手はなんとあの麗奈であった。

「いやああ! ひ、ひどいっ! 何するの理沙ちゃん!」
「……え」

 会社の制服をコーヒーまみれにして、麗奈が泣き叫んでいる。

(どうしてここに麗奈が……?)

 ここは彼女が仕事をするカフェテリアがある階ではない。オフィススペースにまさか麗奈がいるとは思わず、驚きで呆然としてしまう。
 床はお菓子がぶちまけられ、ガラスのポットが割れてコーヒーが水たまりを作っていて酷い有様になっている。

「大丈夫か! どうした⁉」

 麗奈の泣き叫ぶ声を聞きつけてオフィス内から人が駆けつけてくる。コーヒーでずぶぬれになっている姿を見て、皆が慌てて彼女を助け起こす。
 何があったのかと問う人々に、理沙が口を開く前に麗奈が叫んだ。

「りっ、理沙ちゃんが私を突き飛ばしてきて……! ひどい、これ会社の備品なのに……っどうしてこんなひどいことするのっ」
「は? え、なにを」

 突然ぶつかってきたのはそっちだと言おうとしたが、わああんと声を上げて泣く麗奈の声にかき消されて皆の耳には届かない。

「だっ、大丈夫? 麗奈ちゃん! ああ、ひどい……なんで君がこんな目に」
「うっ、ぐすっ。ごめんなさい……床、汚しちゃって……」
「いいよそんなの! それより怪我はない? 熱いコーヒーじゃなくてよかった」
「服がびしょ濡れだ。君はこのままじゃ帰れないね……誰か、着替えとか持っていないかい?」
「あっ、俺ジムに行く用の服ありますよ!」
「じゃ、女子更衣室を使って着替えていきなさい。君の会社には連絡しておいてあげるから。あー、百田君はまず割れたガラスを片付けなさい」

 主任に片付けを命じられポカンとしているうちに、同僚男性たちが麗奈を抱えるようにしてあっという間にその場からいなくなってしまった。

 割れたコーヒーポットとこぼれたコーヒー。
 そしてお菓子が散乱したお菓子を呆然と見下ろしていると、集まってきた同僚の女性たちが怒りながら理沙を助け起こしてくれた。

「何あれ、なんで百田さんに片付け押し付けていくのよ。おかしいでしょ」
「理沙ちゃん大丈夫? 何があったの?」
「いい大人がうえーんって泣く? つか、会社の備品ならあの子が片付けろっての」

 麗奈ことだけを気にかけていた男性陣と違い、女性社員は理沙のことを気遣ってくれる。

「ごめん、ありがとう。私も何が何だか……。あの子が急に給湯室から出てきてぶつかったんだけど、ひどいひどいって叫ばれてわけがわからないよ」

 ドアから突然飛び出してきた麗奈とぶつかったと説明すると、皆すぐに納得してくれて、あちらの不注意なのにあたかも理沙がわざとぶつかったような物言いをした麗奈に怒ってくれた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

イケメンエリート軍団??何ですかそれ??【イケメンエリートシリーズ第二弾】

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団の異色男子 ジャスティン・レスターの意外なお話 矢代木の実(23歳) 借金地獄の元カレから身をひそめるため 友達の家に居候のはずが友達に彼氏ができ 今はネットカフェを放浪中 「もしかして、君って、家出少女??」 ある日、ビルの駐車場をうろついてたら 金髪のイケメンの外人さんに 声をかけられました 「寝るとこないないなら、俺ん家に来る? あ、俺は、ここの27階で働いてる ジャスティンって言うんだ」 「………あ、でも」 「大丈夫、何も心配ないよ。だって俺は… 女の子には興味はないから」

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

処理中です...