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これまでの行動で、夫は菜緒を妻として認めたくないと思っているのだろうと結婚当初から感じていた。
それでも努力し続ければちゃんと夫婦になれると信じていたが、あの彼女に恋をする夫の顔を見て、そんな未来は訪れないと分かってしまった。
一時は夫に縋りつこうと馬鹿な行動に走ってしまったけれど、望のおかげで頭が冷えて、菜緒は夫への執着が消えている。
すでにもう夫に何も望んでいない。だからあちらも何も求めないでほしい。ただそれだけだった。
「朝食は食べるみたいだから作るわ。でも夕食はいらないでしょ。掃除や洗濯はするけど、どうせあなたもあんまり家にいないんだから、生活に困らない程度にしてあれば構わないわよね」
言いたいことだけ言って、紘一の言葉を待たずに部屋へ戻る。
本格的に『離婚』の二文字が頭をよぎる。
紙切れ一枚の関係だとしても、別れるまでには相当揉めることになるだろう。双方の実家は間違いなく許さないだろうし、夫の非を訴えたところで、両親たちは色々難癖をつけて悪いのは菜緒だと言い出すに決まっている。
そんな些細なことで離婚だなんて許さない、妻としての心構えができていない、あなたのお世話が足りないからと言われる光景が容易に想像できて、吐き気がこみ上げる。
無性に絵が描きたくなった。
何も考えずに感情が赴くまま筆を動かし、無心になりたい。
経済的に困窮しても、どれだけ苦労する未来が待っていても、夫と離れたいと強く思った。
健康で丈夫な体があれば、自分一人食べていくくらいは稼げるはず。
仕事以外の時間は全て自分のために使えるのだから、空いた時間は絵を描いて、お腹が空いたら好きな物を食べて、好きなことをして過ごせる。
疲れたらゲームをやるのもいい。観ることを許されなかった映画やアニメを好きなだけ見て、楽しい気持ちで眠りにつきたい。いや、娯楽がほとんどなくても構わない。ただ誰かに干渉されず馬鹿にされたり罵られたりしない生活がしたい。
いつかそんな日がくることを夢見て、菜緒は体を丸めて眠りについた。
***
翌朝、朝食の準備をしていると紘一が起きてきた。
また何か言われるかと身構えていたけれど、意外なことに彼はもの言いたげに菜緒を見るだけで黙々と食事をして何も言わず出勤していった。
不気味なほど静かだったことに少々恐怖を覚えたが、何も指示されなかった今日は二日ぶりに自由に動ける。
ウキウキしながら掃除と洗濯を済ませ、出かける準備をする。
ふと、弁当を作るか迷ったが、望がいるかもわからないし本当にあんな普通のつまらない弁当を食べさせていいのかと迷って、結局やめておいた。
電車に乗り、駅前のコンビニでおにぎりをひとつだけ買って部屋へ向かう。
ドアを開けると、もう望の靴があった。
「おう、来たか。弁当は?」
「……いや、いるとは思わなくて」
いきなり弁当の催促とは思わず、きょとんとする。
望は「無いのかよ!」と不満タラタラで、玄関でずっと文句を言ってくる。そんなに食べたかったのか……と笑ってしまう。
「ごめん、普通にいらないかと思って。あの、今度はちゃんと作ってくるから」
「あー……いいよ。そういう義務的なんじゃねーし」
いいから入れと言われて、戸惑いながら部屋に入る。
部屋のなかは二日前に来た時より物が増えていて、リビングのテーブルにまた新しいPCが鎮座していた。
「おい、見ろよコレ。投稿したやつ、めっちゃ閲覧されている」
「ああ、そっか。望くんが投稿したんだよね」
「なにぼんやりしてんだよ。お前このために来たんだろ」
望がPC画面を見せてくるが、正直今気持ちが落ちているので、投稿した絵のことではしゃぐ気持ちになれない。と言いかけたが、見せられたコメントに目が釘付けになる。
「ホレ、この感想見てみろよ。めちゃくちゃ旦那叩かれてるだろ」
望に言われて描いた漫画は、ネットにアップするために簡単な内容の四コマだった。
最初のネタが、『新婚だけど夫は排卵日にしかセックスしない』というタイトルから始まり数話立て続けに投稿した。
結婚してすぐに生理周期の報告を求められ、基礎体温から排卵日と思われる日のみにか性交しないという話と、処女だったのに何の準備もなくいきなり突っ込まれて血塗れになったエピソードまで描いた。
