初恋の泥沼

エイ

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初めての反抗

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「当てつけで夜中に飲み歩いているのか? 俺が仕事で遅くなったからって、お前が家事を放棄して遊び歩いていい理由にはならないだろう。みっともない真似はやめろ」
「当てつけ? あなたは好きに外食して遅く帰ってくるのに、私はダメなの? 趣味を持て、俺だけに固執するなって言ったのは紘一さんじゃない。その通りにしているのに、責められる理由が分からないわ」

 夫婦なのだから、もっと出掛けたり一緒の時間を過ごしたりしたいと頼んだことがあった。だが紘一からの返事は、休みの日まで疲れさせるなという冷たい言葉だった。
 暇でつまらないなら、趣味を持って交友関係を広げろと何度も言ったのを忘れたわけではあるまい。
 そう指摘すると、少し冷静になったのか声のトーンが下がる。

「じゃあ……何か習い事でも始めたのか? それならちゃんと月謝や内容について報告すべきだろう」
「報告? え、必要だったの?」

 報告もなにも、ほとんど顔を合わせないのだから無理な話だ。何を勝手なことを言っているのかと呆れてしまう。
 結婚当初に話題の一環としてその日にしたことや買い物の話をして家計簿を見せようとしたら、いちいち細かいことを報告しなくていいと言われた。
 それが顔に出ていたのか、菜緒と目が合うと少しびっくりしたような顔をして、夫はそれ以上何も言わず目を逸らして部屋へと戻って行った。
 いつもならすぐに謝る菜緒が反論してきたことで出鼻をくじかれたのだろう。
 菜緒自身、今までの自分だったら夫の意見が正しいと思って謝罪したかもしれない。主婦が夜に出歩くべきではない。外食もすべきでない。お酒などもってのほか。家を守るのが妻の役目。
 それが一般的な世間の常識。だからその常識を逸脱した自分が悪いと謝罪したはずだ。
 けれど、今の菜緒には夫の言い分が理不尽に感じた。
 なぜ自分ばかり我慢を強いられるのかと、我慢できず反論してしまっただけだ。
 ここへ来てようやく、菜緒は気付く。
 常識や世間的にはとかどうでもいい。嫌なら嫌だと言うべきだった。
 納得させる必要などない。そもそも菜緒の意見などどうでもよいと聞きもしなかったのは向こうのほうだ。
 あちらが菜緒の気持ちを理解する気がないのだから、こっちも考えなくていいだろう。
 そう思うと断然気が楽になる。

「あっちが干渉してくるなって態度だったんだから、私も干渉される謂れなんてなかったのよね。ひとりで気にしすぎていたのが馬鹿みたい」

 一人納得して菜緒は足取り軽く自室に向かう。
 まだ酒が抜けていないせいで思考が衰えていたせいで、紘一が怒っている雰囲気を出していたことにもきづかなかった。

 ***

 朝起きるといつも通り紘一はもう出勤したあとだった。
 今日は燃えるゴミだと気が付いて、冷蔵庫のなかを確認して整理を始める。
 よく見ると牛乳の消費期限が切れていた。シンクに牛乳を飲んだと思われるコップが残っていたが、夫がお腹を壊さないといいなと思いながら紙パックの中身を流して捨てた。
 野菜は悪くなっているものだけゴミ袋に入れて、集積所に出して片づける。
 無事だった野菜をこのまま腐らせるのも忍びないので、しかたなく常備菜にでもしようと久しぶりに台所に立つ。

 タッパーに詰めて、常備菜として冷蔵庫に入れるものと、小分けにして冷凍するものに分け、ついでにお弁当箱に詰めて今日のお昼ご飯を用意した。
 作ったお弁当をカバンに詰めて、菜緒は家を出た。
 行き先は望が所有するマンションだ。
 昨日の今日で行くのもどうかと思ったが、絵を描きたい意欲に火がついて居ても立っても居られない。
 ウキウキしながらマンションに向かい、もらった合鍵で部屋を開けると望の靴があった。

「うわ、いたの」
「うわってなんだよ。俺所有の物件なんだからいてもいいだろ」

 リビングから顔を覗かせた望は、菜緒の失礼な反応に笑いながら応じる。
 確かに家主なんだから居て当然だ。図々しく来た菜緒のほうが失礼極まりない。

「絵、描きに来たんだろ? 邪魔しねえから好きに練習してろよ」

 ほい、とタブレットを渡されソファ席を使うよう促される。望はPCルームで仕事をするからと言って別室にこもってしまった。
 望からは基本的な漫画の描き方という本を読んで見本通りに描いて提出しろと宿題をだされていたのでまずそれを仕上げる。
 あとは好きに描いていいと言われたので、思いつくままに絵を描いて、遊びながらソフトの使い方を覚える。
 集中して描いているうちに、だんだん手が慣れてきて紙と同じ感覚で使えるようになってきた。
 絵に没頭すると、意識がぼうっとしてきて、目の前の絵しか見えなくなって時間が経つのを忘れてしまう。

(そうだ、この無心になれる感じが好きだったんだ)

 集中していると、世界が自分に向かって閉じて行くような感覚がする。他のことは頭から全部飛んで行って、絵を描くのが楽しいという気持ちだけで手が動く。

「もう昼だぞ。ちょっと休憩しろよ」

 声をかけられてハッとして顔をあげると、もうとっくにお昼を過ぎている時間だった。いつの間にか四時間くらい経過していたらしい。ペンを置くと指と肩がガチガチに凝っていて驚いた。

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