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朽ちかけた家
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郊外の古い一軒家。
藤鶴、という表札は木が朽ちて文字がほとんど読めなくなっている。
大きな門構えは豪邸だったと思われる造りだが、荒れた庭と玄関が廃墟感を醸し出している。
錆びた門扉は開け放たれたままで、玄関のガラス部分にはヒビすら入っている。その割には警備システムと真新しい監視カメラがつけられていて、なんだかとてもアンバランスだ。
どうしてこんなに荒れ果てたままにしているのだろうかと疑問に思いながら、これまた昭和感のある呼び鈴を押す。
キンコン、という音の古いチャイムを何度か鳴らすと、家の奥からガタガタと音がして家人が出てくる気配がした。
「はいはい……って、ああ、菜緒。久しぶりじゃん。セレブ妻が底辺に何の用?」
「あ、私のこと分かるんだ……うん、久しぶり……」
家から出てきた相手は、菜緒のいとこの望だ。
この家は菜緒の実家、藤鶴の本家に当たる。
昔はいくつもの会社を経営していた名家だったが、十年前に破産して一家離散している。
売りに出された本家の屋敷を買い取ったのが、菜緒のいとこである望だった。
それ以来、彼はこの家にたった一人で住んでいる。
という話を菜緒は以前両親から聞かされていた。望とは、本家が倒産した後はしばらくメールでやりとりしていたが、直接会うのは七、八年振りだ。
「そりゃな。いとこの顔は忘れねーよ。むしろお前が俺の存在覚えてたことに驚いてるわ。んで、何しに来たの?」
「ごめん……えっと、あの、望くんに頼みたいことがあって……」
「ふーん?」
「……ダメかな?」
疎遠になる前は、いとこの中で望とは一番仲が良かった。
だから会えば普通に受け入れてもらえるかと期待していたが、この反応を見ると門前払いを食らいそうだ。
自分が思いあがっていたと、顔がかあっと熱くなる。
そんな様子を見た望はニヤッと笑って、玄関扉を大きく開けてくれた。
「どーぞ? 一族全員に恨まれている俺を訪ねてくるくらいだから、どうせろくでもない用事なんだろうけど、ほかならぬ菜緒だからな。聞いてやるよ」
ボサボサの髪をかきあげながら、望は恭しく右手を差し伸べて菜緒を招き入れた。
ちょっと皮肉っぽい物言いも変わらないな……と懐かしい気持ちになりながら、有難く部屋へ上がらせてもらった。
後ろから見る望の格好は、寝起きそのままのようなスウェット姿だ。昔は常に襟付きのシャツにスラックスというキッチリした恰好をしていたので、意外に感じる。
でもスウェット姿であっても望は様になるほど見た目が良い。
親戚の人で彼のことを「ぞっとするほど奇麗な顔」と言っていたことを思い出す。
昔は彼の悪魔のような本性は綺麗な顔の裏に完璧に隠されていて、本家に対して反旗を翻すまで一族の誰もが従順な優等生だと思い込んでいた。
いとこの中で唯一仲良くしていた菜緒にだけには腹黒い一面を見せていたので、望のことは決して品行方正な優等生などではないと知っていたけれど。
「そこ座ってな。コーヒー淹れてやる」
「あ、ありがと。おかまいなく……」
「おかまいなくって何。要るの? 要らないの?」
「えっ、ごめん。有難くいただきます」
「最初っからそう言えよめんどくせえ」
そういえばこのいとこは、建前とか大嫌いだったなと思い出す。
望はキッチン前にあるテーブル席に菜緒を案内すると、コーヒーを淹れて持ってきてくれた。
お礼を言ってから口をつけると、酸味が少なくしっかりした苦味が菜緒好みの味で、思わず感嘆のため息が漏れる。
キッチンは一部だけがリフォームされており、真新しいカウンターのスツールに座るよう促された。後ろをちらりと振り向くと、ほこりをかぶって色あせたリビングが目に入る。
一部は新しくリフォームされているのに、そのほかは装飾品にいたるまでそのままで、あまりにもアンバランスで空間を切り貼りしたみたいな錯覚に陥る。
「んで? 俺になにを頼みにきたの?」
部屋の様子に意識を飛ばしていたところで、急に本題に切り込まれて一瞬言葉に詰まる。