夫がその時、自分の体が血で汚れたことに不快感をあらわにし、痛みで動けない菜緒を放って自分だけシャワーを浴びに行ったことと、望のリクエストで毎回入れたら三分のネタも入れておいた。
見合い結婚の夫はどうやら私のことが最初から嫌いらしい……という言葉で締めくくった漫画は、性的な話も含む内容に興味を引かれたのか、初投稿のわりに結構な閲覧数がついていた。
そしてコメントは、ほとんどが夫を叩く内容で、辛辣な言葉で非難されている。
〝旦那クソすぎ〟
〝なんで別れないの?〟
〝三分クッキングw〟
〝速攻離婚案件だろこれ〟
〝妻さん我慢しすぎ! 別れたほうがいいこんなクズ〟
〝そもそもなぜ結婚したのか分からん〟
〝つか、旦那EDなんでしょ〟
中には、最初から嫌われているなら妻に問題があったんだろうとか、こんなことされてもまだ言いなりになっている妻が悪いとか、菜緒を責めるものもあったけれど、基本的には夫が酷すぎるという非難ばかりだ。
「わ、すごい。めちゃくちゃ夫非難されてる。面白いね」
「ネタっぽい事実が面白すぎんだよ。見ろよ、旦那の発言がいかにヤバいかがこれで分かるだろ?」
「あはは……そうだったみたいだね……」
顔の見えない相手からの言葉だから、鵜呑みにしてはいけないが、これだけ夫の発言をキモイヤバイ最低とコメントが付くと、まああの発言は相当ひどいのだろうとさすがに理解する。
「な? これだけでも投稿した甲斐があるってもんだろ?」
「……うん」
「これから毎日投稿してくから、今日のうちに書き溜めておけよ。ネームはこっちで適当に作っておいたから」
来られない日も考慮して、描けるだけ書いて行けと容赦なくタブレットを渡される。
望が作ったネームは先日菜緒が話した内容を元に作ってある。ところどころ事実とは違う部分があるのは、フェイクのつもりなのだろう。
セリフやコマ割りまで望がざっくり作ってあるため、菜緒は指示通り描きこむだけだから短時間で十話ほど作成できた。
色々書き込んで一コマに時間をかけていると、後ろから望が「もっと単純でいい」と指示を出してくるため、仕上がりには少々不満があったが指示通りに描き上げた。
それでも努力し続ければちゃんと夫婦になれると信じていたが、あの彼女に恋をする夫の顔を見て、そんな未来は訪れないと分かってしまった。
一時は夫に縋りつこうと馬鹿な行動に走ってしまったけれど、望のおかげで頭が冷えて、菜緒は夫への執着が消えている。
すでにもう夫に何も望んでいない。だからあちらも何も求めないでほしい。ただそれだけだった。
「朝食は食べるみたいだから作るわ。でも夕食はいらないでしょ。掃除や洗濯はするけど、どうせあなたもあんまり家にいないんだから、生活に困らない程度にしてあれば構わないわよね」
言いたいことだけ言って、紘一の言葉を待たずに部屋へ戻る。
本格的に『離婚』の二文字が頭をよぎる。
紙切れ一枚の関係だとしても、別れるまでには相当揉めることになるだろう。双方の実家は間違いなく許さないだろうし、夫の非を訴えたところで、両親たちは色々難癖をつけて悪いのは菜緒だと言い出すに決まっている。
そんな些細なことで離婚だなんて許さない、妻としての心構えができていない、あなたのお世話が足りないからと言われる光景が容易に想像できて、吐き気がこみ上げる。
無性に絵が描きたくなった。
何も考えずに感情が赴くまま筆を動かし、無心になりたい。
経済的に困窮しても、どれだけ苦労する未来が待っていても、夫と離れたいと強く思った。
健康で丈夫な体があれば、自分一人食べていくくらいは稼げるはず。
仕事以外の時間は全て自分のために使えるのだから、空いた時間は絵を描いて、お腹が空いたら好きな物を食べて、好きなことをして過ごせる。
疲れたらゲームをやるのもいい。観ることを許されなかった映画やアニメを好きなだけ見て、楽しい気持ちで眠りにつきたい。いや、娯楽がほとんどなくても構わない。ただ誰かに干渉されず馬鹿にされたり罵られたりしない生活がしたい。
いつかそんな日がくることを夢見て、菜緒は体を丸めて眠りについた。
***
翌朝、朝食の準備をしていると紘一が起きてきた。
また何か言われるかと身構えていたけれど、意外なことに彼はもの言いたげに菜緒を見るだけで黙々と食事をして何も言わず出勤していった。
