初恋の泥沼

エイ

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カップ麺より早い

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「つーかさ、いくら見合い結婚だったからって、別にお前が無理やり結婚を迫ったわけでもないのに、八つ当たりされすぎだろ。セックスはするけどキスはしないとか、風俗嬢かよ」

 ひどい言葉で嘲られて本来は怒るところだが、全くその通りなので苦笑するしかない。
 今更望に取り繕っても仕方がないから、訊かれるままに夜の生活についても事細かに話してしまったが、改めて突っ込まれると恥ずかしくてしょうがない。
 まさかいとこにセックスのトータル回数を数えられることになるとは思わなかった。

「長男だから……子どもは絶対必要だからって、月に一回だけ……義務でしていたのよね。すっごく不本意って感じで、まるでこっちが悪いことをしているみたいな気分になるの」
「なんだっけ? 性交時間は十分以内で? 入れたら三分? その短い時間でも痛くてしんどいんだっけ? 下手くそなうえに超早漏とか、面白すぎ」
「私は笑いごとじゃないんだけど。傷になるから二、三日ずっと痛いし」
「前戯ナシでいきなり突っ込んでんのかよ。ママから腰を振るセックスしか習わなかったのかなー。これ絶対ネタで使おうぜ。挿入して三分以内で発射とか死ぬほどおもろい」
「いやだよ。そんなの特定された時、私もダメージが大きいもの」
「その辺は上手くやるって。バズって旦那が見た時に本人なら思い当たるってだけで、他はフェイク入れて特定できないようにするし。誰も旦那がカップ麺とは気づかねえって」
「カップ麺って呼ぶのやめて。今日どんな顔して夫に会ったらいいのよ」
「お湯入れて五分かかるカップ麺もあるっていうのにお前ときたら……って思っとけばいいよ」
「ちょ……! カップ麺とかって!」

 その言葉で耐え切れなくなって、菜緒はお腹を抱えて笑い出す。自分のことなのだから、笑っている場合ではないのだが、あまりにもバカバカしくて笑いが止まらない。
 夫との性生活についてはずっと菜緒のコンプレックスだったが、こうして望に笑い飛ばされると気が楽になった。

「性交時に痛いことよりも、嫌々されているのが本当にみじめだったんだよね……。見た目が悪いのかなって心配になって、必死に筋トレしたり肌ケアしたり色々努力したけど、夫にとってはそういうのも鬱陶しかったみたい」
「つーかさ、旦那は性的になんか問題があんの? 結婚数年経ってんならまだ分かるけど、新婚でそれだろ? なんで頑なに拒否してんのか意味わかんねえ」
「あー……どうだろ。不能じゃないけど……多分この結婚が不本意だってことを私に分からせたいんじゃないかな」
「はあ?」
「この縁談って親同士が勝手に決めたもので、紘一さんは嫌だったけどご両親には逆らえなかったらしいの。だから義務として子作りはするけど、本当は嫌なんだっていう不満をアピールしてるのかも」
「キモいな。でもそれお前にアピールしてどうすんの? もっと意味わからん」
「そうだね、私も分からないや」

 改めて夫から受けた仕打ちを顧みると、扱いがぞんざいどころか、憎まれているのかと思うほどひどい。不本意な結婚だったとしても、結局受け入れたのは夫自身のはずだ。それなのにまるで菜緒が悪者かのように扱うのは理不尽だ。

(私もくだらない人間だけど、よく考えたら紘一さんも大概よね)

 両親に逆らえないのに内心は不満だらけで、その不満を逆らえない立場の妻にぶつける。偉そうに振舞っているけど、中身は気の弱い卑怯者だ。
 夫のことをそんな風に想うなんて、少し前では考えられなかった。家庭内で夫の言うことは常に正しく、口答えなんて妻の立場では許されないと両親から口を酸っぱくして言われていたから、それが当たり前と受け入れてしまっていた。


「文字にして書き出してみると、本当に気持ちの整理ができるんだね。私、どれだけ馬鹿だったか分かったわ」
「他人からの意見も聞いたら、もっと馬鹿なことしてたって分かるはずだぞ」

 体験談を漫画にしてネットにあげるのは抵抗があったけれど、望と話しているうちに前向きになっていた。
 それでも個人情報を晒す不安はあったが、望が上手いことフェイクを盛り込んでくれたプロットを作ってくれたので、確かにそれなら特定されないだろうと納得できるソレを見て、描くことを了承した。

 嘘と本当を絶妙に織り交ぜてあり、ところどころにちりばめられているエピソードは、本人であれば思い当たる節がある、という内容になっている。
 相談を重ねて、まずはSNSにあげる用に簡潔にまとめた話を数話、実話に基づいた話として菜緒の置かれている状況などを描いた話を作ると決まった。

「じゃ、この流れで描いてみて」
「わかった。まず下書きで簡単な絵で描いてみるね」

 落書きのような絵でコマに描いてみると、ラフ画のつもりだったその絵を望は採用した。

「これくらい単純な線のほうが見やすい。このままでいこうぜ」
「え、でも雑すぎない?」
「いけるって。スマホで見ると描きこんでもごちゃごちゃして逆に見づらくなるし」

 とりあえず描いた絵が採用され、これも、これも描いてと言われ心の準備ができないままあっという間に事が進んでいく。
 短いお話をいくつか描き上げると、望がタブレットを菜緒から取り上げ何やら作業している。
 黙って待っていると、望がタブレットを返してくれた。

「はい、投稿かんりょー。まあ始めたばっかりだし、毎日あげてきゃそのうちフォローがつくようになるよ」
「ええっ、もう?」

 さっそくできた話をさっそくネットに投稿してしまったらしい。
 心の準備が……とぶつぶつ言う菜緒の言葉はまるっと無視されて、望はもう別の作業に取り掛かっている。
 フォローがつくと言われても、こんな最低な話が万人受けするとは思えないし、さほど見る人もいないだろう。菜緒にとっては、気持ちを整理するために描いたものだから、そちらのことは二の次だった。

「できるだけ書き溜めとけよ。菜緒がここに来られなくても、俺が毎日更新しとくから」
「うん、分かった。ここに挙げたネタで作っておくね」

 望に言われたとおりに数枚描き上げて、その日は終わりになった。昨日夜遅くなって夫の機嫌が非常に悪かったから、今日もまた遅くなれば文句を言われるのは必至だ。夕方には部屋を出る。
 どうせなら家でも描きたいと思ったのだが、タブレットを夫に見られるのはまずいと言われ貸してもらえなかった。それだけでなく家で絵を描くのも禁止と言われた。

「菜緒が絵を描けるってことも旦那には知られないほうがいい」

 家を出る前にそのように釘を刺される。
 夫は菜緒のことに興味などないから心配いらないと言ったが、普段と違うことをすると目立つから、家で絵の練習をするのもダメだと念を押されてしまった。
 分かったと答えると、望は満足そうにうなずき扉の前で菜緒を見送った。

 ***

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