なんと言ったものか悩んだが、遠回しに誤魔化しながら言っても、多分全部見透かされてしまうだろうから、正直に言うしかないと思い、ためらいながらも口を開いた。
「えっと……ある人の……素性とか、探る方法とか、教えてもらえないかなっ……て……望くんならそういうのできるだろうって思ったから」
「ふぅん。それってどうせ旦那の浮気相手の素性を調べたいとかだろ? くっだらね」
菜緒は夫の浮気相手だなんて言っていないのに、男は迷いなくそう言ってのけた。
このいとこは昔からそうだ。一を聞いて十を知るというのを体現している。
彼を訊ねてきたのには、理由がある。
このいとこは、過去に本家の人間を全員破滅に追い込んで一家離散に追い込んでいる。
望は、本家の経営する会社の株価を暴落させ倒産させた。
会社を潰すのと同時に、本家の人々の過去や秘密などの弱みを全て調べ上げ、その人が一番ダメージを食らうかたちで暴露し、破滅に追い込んだ。
秘密の暴露に関しては、一人や二人などではなく、本家の人間とその会社に関わる親族にまで及んだらしいので、一体どんな手法で調べたのかと当時一族の間で大騒ぎになっていた。
当時、菜緒は中学生だったが、崩壊していく一族を不思議な気持ちで見ていた。それを引き起こしたのが高校生だった望だ。一族のそれなりの立場にある大人たちがいいように翻弄され、なすすべもなく堕ちていく。不謹慎かもしれないが、菜緒は純粋に『すごい』と思って、ひそかに望を尊敬したりもしていた。
人の弱みやスキャンダルをどうやって調べたのか。当時も親族間で非常に話題になった。
だから夫の彼女の素性を調べたいと考えた時、まっさきにこのいとこの顔が浮かんだ。
夫と話ができないのなら、彼女と話をするしかない。けれど、夫と同じように『ただの友人だ』と突っぱねられたらどうしようという不安があった。
お願いするだけでは聞いてもらえないかもしれない。
だからまず、彼女の素性を知っておきたかった。
彼ならば人の素性を調べる方法を知っているだろう。
世間知らずで者知らずの自覚があるから、そういうことに詳しそうな望にアドバイスをもらいたくて、こうしていきなり訪ねてきたわけである。
とはいえ、まったく考えナシにいきなり来てしまって、望の迷惑そうな態度を見て相当失礼なことをしてしまったのだと早くも後悔し始めていた。
郊外の古い一軒家。
藤鶴、という表札は木が朽ちて文字がほとんど読めなくなっている。
大きな門構えは豪邸だったと思われる造りだが、荒れた庭と玄関が廃墟感を醸し出している。
錆びた門扉は開け放たれたままで、玄関のガラス部分にはヒビすら入っている。その割には警備システムと真新しい監視カメラがつけられていて、なんだかとてもアンバランスだ。
どうしてこんなに荒れ果てたままにしているのだろうかと疑問に思いながら、これまた昭和感のある呼び鈴を押す。
キンコン、という音の古いチャイムを何度か鳴らすと、家の奥からガタガタと音がして家人が出てくる気配がした。
「はいはい……って、ああ、菜緒。久しぶりじゃん。セレブ妻が底辺に何の用?」
「あ、私のこと分かるんだ……うん、久しぶり……」
家から出てきた相手は、菜緒のいとこの望だ。
この家は菜緒の実家、藤鶴の本家に当たる。
昔はいくつもの会社を経営していた名家だったが、十年前に破産して一家離散している。
売りに出された本家の屋敷を買い取ったのが、菜緒のいとこである望だった。
それ以来、彼はこの家にたった一人で住んでいる。
という話を菜緒は以前両親から聞かされていた。望とは、本家が倒産した後はしばらくメールでやりとりしていたが、直接会うのは七、八年振りだ。
「そりゃな。いとこの顔は忘れねーよ。むしろお前が俺の存在覚えてたことに驚いてるわ。んで、何しに来たの?」
「ごめん……えっと、あの、望くんに頼みたいことがあって……」
「ふーん?」
「……ダメかな?」
疎遠になる前は、いとこの中で望とは一番仲が良かった。
だから会えば普通に受け入れてもらえるかと期待していたが、この反応を見ると門前払いを食らいそうだ。
自分が思いあがっていたと、顔がかあっと熱くなる。
そんな様子を見た望はニヤッと笑って、玄関扉を大きく開けてくれた。
「どーぞ? 一族全員に恨まれている俺を訪ねてくるくらいだから、どうせろくでもない用事なんだろうけど、ほかならぬ菜緒だからな。聞いてやるよ」