不気味なほど静かだったことに少々恐怖を覚えたが、何も指示されなかった今日は二日ぶりに自由に動ける。
ウキウキしながら掃除と洗濯を済ませ、出かける準備をする。
ふと、弁当を作るか迷ったが、望がいるかもわからないし本当にあんな普通のつまらない弁当を食べさせていいのかと迷って、結局やめておいた。
電車に乗り、駅前のコンビニでおにぎりをひとつだけ買って部屋へ向かう。
ドアを開けると、もう望の靴があった。
「おう、来たか。弁当は?」
「……いや、いるとは思わなくて」
いきなり弁当の催促とは思わず、きょとんとする。
望は「無いのかよ!」と不満タラタラで、玄関でずっと文句を言ってくる。そんなに食べたかったのか……と笑ってしまう。
「ごめん、普通にいらないかと思って。あの、今度はちゃんと作ってくるから」
「あー……いいよ。そういう義務的なんじゃねーし」
いいから入れと言われて、戸惑いながら部屋に入る。
部屋のなかは二日前に来た時より物が増えていて、リビングのテーブルにまた新しいPCが鎮座していた。
「おい、見ろよコレ。投稿したやつ、めっちゃ閲覧されている」
「ああ、そっか。望くんが投稿したんだよね」
「なにぼんやりしてんだよ。お前このために来たんだろ」
望がPC画面を見せてくるが、正直今気持ちが落ちているので、投稿した絵のことではしゃぐ気持ちになれない。と言いかけたが、見せられたコメントに目が釘付けになる。
「ホレ、この感想見てみろよ。めちゃくちゃ旦那叩かれてるだろ」
望に言われて描いた漫画は、ネットにアップするために簡単な内容の四コマだった。
最初のネタが、『新婚だけど夫は排卵日にしかセックスしない』というタイトルから始まり数話立て続けに投稿した。
結婚してすぐに生理周期の報告を求められ、基礎体温から排卵日と思われる日のみにか性交しないという話と、処女だったのに何の準備もなくいきなり突っ込まれて血塗れになったエピソードまで描いた。
夫がその時、自分の体が血で汚れたことに不快感をあらわにし、痛みで動けない菜緒を放って自分だけシャワーを浴びに行ったことと、望のリクエストで毎回入れたら三分のネタも入れておいた。
見合い結婚の夫はどうやら私のことが最初から嫌いらしい……という言葉で締めくくった漫画は、性的な話も含む内容に興味を引かれたのか、初投稿のわりに結構な閲覧数がついていた。
そしてコメントは、ほとんどが夫を叩く内容で、辛辣な言葉で非難されている。
〝旦那クソすぎ〟
〝なんで別れないの?〟
〝三分クッキングw〟
〝速攻離婚案件だろこれ〟
〝妻さん我慢しすぎ! 別れたほうがいいこんなクズ〟
〝そもそもなぜ結婚したのか分からん〟
〝つか、旦那EDなんでしょ〟
中には、最初から嫌われているなら妻に問題があったんだろうとか、こんなことされてもまだ言いなりになっている妻が悪いとか、菜緒を責めるものもあったけれど、基本的には夫が酷すぎるという非難ばかりだ。
「わ、すごい。めちゃくちゃ夫非難されてる。面白いね」
「ネタっぽい事実が面白すぎんだよ。見ろよ、旦那の発言がいかにヤバいかがこれで分かるだろ?」
「あはは……そうだったみたいだね……」
顔の見えない相手からの言葉だから、鵜呑みにしてはいけないが、これだけ夫の発言をキモイヤバイ最低とコメントが付くと、まああの発言は相当ひどいのだろうとさすがに理解する。
「な? これだけでも投稿した甲斐があるってもんだろ?」
「……うん」
「これから毎日投稿してくから、今日のうちに書き溜めておけよ。ネームはこっちで適当に作っておいたから」
来られない日も考慮して、描けるだけ書いて行けと容赦なくタブレットを渡される。
望が作ったネームは先日菜緒が話した内容を元に作ってある。ところどころ事実とは違う部分があるのは、フェイクのつもりなのだろう。
セリフやコマ割りまで望がざっくり作ってあるため、菜緒は指示通り描きこむだけだから短時間で十話ほど作成できた。
色々書き込んで一コマに時間をかけていると、後ろから望が「もっと単純でいい」と指示を出してくるため、仕上がりには少々不満があったが指示通りに描き上げた。
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