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お見合いで結婚した夫
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夫とはお見合い結婚だった。
お見合いするように両親が言ってきたのは、菜緒が短大の卒業後の進路を考えだした頃だった。
菜緒の実家は、藤鶴家というかつては有名な企業をいくつも経営していた財閥の一族だったが、本家が事業に失敗してから、その煽りをくって父親の会社もかなり事業を縮小せざるを得なくなった。
藤鶴の同族企業は軒並み経営不振に陥っていたので、父は別の取引先を探すのに必死になっていた。
そんななか持ち込まれたのが、菜緒の縁談だ。
自由恋愛が当たり前になっている今、お見合いなど古臭いと言われがちだが、それなりの家柄の場合、おかしな相手と縁続きになる可能性を排除するために、身元が確かな相手と結婚させるためにお見合いというシステムは珍しいことではない。
このお見合いの話は、父親の商売相手のほうから持ち込まれた話だったが、身元も血筋も確かな藤鶴家の一族ということで、事業提携や資金援助の申し出があり、父親がものすごく乗り気になった。
そもそも菜緒を短期大学の家政科に入れたのも、良い縁談相手を探すためだったと言われ、卒業しても就職させる気などないとその時にキッパリ宣言された。
高校を卒業した時点ですでに嫁ぎ先を探していたらしく、色々吟味したうえでこのお見合い相手に父親が決めたから、最初から菜緒には選択権は与えられていなかった。
そんな事情で決まったお見合いだったが、お相手の香坂紘一という男性は、背が高く落ち着いた雰囲気の素敵な人だった。
その時、30歳だった紘一はとても大人のカッコいい男性に見えた。挨拶された時に、びしっとしたスーツ姿の相手に対し振袖姿の自分がとても子供っぽく見えて、恥ずかしく感じたほどだ。
自然に女性をエスコートできて、穏やかに受け答えしてくれる姿に、菜緒はすっかり舞い上がってしまった。
優しいし、菜緒の言うことを焦らせずゆっくり聞いてくれるし、なんでこんなカッコいいひとが独身なのかと不思議でしょうがなかったが、義母となる人が家柄や格式を重んじるタイプで、なかなかお眼鏡に敵う人がいなかったと仲人さんが教えてくれた。
菜緒のことは気に入ってもらえたようで、本人が返事をする前に結婚の話はどんどん進んで行ってしまった。
菜緒が短大を卒業したら結婚して、そのまま家庭に入ればいいと言われたが、一度はちゃんと就職して働きたいと菜緒は言った。
せっかく短大まで行って勉強したのだから、その知識を仕事で活かしたかったのだが、両親も相手方も、『中途半端に社会に出て、悪いことを覚えたり変に擦れたりするのは困る』と難色を示されてあきらめざるを得なかった。
そして婚約が決まったと同時に、紘一の実家へ住み込んで花嫁修業をするよう命じられ、義両親と菜緒が同居して、家事や香坂家のしきたりなどを仕込まれることになったのだ。
短大はなんとか卒業できたが、義母の教え方苛烈で厳しく、一年ほど義実家で過ごすあいだでガリガリに痩せてしまった。
過酷な花嫁修業という婚約期間を経たのち、菜緒は紘一と結婚をした。
一回り歳の差がある紘一とは、夫婦というより上司と部下のような雰囲気で、家のことや菜緒のことは全て夫とその両親が決めて指示をするので、新婚の甘い雰囲気のようなものは最初から少しも感じられなかった。
お見合い結婚であるため、仕方がないのかもしれないが、一度も恋愛したことがない菜緒は、恋人というものに憧れていたから、この淡々とした夫婦関係が少し寂しくもあった。
けれど夫は、落ち着いた性格で感情表現が苦手なタイプなのだと思っていたから仕方がないと割り切っていた。
そういう人だから仕方がないと、そう思っていたのに――――。
あのパティシエの女性と出会った時の、夫の表情。
少年のような顔をして、上ずった声で話しかける彼の姿は普段の様子とはかけ離れていた。夫はこんな表情もできたのかと純粋に驚いたが、恋する高校生みたいなはしゃいだ様子にショックを受けた。
菜緒が見ていた夫の顔は、ずっと他人に向けるそれだった。
妻になっても一緒に暮らしていても、夫にとって菜緒はずっと他人だったと思い知る。
