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家族団らん
しおりを挟むそれは彼女とその息子が自撮りする写真だったが、ピースする男性が顔を映さない構図で写り込んでいた。
懐かしい友達、という書き込みと共に投稿されている。
首から下だけの画像だったけれど、服装と体格を見て夫だと気づいてしまう。
(紘一さんはあの女性と会っているんだ……)
しかもその息子も一緒だ。ピースする夫をこれまで一度も見たことがない。
菜緒はもう彼女の動向を逐一確認せずにはいられなくなり、SNSを一日中監視するようになってしまった。
それほど頻繁に更新されるわけではないが、その日の食事については必ず写真がアップされる。ある時、『ご飯作る気力がないから今日は手抜きでファミレス!』というコメントと写真がアップされ、よく見ると夫が菜緒は夫が子どもも交えて食事に行っていることに激しいショックを受けた。
まるで幸せな家族の一場面のような写真に、菜緒は怒りと絶望に襲われて手に持っていたスマホを投げ捨ててしまった。
それからは居てもたってもいられず、考えなしにあの店へと走って行った。
店の前まで来てみたものの、何を言ったらいいのか分からずしばらく外から彼女の姿を眺めていた。
例の彼女は厨房と店内を忙しく駆け回り、笑顔でお客に対応して、ひと時も立ち止まることはなかった。楽しそうに商品の説明をして、時には頭を下げて謝罪し、一生懸命働いていた。
その姿を見て、仕事中の人の邪魔をすべきではないと頭が冷えて菜緒は店から立ち去った。
とはいえ、ひとりきりの家に帰る気にもならず、菜緒は未練がましく近くにあるカフェに入って彼女の店をぼんやりと眺めて時間を過ごした。
夕方の繁華街は仕事帰りの人がたくさん行き交っていて、速足で通り過ぎて行く。誰もがどこかに用事があって、誰かの元へ向かっているように見えて、自分だけが無意味な存在に思えて菜緒はカフェの中だというのに泣きそうになった。
日が暮れて、いい加減店を出なければと思い始めた頃、窓の向こうに夫の姿を見つけた。
自宅に帰るのであればここは通らない道だ。目で追っていると、案の定夫は例の店へと入って行った。しばらくすると店から夫が出てきて、その隣には例の彼女がいた。
どこへ行くのかと気になって、菜緒は慌てて後を追った。
二人は話に夢中で、挙動不審な動きで後ろからついてくる菜緒のことなど気付きもしない。やがてビルの一階にある保育所に二人で入っていき、しばらくしてから三、四歳くらいの男の子を夫が片手で抱いて出てきた。
完全に家族にしかみえない三人は、そのまますぐ傍のファミレスに入って行った。
菜緒はしばらく逡巡していたが、彼らが一番奥の席についたのを見て、後を追って店に入った。彼らの死角になる後ろの席が空いていたので、そこに案内してもらって飲み物を注文した。
盗み聞きするような真似をしている自分に後ろめたさを感じつつも、聞き耳を立てずにいられなかった。
「……今日も付き合ってもらっちゃって悪いねー!でも、時間大丈夫なの? そんな無理して手伝ってくれなくていいんだよー」
「いや、どうせ帰っても飯ないし、ついでだから気にするなよ。俺も太一と遊ぶの楽しいし。なー、太一」
「なー」
子どもがいるからか、大きな声で話しているのであちらの会話が丸聞こえだった。
(え? どうせ帰っても飯ないしって……。作らなくていいって言ったのは、そういうことにしたいから、頑なに食べてくれなくなったの?)
冷水を浴びせられたように震えが止まらなくなった。自分は夫にとって一体なんなのだろう。夫があんなふうに明るくおどけて話したのを初めて聞いた。
夫は自分には上司と部下みたいな物言いをしてくる。それでも、この人はそういう人なんだと思って納得していた。でも本当の夫は、こんな快活に話す人だった。その事実だけで菜緒は死んでしまいたいくらい落ち込んだ。
「こーいちくん、これ食べてぇ」
「ん?ブロッコリーか?ちゃんと野菜食べないと大きくなれないぞ」
「はい、あーん」
「うーん、しょうがないな」
「ちょっと、甘やかさないでよー。太一、ちゃんと野菜食べなさい」
「太一がくれたブロッコリー、美味しいなあ」
夫は人の食べかけを口にするのは無理だと言っていた。分け合うのも汚らしいとすら言っていた。それなのに、子どもの使っているフォークで口に運ばれて嬉しそうにおどけている。
この辺りで菜緒の精神は限界を迎えたので、彼らの話を聞いていられず席を立って店を出た。
歩きながら涙が止まらなかった。
好きな相手がいるのなら、結婚なんかしなければよかったのに。
正式な妻とは他人のような態度で接する癖に、他人の息子と家族ごっこをしている紘一の神経がわからない。
それとも菜緒と離婚して彼女と再婚するつもりでいるのだろうか。
でも彼女の反応を聞いていると、夫とは友人のような態度に思える。彼女に脈がないから、まだ離婚しないだけかもしれない。だとしたら、今は彼女を口説いている途中なのだろう。
菜緒は部屋のリビングで電気もつけないままぼんやりとソファに座っていた。
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