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ファストフード
しおりを挟むかなり深夜になってしまったが、菜緒が家に帰ってもまだ紘一は帰っていなかった。
いつもなら一人分の食事を作るところなのだが、今日はファストフードで食事を買ってきたので、荷物を持ってそのまま自室へ向かった。
望の言っていた、やりたかったことをやれば? という言葉を思い出し、勢いでジャンクフードを買ってきてしまった。
結婚当初から夫と寝室は別だったので、自室は菜緒だけの部屋だから、匂いなどを気にする必要もない。
ベッドに借りてきた本を広げて、菜緒はカーペットの上に座ってファストフードの紙袋を開けた。
ポテトの匂いが鼻をくすぐる。
ファストフードなんて子どもの頃に食べたきりだった。手づかみで食べるなんて野蛮だと言われていたのを思い出して、背徳感に包まれながらバーガーをほおばる。
ハンバーガーはビックリするほど美味しかった。
今まで食べたどんな高級料理よりも、今の菜緒には美味しく感じた。続いてコーラのカップを手に取る。ストローを刺して勢いよく吸い上げると、口の中でパチパチとはじけてむせてしまった。一気に飲んではいけないと学習し、恐る恐る少量ずつ飲むとすごく甘くてシュワシュワしてすごく美味しい。菜緒はコーラを飲むのは人生で初めてだった。
(甘い炭酸飲料は骨を溶かすと母は主張していたけれど、本当のとこはどうなのだろう?)
栄養が無くて体に悪いだけと言われていたファストフードの食事は、なんだか楽しくて美味しくて、気付けばポテトの端切れまで余さず全部綺麗に食べつくしていた。
食事を終えて、手を洗ってから今日望から借りてきた本を手に取った。
お勧めだと言われるがまま渡された本は、よく見てみるとみんなきわどい絵の表紙の漫画ばかりだった。
読んでみると、とんでもなくいやらしい内容で、菜緒は目が回りそうになった。性的な話なんて、純文学の描写くらいでしか目にしたことがない菜緒にとってアダルト漫画は衝撃的だった。
異様に巨大な乳房の女の子の絵は、デフォルメされすぎてもはやホラーにしか見えない。
世の中にはこんな漫画が一般販売されていることにも衝撃を受けたが、特に驚いたのが、男同士の恋愛漫画だった。
恋愛要素だけなら良かったのだが、あからさまな性描写があり、性交の様子が緻密に書き込まれ、そしてセックスにそんなにバリエーションがあるのかと驚くほどいろんなシチュエーションとプレイが丁寧に描き込まれていた。
菜緒は本を閉じて慌てて望に電話を掛ける。
「ちょ、ちょっと望くん! 貸してくれた本、すごい内容なんだけど! なんであのチョイスなの?もっと普通の漫画貸してよ!」
『エロくてくだらない話のほうが楽に読めるだろ。落ち込んでるお前を励まそうとしてやったのになんだよその言いぐさ。BL本なんて一冊ずつしか持ってないお宝なんだぞ? 大事に読めよ』
そういってすげなく電話を切られてしまった。
仕方なく貸してもらった本をぱらぱらと眺める。確かに、今はキラキラした恋愛物なんて読みたいとは思えないし、重い話も気持ちが落ち込みそうだ。確かにエッチな話は、バカみたいな設定が多くて読んでいて楽しい。
ちょっとドキドキするが、せっかく菜緒のためを思って貸してくれたのだからちゃんと読んでみることにした。
しっかり読んでみると、どの漫画もメチャクチャな設定の割には、細やかな心理描写と伏線が丁寧に描かれていてとても面白い。最後に張り巡らされた伏線が集約されて、完璧なオチをつける面白い話ばかりだった。
いやらしい表紙というだけで、自分で手に取ることはなかっただろうし、望に借りなければ一生読む機会がなかっただろう。
「すごい……」
気が付くと菜緒はお風呂にも入らずゴミも片づけないまま徹夜で読みふけってしまった。窓から朝日が差しこんで、ようやくそのことに気が付いた。
「あ……朝? あっ、朝ごはん作ってない」
大分日が高くなっている。そういえば夫が昨夜帰宅したのか、それすら記憶にない。
部屋から出てリビングに行ってみると、今日の新聞やコップがダイニングテーブルに置いてあったので、どうやら帰ってきて、すでに会社に行ったようだった。
これまで菜緒が朝ごはんを作らなかったことなどない。
起きても来ない妻に夫はどう思っただろうか。でも菜緒の部屋に様子を見に来ることもしなかったので、顔を合わせなくて済んでホッとしているのか。
朝ごはんを作って見送るのが当然と思っていたが、別にやらなくてもいいんだと気が付いた。
よくよく思い返してみれば、朝から張り切って何品も作り、ちまちまと小鉢を並べ立てたダイニングテーブルを見て夫はいつも大きなため息をついていた。
そしていくつかの小鉢を申し訳程度につまむだけでほとんど残してしまうのが日常になっていた。
朝食とはこうあるべき、と花嫁修業で義母から教え込まれた。
妻の仕事だからやらなくてはと思い込んで毎日そうしていたが、夫にとっては迷惑だったのかもしれない。
昨日、カーテンを引くのも忘れた居間は朝日がさんさんと差し込んで室内を明るく照らしている。
いつもなら朝食後は洗濯をして、それから棚の上から床の端々まで掃除をするのだけれど、夫も自分もほとんど滞在していない部屋は散らかってもいない。
色々なところに飾ってある生花の水だけ換えて、掃除も洗濯もしなくていいかと思い直し、自分もお茶だけ飲んでまた自室に戻った。
毎日家を掃除して磨きたてて花を飾って庭を整えても、深夜に帰宅する夫は庭など見えないし、居間が綺麗だろうが汚かろうがどうでもいいだろう。どうせ寝に帰るだけだ。最低限暮らせるようにしてあれば問題ない。
そう思うとすごく気が楽になった。
ご飯も作らなくていいなら買い物にも行かなくていいし、好きなものを自分の好きな時間に食べればいいだけだ。
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