初恋の泥沼

エイ

文字の大きさ
2 / 40

お見合いで結婚した夫

しおりを挟む
 ***

 夫とはお見合い結婚だった。

 お見合いするように両親が言ってきたのは、菜緒が短大の卒業後の進路を考えだした頃だった。
 菜緒の実家は、藤鶴家というかつては有名な企業をいくつも経営していた財閥の一族だったが、本家が事業に失敗してから、その煽りをくって父親の会社もかなり事業を縮小せざるを得なくなった。
 藤鶴の同族企業は軒並み経営不振に陥っていたので、父は別の取引先を探すのに必死になっていた。

 そんななか持ち込まれたのが、菜緒の縁談だ。

 自由恋愛が当たり前になっている今、お見合いなど古臭いと言われがちだが、それなりの家柄の場合、おかしな相手と縁続きになる可能性を排除するために、身元が確かな相手と結婚させるためにお見合いというシステムは珍しいことではない。
 このお見合いの話は、父親の商売相手のほうから持ち込まれた話だったが、身元も血筋も確かな藤鶴家の一族ということで、事業提携や資金援助の申し出があり、父親がものすごく乗り気になった。

 そもそも菜緒を短期大学の家政科に入れたのも、良い縁談相手を探すためだったと言われ、卒業しても就職させる気などないとその時にキッパリ宣言された。
 高校を卒業した時点ですでに嫁ぎ先を探していたらしく、色々吟味したうえでこのお見合い相手に父親が決めたから、最初から菜緒には選択権は与えられていなかった。
 そんな事情で決まったお見合いだったが、お相手の香坂紘一という男性は、背が高く落ち着いた雰囲気の素敵な人だった。

 その時、30歳だった紘一はとても大人のカッコいい男性に見えた。挨拶された時に、びしっとしたスーツ姿の相手に対し振袖姿の自分がとても子供っぽく見えて、恥ずかしく感じたほどだ。

 自然に女性をエスコートできて、穏やかに受け答えしてくれる姿に、菜緒はすっかり舞い上がってしまった。
 優しいし、菜緒の言うことを焦らせずゆっくり聞いてくれるし、なんでこんなカッコいいひとが独身なのかと不思議でしょうがなかったが、義母となる人が家柄や格式を重んじるタイプで、なかなかお眼鏡に敵う人がいなかったと仲人さんが教えてくれた。
 
 菜緒のことは気に入ってもらえたようで、本人が返事をする前に結婚の話はどんどん進んで行ってしまった。
 菜緒が短大を卒業したら結婚して、そのまま家庭に入ればいいと言われたが、一度はちゃんと就職して働きたいと菜緒は言った。
 
 せっかく短大まで行って勉強したのだから、その知識を仕事で活かしたかったのだが、両親も相手方も、『中途半端に社会に出て、悪いことを覚えたり変に擦れたりするのは困る』と難色を示されてあきらめざるを得なかった。
 そして婚約が決まったと同時に、紘一の実家へ住み込んで花嫁修業をするよう命じられ、義両親と菜緒が同居して、家事や香坂家のしきたりなどを仕込まれることになったのだ。
 短大はなんとか卒業できたが、義母の教え方苛烈で厳しく、一年ほど義実家で過ごすあいだでガリガリに痩せてしまった。

 過酷な花嫁修業という婚約期間を経たのち、菜緒は紘一と結婚をした。

 一回り歳の差がある紘一とは、夫婦というより上司と部下のような雰囲気で、家のことや菜緒のことは全て夫とその両親が決めて指示をするので、新婚の甘い雰囲気のようなものは最初から少しも感じられなかった。
 お見合い結婚であるため、仕方がないのかもしれないが、一度も恋愛したことがない菜緒は、恋人というものに憧れていたから、この淡々とした夫婦関係が少し寂しくもあった。
 けれど夫は、落ち着いた性格で感情表現が苦手なタイプなのだと思っていたから仕方がないと割り切っていた。

 そういう人だから仕方がないと、そう思っていたのに――――。
 
 あのパティシエの女性と出会った時の、夫の表情。

 少年のような顔をして、上ずった声で話しかける彼の姿は普段の様子とはかけ離れていた。夫はこんな表情もできたのかと純粋に驚いたが、恋する高校生みたいなはしゃいだ様子にショックを受けた。
 菜緒が見ていた夫の顔は、ずっと他人に向けるそれだった。

 妻になっても一緒に暮らしていても、夫にとって菜緒はずっと他人だったと思い知る。
 

 ***
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貴方の側にずっと

麻実
恋愛
夫の不倫をきっかけに、妻は自分の気持ちと向き合うことになる。 本当に好きな人に逢えた時・・・

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜

小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。 でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。 就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。 そこには玲央がいる。 それなのに、私は玲央に選ばれない…… そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。 瀬川真冬 25歳 一ノ瀬玲央 25歳 ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。 表紙は簡単表紙メーカーにて作成。 アルファポリス公開日 2024/10/21 作品の無断転載はご遠慮ください。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...