初恋の泥沼

エイ

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嫌がらせ

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 帰ってきたらメインおかずを仕上げて熱々で出せるようにして夫の帰りを待っていたが、八時になっても九時になっても帰って来ない。
 食卓に座ったままぼーっと時間が過ぎるのを待っていると、十一時を過ぎたあたりでようやく玄関のドアが開く音がした。

「……おかえりなさい。夕食は食べる?」
「いや、遅くなってしまったから今日は止めておく」

 こともなげにそう言われて、カアッと頭に血が昇りそうになる。
 夕食を作れと言われたから準備したのに、連絡もなく要らないだなんて馬鹿にしているとしか思えない。
 怒鳴りたい気持ちをぐっとこらえて、静かに反論する。

「ねえ、やっぱり夜は遅くなることが多いんだから、夕飯は要らないでしょ。せっかく用意しても、全部無駄になっちゃうし」
「いや、なるべく家で食べるつもりだから、用意はしておいてくれ。俺が食べなかった日は、翌日お前が昼にでも食べれば無駄にならないだろう」
「ええ? 私がお昼に食べて処分しろってこと?」
「残り物があるほうが、昼に何か作る手間が省けていいとお前も言っていたじゃないか」

 残り物を昼に食べていると話したことはあったかもしれないが、別にわざわざ残り物を食べたいわけじゃない。

「毎日私があなたの残り物を食べるの?」
「お前が食べないなら捨てればいい。とにかく夕飯はさぼらずに作るように」

 それ以上話し合う気がないらしく、紘一は自室へ入って行ってしまう。
 仕方なく、食べなかった食事を冷蔵庫に入れて台所を掃除して、片づけを終えたら時間はもう十二時を回っていた。結局紘一は浴室と自室を往復しただけでリビングには顔を出さず就寝してしまったようで、菜緒は今日一日を無駄に過ごしたような気になった。
 食べるか分からない食事を用意するのも馬鹿馬鹿しい。
 明日からはもう作り置きなどを活用して、時間と食材が無駄にならないようにしよう。
 まったくもって無駄な一日になってしまった苛立ちを抑えながら、菜緒も就寝した。

 ***

「今日、荷物が届くから受け取っておいてくれ」
「え……あ、置き配じゃだめなの?」

 翌朝、朝食を食べていた夫がそんなことを言ってきた。
 夫が何かネットで注文した時はいつも自分で受け取るか宅配ボックスに入れてもらう配達方法だった。
 だから置き配にしてほしいと思いそう言い返したのだが、夫はムッとしたように眉根を寄せた。

「冷蔵品だから、受け取ったら冷蔵庫にしまう必要があるだろう。だからちゃんとその時間は家にいるように」

 それだけ言い置いて、夫は出勤して行ってしまった。
 仕方なく、掃除や洗濯の家事をしつつ、荷物を受け取ってから出かけようと思っていたら、配達が来たのは結局午後の三時過ぎだった。
 できれば望のマンションに行って絵を描きたかったのに、この時間からでは行けそうもない。足りない食材の買い物にだけさっと行って来て、夕食の準備と、常備菜をいくつか作っておくことにする。
 準備を終えて、夫の帰宅を待つ。
 もしかして、今日も食事を食べない可能性も考えてはいたが、案の定夫は九時を過ぎても帰ってこない。
 この二日間だけで、もう夫の意図が分かった気がする。

「完全に嫌がらせじゃない」

 菜緒が出歩くのが気に食わなくて、足止めしているだけだ。
 でも彼女との紘一自身は彼女との逢瀬をやめるつもりがないから、結局なんやかんや理由をつけて菜緒だけを家に縛り付けている。
 かといって、今更妻に興味が湧いたわけでもなくて、己の管理下ではないところで何かをやり始めたのが気に食わないだけだ。

「あー……本当に馬鹿みたい」

 ラップをかけた食事をテーブルに置いて、さっさと風呂に入り自室に引き上げた。どうせまた彼女と食事をして帰ってくるだろうし、作った証拠だけが残っていれば文句はないはずだ。
 無駄な時間を過ごした苛立ちをぶつけるように、部屋にあるゲーム機を起動して、ゾンビにストレスをぶつけるように殺しまくった。
 ゲームに熱中していると、自室のドアがノックもなくいきなり開けられる。

「おい、帰ってきたのに挨拶もなしか」
「びっくりした。ノックくらいして」

 入ってきたのは夫だった。時計を見ると、十一時を過ぎたところだった。今帰ってきたらしいが、リビングに奈緒がいないからスーツも脱がずに部屋にきたようだ。菜緒の手元にあるゲーム機を見て、嫌そうに顔を歪める。

「いい歳をしてゲームなんかするんじゃない。毎月の生活費はそんなおもちゃを買うために渡しているんじゃないぞ」
「独身時代の貯金で買ったわ」
「……金の問題じゃない。主婦がゲームに夢中になって家事を放棄するなんてありえないだろう」
「家事放棄? 何が? 掃除も洗濯もして、食事も作ったわ。案の定あなたは食べなかったから、無駄だったけど」
「そうじゃなく……主人が帰ってきたのに出迎えもしないのは主婦として、」
「どうせ食べない食事を作ることが主婦の仕事なの? 何時に帰ってくるか分からないのに帰りを待ち構えるのが主婦の仕事なの? でも疲れて帰ってきたのに色々話しかけられたら鬱陶しいって言っていたじゃない。じゃあおかえりって言ったらまた部屋に引っ込めばいいの?」

 一体夫が何をしたいのか、何をしてほしいのか分からない。
 玄関が開く音とともに出迎えに走って、笑顔でおかえりなさいと言っていた頃は、夫は嫌そうに顔をしかめていた。
 夫婦のコミュニケーションだと思って色々話しかけても「疲れている」の一言で会話を拒否していたのに、出迎えてはもらいたいのだろうか。
 だから不満交じりの疑問をぶつけると、紘一は言葉に詰まっていた。
 それはそうだろう。夫の行動は何もかも矛盾しているのだから、普通に考えれば反論できないはずだ。

「いや……お前、ここ最近一体なんなんだ? 不満があるならこんなやりかたしないで、ちゃんと口で言えばいいだろう」
「は?」

 詮索するなとか、いい加減にしろとか言ったのはあなたでしょうと言いたくなったが、きっと言ってもまた的外れなことで責められるだけだろうと思い、言葉を飲み込む。

「あなたは私生活に干渉されたくないんでしょう? だから私にも干渉しないでくれる?」
「干渉するなって……お前は俺の妻だろう」
「書類上はそうでも、あなたは私を妻だなんて思ってないでしょ。最初からそうだったじゃない。ずっと干渉するな鬱陶しいって言い続けてきたのに、なんで今更意見を変えたのよ」
「……」

 図星なのか、夫はぐっと言葉に詰まる。
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