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夫とはお見合い結婚だった。
お見合いするように両親が言ってきたのは、菜緒が短大の卒業後の進路を考えだした頃だった。
菜緒の実家は、藤鶴家というかつては有名な企業をいくつも経営していた財閥の一族だったが、本家が事業に失敗してから、その煽りをくって父親の会社もかなり事業を縮小せざるを得なくなった。
藤鶴の同族企業は軒並み経営不振に陥っていたので、父は別の取引先を探すのに必死になっていた。
そんななか持ち込まれたのが、菜緒の縁談だ。
自由恋愛が当たり前になっている今、お見合いなど古臭いと言われがちだが、それなりの家柄の場合、おかしな相手と縁続きになる可能性を排除するために、身元が確かな相手と結婚させるためにお見合いというシステムは珍しいことではない。
このお見合いの話は、父親の商売相手のほうから持ち込まれた話だったが、身元も血筋も確かな藤鶴家の一族ということで、事業提携や資金援助の申し出があり、父親がものすごく乗り気になった。
そもそも菜緒を短期大学の家政科に入れたのも、良い縁談相手を探すためだったと言われ、卒業しても就職させる気などないとその時にキッパリ宣言された。
高校を卒業した時点ですでに嫁ぎ先を探していたらしく、色々吟味したうえでこのお見合い相手に父親が決めたから、最初から菜緒には選択権は与えられていなかった。
そんな事情で決まったお見合いだったが、お相手の香坂紘一という男性は、背が高く落ち着いた雰囲気の素敵な人だった。
その時、30歳だった紘一はとても大人のカッコいい男性に見えた。挨拶された時に、びしっとしたスーツ姿の相手に対し振袖姿の自分がとても子供っぽく見えて、恥ずかしく感じたほどだ。
自然に女性をエスコートできて、穏やかに受け答えしてくれる姿に、菜緒はすっかり舞い上がってしまった。
優しいし、菜緒の言うことを焦らせずゆっくり聞いてくれるし、なんでこんなカッコいいひとが独身なのかと不思議でしょうがなかったが、義母となる人が家柄や格式を重んじるタイプで、なかなかお眼鏡に敵う人がいなかったと仲人さんが教えてくれた。
菜緒のことは気に入ってもらえたようで、本人が返事をする前に結婚の話はどんどん進んで行ってしまった。
菜緒が短大を卒業したら結婚して、そのまま家庭に入ればいいと言われたが、一度はちゃんと就職して働きたいと菜緒は言った。
せっかく短大まで行って勉強したのだから、その知識を仕事で活かしたかったのだが、両親も相手方も、『中途半端に社会に出て、悪いことを覚えたり変に擦れたりするのは困る』と難色を示されてあきらめざるを得なかった。
そして婚約が決まったと同時に、紘一の実家へ住み込んで花嫁修業をするよう命じられ、義両親と菜緒が同居して、家事や香坂家のしきたりなどを仕込まれることになったのだ。
短大はなんとか卒業できたが、義母の教え方苛烈で厳しく、一年ほど義実家で過ごすあいだでガリガリに痩せてしまった。
過酷な花嫁修業という婚約期間を経たのち、菜緒は紘一と結婚をした。
一回り歳の差がある紘一とは、夫婦というより上司と部下のような雰囲気で、家のことや菜緒のことは全て夫とその両親が決めて指示をするので、新婚の甘い雰囲気のようなものは最初から少しも感じられなかった。
お見合い結婚であるため、仕方がないのかもしれないが、一度も恋愛したことがない菜緒は、恋人というものに憧れていたから、この淡々とした夫婦関係が少し寂しくもあった。
けれど夫は、落ち着いた性格で感情表現が苦手なタイプなのだと思っていたから仕方がないと割り切っていた。
そういう人だから仕方がないと、そう思っていたのに――――。
あのパティシエの女性と出会った時の、夫の表情。
少年のような顔をして、上ずった声で話しかける彼の姿は普段の様子とはかけ離れていた。夫はこんな表情もできたのかと純粋に驚いたが、恋する高校生みたいなはしゃいだ様子にショックを受けた。
菜緒が見ていた夫の顔は、ずっと他人に向けるそれだった。
妻になっても一緒に暮らしていても、夫にとって菜緒はずっと他人だったと思い知る。
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