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真実の愛をリビングで叫ぶ
しおりを挟む10時を過ぎた頃にようやく紘一は帰ってきた。
真っ暗なリビングのソファに菜緒がいるのに気付いて、驚きの声をあげていた。
「うわっ、お前……なにやってるんだよ。怖いな」
「紘一さん……ねえ、話がしたいんだけど、そこ座ってくれないかな?」
夫は一瞬面倒そうに顔をしかめたが、菜緒の異様な雰囲気に気付き、おとなしくダイニングテーブルに座った。
「なに? 風呂に入りたいから簡潔に話してくれ」
「あなた、あの彼女と一緒になるつもりなの?」
「……は?」
あの彼女、と言われ、夫は少し目を泳がせた。
「佐藤ほのかさん。あのパティスリーで会った人のことよ」
「っ、なんで……」
とぼけるか逡巡したようだったが、名前まで特定されていると分かって開き直ったように話し始めた。
「コソコソ嗅ぎまわってほのかのこと調べたのか? ……アイツと一緒になるつもりはないよ。彼女はそんなこと望んでないからな。俺はただアイツを助けてやりたいだけだ。お前が思うような関係じゃない。変な嫉妬で嫌がらせなんかしたら許さないからな」
「でもあの人と会っているんでしょう? 毎日のように、夜遅くまで一緒に居るっておかしいよね? 嫉妬するなっていうほうが無理だよ。だって、紘一さんはあの人のこと……好きなんでしょう? 昔の恋人を忘れられないんでしょう?」
核心に迫る言葉を放つと、夫は一瞬たじろいだが、やがて意を決したように口を開いた。
「……ああ、そうだ。ほのかは俺の初恋で、唯一付き合った相手だ。事情があって別れてしまったが、俺はずっと彼女のことを想っていた」
「そんなの……! じゃあ私はなんなの!? あなたの妻じゃないの? 他に愛する人がいるなら、どうして私と結婚したの! ひどいよ!」
菜緒が声を荒らげると、夫は普段大人しい妻の取り乱す様子に驚いたようだったが、すぐに目をそらして、面倒くさそうにため息をついた。
「親に強制されて仕方なく見合いしたんだ。そうじゃなきゃ、誰がお前なんかと結婚するものか」
夫の本音は菜緒の心を抉って殺すには十分だった。
見合い結婚だとしても、少なくとも菜緒は夫を大切にして愛しあう夫婦になろうと努力してきた。でも夫にはそんな気持ちはみじんもなく、少しの情も菜緒には抱いてくれていなかった。
「なんで……私のことは少しも好きじゃないってこと?」
「仕方がないだろう。だがちゃんとお前を妻として尊重していたじゃないか。ほのかのことも忘れるよう努力していた。だが、再会してやっぱり気付いてしまったんだ。俺はほのかを愛している。これはもうどうしようもない。彼女は俺にとって人生で唯一の人で、真実の愛なんだ」
もう菜緒は何も言葉が出なかった。結婚までした三十代の夫から、今更『真実の愛』なんて言葉をぶつけられるとは想像もしていなかった。
真っ青になる菜緒を見て、夫はほんの少しだけ気まずそうに目を逸らす。
「俺たち夫婦は、お互い条件が合うから結婚したのだから、愛だの恋だのと言う仲じゃないだろう。ほのかとは本当に何もないし、俺がただ心の中で想っているだけなのに、責められる謂れはない」
「でもそんなのおかしいよ! 結婚しているのに、他の人を愛しているなんて変よ! 何もないとか信じられるわけない! 不倫しているって思うのが当たり前でしょ!?」
菜緒が声を荒らげると、夫は拳をテーブルに強く叩きつけた。ダンッ! と大きな音が響き、菜緒はビクッと身をすくめる。
「……不倫だと? 下品な想像をしているようだが、俺は友人として、シングルマザーで大変な彼女を手助けしているだけだ。疚しいことなど何もない。こんな風に責められなきゃ、彼女を好きな気持ちも口に出すことはなかったのに、お前が土足で踏み込んできて勝手に暴いたんじゃないか! もういい加減にしてくれ!」
びりびりと耳に響く怒号を浴びせられ、菜緒はもう反論できなかった。
「……ご、めんなさい」
「分かればいい。もうこの話は終わりだ」
リビングの床にへたり込む菜緒を残して、夫は自室へと戻って行った。
その日は一睡もできなかった。
朝になって真っ赤な目のまま朝食の準備をする。
リビングに現れた夫は、菜緒のほうをみることもなく、機械的に朝食を食べ、一度も口を開くことなく出勤して行った。目すら合わせない夫を見送り、静まり返った部屋で一人、絶望的な気分になる。
……これからどうすればいいのだろうか。
謝罪して許しを請えば以前のように戻れるのだろうか。
けれど夫が彼女を愛しているという事実は覆しようがない。これからも夫は彼女の元へ通い、真実の愛とやらをはぐくみ続けるのだろうか。
何も疚しいことはないと言っても、彼女のほうから迫られたら夫は絶対に断らないだろう。今はまだ友人関係だとしても、このままでは恋愛に発展するのは時間の問題な気がする。いいや、それも結局夫が主張しているだけだし、もうとっくに恋人に戻っている可能性だってある。
このままではいけない……。
だがこの話題を出したらまた夫は怒るだろうし、話し合いなど不可能だろう。
八方ふさがりだ。
何もする気が起きず、リビングの床に座り込んだままどうすることもできず俯いていた。
どれくらいそうしていただろうか。
ようやく顔を上げた菜緒は、立ち上がって箪笥の引き出しの中を漁り始める。その手には菜緒の名義になっている銀行の通帳が握られていた。
家計は夫の紘一が全て管理しているが、菜緒には毎月20万円の生活費が渡されている。残った分はお小遣いにしていいと言われているため、残金がかなりの額貯まっていた。
このお金を持って菜緒はある場所を目指して家を出た。
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