ボサボサの髪をかきあげながら、望は恭しく右手を差し伸べて菜緒を招き入れた。
ちょっと皮肉っぽい物言いも変わらないな……と懐かしい気持ちになりながら、有難く部屋へ上がらせてもらった。
後ろから見る望の格好は、寝起きそのままのようなスウェット姿だ。昔は常に襟付きのシャツにスラックスというキッチリした恰好をしていたので、意外に感じる。
でもスウェット姿であっても望は様になるほど見た目が良い。
親戚の人で彼のことを「ぞっとするほど奇麗な顔」と言っていたことを思い出す。
昔は彼の悪魔のような本性は綺麗な顔の裏に完璧に隠されていて、本家に対して反旗を翻すまで一族の誰もが従順な優等生だと思い込んでいた。
いとこの中で唯一仲良くしていた菜緒にだけには腹黒い一面を見せていたので、望のことは決して品行方正な優等生などではないと知っていたけれど。
「そこ座ってな。コーヒー淹れてやる」
「あ、ありがと。おかまいなく……」
「おかまいなくって何。要るの? 要らないの?」
「えっ、ごめん。有難くいただきます」
「最初っからそう言えよめんどくせえ」
そういえばこのいとこは、建前とか大嫌いだったなと思い出す。
望はキッチン前にあるテーブル席に菜緒を案内すると、コーヒーを淹れて持ってきてくれた。
お礼を言ってから口をつけると、酸味が少なくしっかりした苦味が菜緒好みの味で、思わず感嘆のため息が漏れる。
キッチンは一部だけがリフォームされており、真新しいカウンターのスツールに座るよう促された。後ろをちらりと振り向くと、ほこりをかぶって色あせたリビングが目に入る。
一部は新しくリフォームされているのに、そのほかは装飾品にいたるまでそのままで、あまりにもアンバランスで空間を切り貼りしたみたいな錯覚に陥る。
「んで? 俺になにを頼みにきたの?」
部屋の様子に意識を飛ばしていたところで、急に本題に切り込まれて一瞬言葉に詰まる。
なんと言ったものか悩んだが、遠回しに誤魔化しながら言っても、多分全部見透かされてしまうだろうから、正直に言うしかないと思い、ためらいながらも口を開いた。
「えっと……ある人の……素性とか、探る方法とか、教えてもらえないかなっ……て……望くんならそういうのできるだろうって思ったから」
「ふぅん。それってどうせ旦那の浮気相手の素性を調べたいとかだろ? くっだらね」
菜緒は夫の浮気相手だなんて言っていないのに、男は迷いなくそう言ってのけた。
このいとこは昔からそうだ。一を聞いて十を知るというのを体現している。
彼を訊ねてきたのには、理由がある。
このいとこは、過去に本家の人間を全員破滅に追い込んで一家離散に追い込んでいる。
望は、本家の経営する会社の株価を暴落させ倒産させた。
会社を潰すのと同時に、本家の人々の過去や秘密などの弱みを全て調べ上げ、その人が一番ダメージを食らうかたちで暴露し、破滅に追い込んだ。
秘密の暴露に関しては、一人や二人などではなく、本家の人間とその会社に関わる親族にまで及んだらしいので、一体どんな手法で調べたのかと当時一族の間で大騒ぎになっていた。
当時、菜緒は中学生だったが、崩壊していく一族を不思議な気持ちで見ていた。それを引き起こしたのが高校生だった望だ。一族のそれなりの立場にある大人たちがいいように翻弄され、なすすべもなく堕ちていく。不謹慎かもしれないが、菜緒は純粋に『すごい』と思って、ひそかに望を尊敬したりもしていた。
人の弱みやスキャンダルをどうやって調べたのか。当時も親族間で非常に話題になった。
だから夫の彼女の素性を調べたいと考えた時、まっさきにこのいとこの顔が浮かんだ。
夫と話ができないのなら、彼女と話をするしかない。けれど、夫と同じように『ただの友人だ』と突っぱねられたらどうしようという不安があった。
お願いするだけでは聞いてもらえないかもしれない。
だからまず、彼女の素性を知っておきたかった。
彼ならば人の素性を調べる方法を知っているだろう。
世間知らずで者知らずの自覚があるから、そういうことに詳しそうな望にアドバイスをもらいたくて、こうしていきなり訪ねてきたわけである。
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