初恋の泥沼

エイ

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たくさんの楽しいこと

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 ***

「それでね、どうしてもステージ5がクリアできないんだけどどうしたらいいかな?」
『知るか。あれからぶっ通しでやってんのかよ。アホだな』
「だってひとつクリアしてもまた次が始まるのよ? 終われないじゃない」

 どんなにやり直してもどうしても敵が倒せない。そんな相談を持ち掛けられた望からは受話器越しに心底呆れた声が聞こえてくる。

『そういうとこ、変わんねえな。昔、数独パズル全部解かなきゃ終われないとか言って俺に電話してきたことあったよな』
「あーあったねえ。だって解けないとスッキリしないし。望くんはどんな質問でも絶対答えをくれたよね。ホント天才だなって思ったよ」

 このいとこは勉強ができるだけじゃなくクイズや謎解きも簡単に解いてしまっていた。だから菜緒は、勉強のことだけでなく、分からないクイズがあるといつも望に電話をして教えてもらうのが恒例となっていた。くだらない質問に文句を言いながらも、いつも菜緒の電話につきあってくれていたことを思い出す。

「まーでも、目が霞んできたからゲームはちょっとお休みするよ」
『そうしろ。攻略できないって何度も電話されんのもメーワクだ』

 不眠不休でやり続けたせいで眼精疲労がすさまじい。これ以上はまずいと思った菜緒は、ちょっとゲームは休みにして別のやりたかったことに移行しようと考えた。

「次は絵を描いてみようかな」
『ああ、いんじゃね。油絵か? 水彩画のほうが始めやすいか』
「ううん、あのね、漫画書いてみようと思って」
『は?』
「以前、絵画教室で漫画絵を描いてるのを見つかって辞めさせられちゃったんだ。だから、今度こそ思う存分描いてみたいんだ。この前望くんに漫画借りて読んだら、すごく面白くて、描いてみたい気持ちが再燃した」

 絵画教室にはたくさんの本があって、高価な画集に交じって漫画もたくさん置いてあった。授業の前後にそこで漫画を読むのが生徒たちに楽しみのひとつでもあった。
 菜緒も家で漫画を禁止されていた分、文字通りむさぼるように読んでいた。それを見た先生が、時間が余った時に漫画の描き方なども教えてくれるようになったのだ。楽しいと思うことを大切にしようと言う先生は、生徒のやりたいことを何よりも優先してくれた。
 紙に絵を描くだけでワクワクしたあの頃の感覚を、もう一度思い出したい。

『……面白いじゃん。いいなそれ。あーいいこと思いついた。画材買うのちょい待ち。買い物一緒に行くわ』
「え、一緒に? う、うん分かった」

 昨日と同じように駅前で待つよう言われ、再び車に乗せられる。
 てっきり画材屋に連れて行ってくれるのかと思ったら、到着したのはPC機器の販売店だったので、訳が分からず望に説明を求める。

「なんでパソコン? 私画材買いたいって言ったんだけど……」
「せっかくだからデジタルで描いてみろよ。加工しやすいし、描いた絵をネットにアップする時もデジタルのほうがいい」
「デジタルで描く!?」

 突然の提案に驚くしかない。紙に描く以外の選択肢があるとは思っていなかった菜緒は、店に入っていく望を必死に引き留める。

「い、いやいやいや。私はただ、手慰み程度に描きたいだけで、どこかに投稿するつもりなんてないし! デジタルで描くとかやったことないよ」
「はあ? やったことないからできないとか言ったら面白くねーだろ。ごちゃごちゃ言わずとにかくやれって。暇な専業主婦さまは時間持て余してんだろ」

 有無を言わさず男は菜緒を引っ張って連れて行き、店員にアレコレ注文して勝手に買うものを決めてしまった。PCと周辺機器も含めて30万くらいになっていて、さすがにこんな金額を出せるわけがないと店員を止めようとしたが、望は更にとんでもないことを言い出した。

「俺が買うからいいんだよ」
「なんで!? 買ってもらう理由がない!」
「俺が買ったものを菜緒にかしてやるだけ。だったら問題ないだろ」

 菜緒が何を言っても無視されて望はさっさと会計を済ませてしまった。
 あっさり一括で買ってしまったことに、菜緒はひとつ疑問が浮かんでくる。
 以前両親から聞いたのは、望は本家を倒産させた後は作った会社も全て売却して、引きこもりになっているという話だった。貯金はあるのだろうが、無駄遣いをしては今後困るのではないかと菜緒は心配になった。
 
「ねえ……望くん、今仕事してないんでしょ? お金大丈夫なの?」
「いや? 以前の会社は売却したけど、不労所得もある。道楽でオーナー業もしてるから無職じゃねーよ。まあそれは金だけ出すみたいな立場だけどな。でもそれなりに儲かってるよ」

 なんてことないみたいに男は言ってのけるが、それはすごいことなんじゃないんだろうか。
 中学の時に事業を成功させてから、彼は商売に関しては挫折知らずだ。
 昔からすごいとは思っていたが、この男は菜緒が思うよりももっと底知れない天才なのかもしれない。
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