初恋の泥沼

エイ

文字の大きさ
8 / 40

悪手

しおりを挟む


「まあ大抵の相手なら情報丸裸にできるけどね。でもそんな痴話げんかのためになんで俺が労力を割かなきゃなんねーのよ。やだワめんどくせえ」
「ごめん、あの、望君にやってほしいとかじゃなくて、調べ方とか教えてもらえたらなって……。探偵とかに頼むにしても、どこを選んだらいいのかとか、基本的なことすらわからないから……」
「旦那の不倫なら、もう弁護士に相談すればいんじゃねー?」
「いや、それがね、本人は不倫じゃないって言ってて……。なんか人生で唯一愛した女性なんだって。初恋の彼女が真実の愛? とかで、疚しい関係じゃないっていうの。シングルマザーで困ってるから手助けしてるだけだって言うし。いっそ不倫なら話が早いんだけど、私とは別れる気はないみたいでさ」
「はあ? なんだそれ、ウケる。お前が嫁じゃなかったっけ? 真実の愛とか寒すぎて今時中学生だって言わねーよ」

 望は笑いすぎて椅子からひっくり返りそうになっていた。

「なんか面白そうな話の気がしてきたから、聞いてやる。最初から詳しく話してみろよ」

 そこで菜緒は自分が今置かれている状況と、夫の言動を包み隠さず男に話した。
 望とは疎遠になっているあいだに菜緒は結婚したので、結婚に至った経緯から今に至るまでの出来事を話して聞かせる。
 菜緒がここを訪れた理由までを放し終わると、最初ゲラゲラ笑っていた望も、最終的には『うわぁ……』とドン引きした表情になっていた。

「菜緒の旦那、クソじゃん。お前もクソ旦那のクソ理論に言い負かされんなよ。馬鹿じゃねーの? ま、それはいいけどさ、それで相手の彼女の素性を探ってどーすんの? 普通に別れたほうが早くね?」
「いや、その……私もまだ離婚するとまでは思いきれなくて。それに実家も離婚なんてゆるしてくれないだろうし、だったらもう彼女のほうに夫と適切な距離でお付き合いしてくれって頼みにいこうかなって思って……」
「はあなるほど。その女との、『お話合い』のために弱みを握っておいて、脅しに使いたいわけか。納得」

 脅すつもりじゃ……と言いかけたが、絶対にそんなつもりが無かったかと言うと嘘になる。
 できれば彼女のほうから距離を取ると言ってほしくて、何か交渉材料になりそうなものが無いか探ろうとしていたのだから、脅しと変わらないのかもしれない。
 口籠ってしまった菜緒に対し、望は心底呆れたような目線をくれて、大きなため息をつく。

「ほんっと……お前、つまんない奴になったよなあ。見た目もそうだけど、なんでそんなに俗物で面白みのない奴になっちゃったの? 昔はもっと面白かったのになあ。残念だよ」

 かあっと顔が熱くなるのを感じる。
 話し合いを有利にすすめるために彼女の情報がほしいと思っていたが、確かに弱みを握って彼女に釘を刺したいという小狡い考えがあったのは否めない。
 冷静になってみると自分は相当最低なことをしていると気がついて、死にたいくらい恥ずかしくなった。

 夫に反論できないことも、彼女に矛先を向けていることも、疎遠になっていた相手に突然ろくでもないお願い事をしにきていることも、全部最低だ。
 ここで泣いたらもっと最低だと思うけれど、涙がこみ上げるのを抑えられずじわじわと視界が滲んでくる。

「だ、だって……ほかにどうすればいいか分からなかったんだもの! 私だっていっぱい考えたよ! でもこんな解決法しか思いつかなかったの!」

 恥ずかしさのあまり、菜緒が声を荒らげると男はすっと目を眇め無言のまま菜緒に手を延ばしてきた。
 その表情から、望が怒っているように見えて、反射的に謝ろうとしたところで、ぐっと首を掴まれた。

「うるせえ。くだらないことしか言えねえなら、口を開くな」
「く、苦しいよ。やめてよ、望く……」

 親指で喉元を押されて、喋りかけた言葉を飲み込んで黙る。

「相手の女のトコ行くより前に、アホなこと言ってる旦那を何とかしろよ。しばらく会わないうちに、お前すっかり思考停止したクズに成り下がってたんだな。がっかりだよ」

 冷たく冷静な声音とは裏腹に、彼からは燃えるような怒りを感じる。
 どうして怒っているのか分からなくて震えるしかできない。じわりと涙が溢れてくる。泣きそうになる菜緒を見下ろして、望は手を放してため息をついた。

「まあ、昔のよしみで助言してやるけど。女に直接交渉しに行くのは悪手だぞ。脅迫されたって旦那にチクられて、怒った旦那は徹底的にお前を潰しにかかるだろうな。菜緒有責で離婚できる理由ができて、喜ぶかもしれない。そんで初恋の彼女と再婚できてハッピーエンドってオチだ。そういうの理解してるか?」
「わ、私有責で、離婚? なんで私が悪いことになるの? 浮気みたいなことしているのは、夫のほうなのに。私は何も悪いことしてない!」
「いや、嫉妬に駆られて相手を脅迫したら、お前が悪いに決まってるじゃん。不倫の証拠を押さえることもしないで、旦那を責めるでもなくまず女の弱みを探ろうとするとか、自分の有責ポイントを加算してどーすんの? 頭悪くすぎて吐き気がするわ」

 男に自分が悪者になると指摘されて、菜緒はようやく自分が間違ったほうへ進んでいると理解した。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貴方の側にずっと

麻実
恋愛
夫の不倫をきっかけに、妻は自分の気持ちと向き合うことになる。 本当に好きな人に逢えた時・・・

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜

小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。 でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。 就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。 そこには玲央がいる。 それなのに、私は玲央に選ばれない…… そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。 瀬川真冬 25歳 一ノ瀬玲央 25歳 ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。 表紙は簡単表紙メーカーにて作成。 アルファポリス公開日 2024/10/21 作品の無断転載はご遠慮ください。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...