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隠れ家的マンション
しおりを挟む天才は凡人とは見えているものが違うというが、望から見れば親と夫の言いなりで生きてきた菜緒のことなんて愚鈍な馬鹿にしか見えないだろう。
今まで、どんな風に思われているかなんて気にしていなかったが、今更ながら『つまらない奴になった』と言われた言葉が菜緒の心をずんと重くのしかかってきた。
(本当に、私の人生ってくだらない……)
買い物を済ませた後、また自宅まで送ってくれるのかと思っていたら、着いたところは全く知らないマンションだった。
地下駐車場からカードキーが無いと入れないエレベーターに乗せられ着いた部屋は、斬新な造りの1LDKのデザイナーズマンションだった。
「え? ここ、なに?」
「俺の持ってる物件。前に税金対策で買ったんだけど、空いてるから菜緒に使わせてやるよ」
「使わせて……え? なんで?」
さらっと税金対策で買ったと言ってのけた上に、『使わせてやる』発言で菜緒はもう訳が分からずパニックだった。
いくらぐらいするのか見当もつかないが、管理費だけでも相当かかりそうな物件を遊ばせておくなんて、この男は菜緒が思っているよりも資産家だったのかもしれない。すっかり引きこもりになっていると聞いていたから、無職なんだと思い込んでいた。
「もしかして、望くんて……セレブなの?」
「うわ、キモイ表現すんなよ。まあ、金には困ってないけどな。それより、このPC自宅には持って帰らないほうがいいぞ。金の出どころを疑われて、痛くもない腹探られたら面倒だろ。それに、実家は多分お前の味方じゃねえから、もし旦那から逃げたくなった時に避難場所がないと困るだろ」
それに、と言って望はニヤリと笑う。
「やってみたかったことは本気でやれよ。趣味とか手慰みとかぬるいこと言ってねーで、全力でやれ。この部屋貸してやるから、本気で描いてみろよ。お前ならできるだろ?」
本気で、と言われても、ただ昔禁止されたことをやってみようと思っただけで、どうしてこんなことになるのかと菜緒は困惑した。
「どうして……ここまで協力してくれるの?」
呟く菜緒に、男は笑みを消して真面目な顔で答えてくれた。
「今のお前は、頭からっぽの量産型ダッチワイフみたいで、見ていて気持ちが悪いんだよ。そうなっちまったのは俺にも責任があるから、その罪滅ぼしだよ」
「気持ち悪いかあ……」
「菜緒、両親に刷り込まれた価値観とか、旦那のこととか全部取っ払って、一回ちゃんと自分でやりたいと思ったことに本気で取り組んで形にしてみろよ。したら見えてくるものあるはずだ」
思いがけず優しい声で言われ、菜緒は胸がぎゅっと苦しくなる。
夫も両親も、菜緒にはただ大人しく従順であれとしか望まなかった。意見などしようものなら生意気だと怒られ、女は黙って夫に従うのが当たり前だとされてきた。
だが望は、自分で考えろ、行動しろと菜緒に言ってくれる。彼にとっては当たり前のことなのかもしれないが、菜緒にとってはそれがとても嬉しかった。
「絵を描くのもひさしぶりだし、なにを描いたらいいか分からないけど、やってみるよ。昔行ってた絵画教室、すごく楽しかったんだよね。絵を描く仕事に就きたいって先生に相談したりして……そんなことも忘れてたなあ」
絵画教室は自由で楽しかった。先生は高名な画家さんだったが、芸術に正解などないと言って、上手い下手の優劣はつけず子どもがやりたい気持ちを尊重してくれていた。
「菜緒の絵、俺好きだったんだよな。昔さ、俺が親戚のやつらが集まっている光景を見て、『魑魅魍魎みたいだ』って言ったら、お前その場でさらさらと親戚たちの顔で百鬼夜行の絵描いて俺に寄こしてきたの覚えてるか?すげえ似てて、俺めちゃくちゃ笑ったんだよね」
そんなものを描いたかどうか記憶が曖昧だったが、当時クロッキー帳を持ち歩き、興味のある者を片っ端からスケッチしていたような覚えがあるから、ふざけて描いたかもしれない。
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