初恋の泥沼

エイ

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ネットに晒してみろ

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 声をかけられてハッとして顔をあげると、もうとっくにお昼を過ぎている時間だった。いつの間にか四時間くらい経過していたらしい。ペンを置くと指と肩がガチガチに凝っていて驚いた。

「昼飯、どっか食いに行くか?」
「あ、いや私お弁当持ってきちゃったから」
「はあ? 俺のは?」
「いや、だって望くんがいるとは思わなかったから、作ってないよ……」

 今日約束していたわけじゃないし、とごにょごにょ言うと、明らかに不満そうな顔をしている。

「じゃあ……半分食べる? お弁当っていっても、常備菜詰めただけで何の面白みもないんだけど……」
「食う」
「でも小さいから足りないかな。コンビニで何か買い足してくるよ」
「宅配頼むからいい」

 望は、何食いたい? と言いながらスマホを操作している。コンビニがマンション下にあるのだからわざわざ宅配しなくていいと言ったのだが、ひきこもりを舐めんなよと訳の分からない主張をされさっさと注文を完了していた。
 三十分もしないうちに、頼んだ品が届いて、テーブルにそれが並べられる。
 生春巻きに、フォー、バインセオといったベトナム料理が並ぶ。
 宅配なんてピザくらいしか頼んだことがないので、こんな料理も届けてもらえるのかあと、料理を眺めながら謎の感動を覚えていた。

「うわ、美味しそう。ベトナム料理なんて数えるくらいしか食べたことない」
「二人分以上あるから好きなだけ食え。弁当は俺が食ってやるから」

 そう言って望はさっと弁当箱を自分のほうに引き寄せる。冷蔵庫の在庫処分みたいなおかずばかりのお弁当だよと釘を刺すが、蓋を開けて食べ始めてしまった。
 仕方なくテーブルに並ぶ料理を一人で食べ始めると、どれも美味しくて箸が止まらない。食べなれない香草も食欲をそそる要素にしかならない。
 紘一は香草とか香辛料の類が嫌いで、中華料理すらもあまり好まないから、ベトナム料理なんて学生時代に友人と食べたきりだった。
 
「そういや俺、普通の弁当食うの生まれて初めてだわ」
「……えっ? 初めて?」

 食事に集中していたら、望が衝撃の言葉を発する。

「うん。小学校の運動会とかの時は料亭で頼んでたし、中学は学校にカフェテリアあったから弁当作ってもらったことなかったな。だから人が作った弁当っての食ってみたかったんだよな。なんか、普通で普通に美味い」
「普通で普通ってなによ。自分で食べるつもりだったんだから、しょうがないじゃない」
「褒めてんじゃん、美味いって。なあ、明日も弁当作ってきてくれよ」
「明日も来るってまだ決めてないんだけど……」

 どうせ夫も帰ってこないのだから暇だろうと言われているようで、ちょっと言いよどんでみるが、確かにどうせ暇なので、弁当を作ってくると約束してしまった。

「よし、飯食い終わったらちょっと絵見せてみろ。ネットに投稿できそうなものあったらどんどんあげてこう」

 食後に甘いベトナムコーヒーを飲んでいると、望がタブレットを手にして先ほどまで菜緒が描いていた絵をスライドして確認し始めた。どんな意見を言われるのかちょっとドキドキしながら待っていると、望はタブレットを操作して何か作業をしている。

「イラスト、出来のいい奴はもう投稿したから。こっちのアカウントは絵とかイラスト専用な。漫画はまた別のSNSとかにアカウント作ってあるから、ソッチに載せる」
「えっ! も、もうネットにアップしちゃったの!? ちょっとまだ早いってば」
「晒せるクオリティだと思ったからアップしたんだよ。まあでもただのイラストだから、そんなに閲覧されないだろうけど、評価はつくと思うぞ」
「ええーでも怖いな……」

 不特定多数に見られて批評されることなんて今までなかったので、正直反応があってもなくても怖い。

「それより、漫画のネタなんだけどさ、実話系で描いてみねえ?」
「実話系? って、誰の実話?」
「もちろんお前の。タイトルはなんだろなー。夫が不倫を真実の愛と主張する、とか? 実話暴露系、ウケると思うんだよね」
「……はあっ!? 嫌だよ! そんなの誰が描いたかすぐわかっちゃうじゃない!」
「もちろんフェイクは入れる。親とか親戚が見てもばれない程度にボカすけど、当事者が見たら分かるようなエピソードを紛れ込ませるんだよ」

 望の考えはこうだ。
 事実に基づいたフィクションとするが、話のネタは菜緒の心情を描いた漫画にする。夫が初恋の人と再会してしまってから顧みられなくなった妻の現状を、ドキュメンタリー方式で漫画を投稿していく、というストーリーを計画しているらしい。

「だってお前の現状マジでネタみたいじゃん。絶対ウケるって。それに漫画にしたら自分が置かれているのか客観的に見れるようになるだろ。読んだ人たちのコメントで他人からどう見えるのか知れるし」
「他人から、どう見えるか?」

 正直面食らったが、菜緒が漫画を描きたいと言い出した時から考えていたことだったらしい。

「お前の旦那、世間一般から見てどんだけクソか理解してる? 浮気うんぬん以前の問題なんだよ。他人から見て自分がどんな扱いされてるか、自己分析のつもりで描いてみろ」

 あとは復讐になれば面白い、と言ってニヤリと笑う。
 夫とのことは、暴走して彼女の弱みを探ろうなどとおかしい思想に暴走してしまった自覚があるから、今は望の言うようにやりたかったことをして、あえてその問題を考えないようにしていた。
 でも望はその先のことまで考えてくれていたのか……と少し感動する。

「うん……分かった。望が私のために考えてくれたことだもんね。ネットにあげるかはまだちょっと考えさせてほしいけど、自分を客観視するいい機会だし、描いてみるよ」

 菜緒がそう言うと、望は笑みを深くする。
 じゃあネタを考えるために菜緒の現状を全て書き出せと言われ、質問責めにされて正直気まずかった。
 望は人から情報を引き出すのが上手く、時系列がバラバラな菜緒の話を質問しつつ奇麗にまとめてくれた。
 文字に書き出すと言う行為は、散らかった部屋を片付ける行為みたいだ。
 ぐちゃぐちゃでとっちらかった状況をひとつひとつ分類して片付けて棚に整理すると、今まで見えなかった自分の気持ちがはっきりしてくる。
 感情論で話す菜緒の言葉を客観的に書き直し、分かりやすく整理してくれたものを、自分で読んでみろと渡された。
 望が書いてくれた内容を見ると、他人目線だと自分はずいぶんと酷いことをされているなあと実感して、乾いた笑いがこみ上げてきた。
 菜緒の表情を見て望も皮肉っぽい笑みを浮かべる。

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