初恋の泥沼

エイ

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背徳のラーメン

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「こんだけ書きためときゃ、しばらく来られなくても大丈夫だろ。よし、そろそろ昼飯にすっか」
「あ、私はおにぎり買って来たから」

 カバンからコンビニの鮭おにぎりを出すと、望は嫌なものでも見るような目で菜緒とおにぎりを交互に見る。

「俺、コンビニのおにぎりがこの世で一番嫌いなんだよ。ウチでそんなもん食わないでくれる?」
「えっ、そうなの? ごめん、知らなかったよ」

 コンビニのおにぎりが!? と驚き慌てておにぎりをカバンに仕舞う。

「どっか食いに行こうぜ。何喰いたい?」
「え、ええと……なんでもいいよ。望くんが行きたいところで」
「なんでもいいって返事、この世で一番嫌いなワードだわ」
「ええ~!? じゃあ、ラーメン? とか?」

 この世で一番嫌いなものが多いなと内心思いつつ、パッと思いついたメニューを口にすると、お気に召したようで望が満足そうに頷いた。

「いいね。俺、豚骨系の細麺が好きなんだけど、そこでいい?」
「うん、いいよ」

 ラーメンの系統なんてよくわからないから、おススメのところでお願いと言うと望はご機嫌でお気に入りだという店へ連れて行ってくれた。
 店は昼時で満席だったが、食券を買っているうちにすぐに食べ終わった人が席を空けてくれたため、二人用のテーブル席に座ることができた。
 店員が食券を受け取る際に、硬さやらなにやら訊ねてきたがよくわからないうちに望が菜緒の分も答えていた。

「ねえ、何を訊かれていたの? 私、ラーメン屋さんって初めてだから何のことか分からなかったよ」
「ああ、そうだろうなと思ったから適当に頼んどいた。つか、ラーメン屋も入ったことねえのかよ。その年になるまで何喰って生きてきたんだ」
「ウチの両親はファストフードすら禁止していたから……」

 テレビで観てラーメン屋に行ってみたいと思っていたが、両親はそもそも女性がひとりで外食すること自体がはしたないという主張をする人たちだったから、当時の菜緒は行こうとも思わなかった。
 そんなことを説明している途中であっと言う間にラーメンが運ばれてきたため、店員にお礼を言いつつ受け取る。

 白く濁ったスープに細い麺の豚骨ラーメン。
 箸を手渡され、麺をつまんで口に運ぶ。熱々の麺にこってりとしたスープが絡んでとても美味しくて、一口食べたとたん箸が止まらなくなる。
 口の中をやけどしそうになりながら夢中で食べていると、クスクスと小さく笑う声が聞こえた。顔を上げると、穏やかに微笑む望と目が合った。
 いつもの皮肉っぽい笑い顔でなく、意外なほど優しい顔をしていたため、思わずドキリとする。

(こんな顔、できるんだ……)

 屈託のない笑顔を見て、胸が締め付けられた。
 子どもの頃は望も年相応の無邪気さで笑ったり怒ったりしていたはずだが、いつの間にか彼は笑わなくなって、大人たちが不気味がるようになってしまった。
 望に何があったのか、菜緒は親から漏れ聞いた話しか知らない。本家倒産後、連絡をしなくなったことを今更ながら後悔している。
 でもそれを謝罪したらきっと望を怒らせるだろうという予感がして、昔のことに触れる勇気がない。

「替え玉するか?」

 望に話しかけられハッとして顔をあげると、望が訝し気にこちらを見ていた。
 どうやらスープだけになったどんぶりをじっと見つめてしまっていたから、足りないと思われたらしい。

「一杯で十分だよ。豚骨スープって美味しいね。こういうの初めて食べたかも」
「そういやお前の母親は、ニンニクとかネギみたいな臭うものを食うなとかわけわからんこと言ってたよな。だったら豚骨とか論外だったろうな。食っちゃったけど」
「ああ、女性が食べてはいけないものが我が家にはあったの。豚骨どころかラーメンもお母さんは食べないんじゃないかしら」

 塩分と脂の多さに背徳感を覚えつつ、残ったスープを飲み干す。
 ご馳走様でしたと手を合わせて席を立つと、店主と思しき男性と目が合った。

「おネエちゃん、これレディースサービスね」

 と、なぜか缶のコーラをくれた。

「もらっちゃっていいのかな?」
「いいだろ。有難くもらっとけ」

 笑顔でお礼を言うと、また来てねとニコニコの店主に見送られた。
 たったそれだけのことだったけれど、嬉しくて胸がぎゅっと締め付けられるような感覚がした。
 
「望くん」
「あ?」
「ラーメンすっごく美味しかった」
「だろ」
「コーラもらっちゃった」
「よかったな」
「また来たいな」
「月イチくらいなら付き合ってやる」
「美味しいって幸せだね」
「単純だな」

 はしゃぐ菜緒を見て望は苦笑いしながらも雑談に付き合ってくれる。
 望と食べるご飯はいつも美味しいし楽しい。
 美味しいね、と言えることが嬉しい。
 夫とはきっとそんな食事をする機会は一度も訪れないだろう。

 よく冷えた缶のプルタブを開けて、コーラを一口飲む。
 しゅわっと炭酸が口の中ではじけて、胸の中のもやもやを吹き飛ばしてくれるみたいだった。

 マンションに帰り、菜緒はまた漫画の続きを描き望はPCで何か作業をして午後の時間を過ごした。

 ふと顔をあげると、太陽が傾いて部屋に西日が差している。時計を見るともう四時半を回っていた。

「望くん、私そろそろ帰るね」
「ん? もう帰るのか? 早いな」
「なんか夫が最近うるさいんだよね。食べないくせに夕飯は作れとか言うし」
「あー、なるほど。あれだな、菜緒が旦那に興味を無くしたって気づいたんだろ。自分は余所の女と疑似家族ごっこしてるくせに、嫁が遊びに行くのは腹が立つんだな」
「え、ああそういうことなの?」

 食べない夕飯を作らせるのは嫌がらせだと思っていたが、あれは腹を立てていたのかと納得する。
 望の言う通り、自分はあの彼女と毎日のように会っているのに、菜緒が家から出て自由に過ごしているのは嫌なのかと腹が立つ。

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