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返り討ち
しおりを挟む「彼女? 子ども? 紘一さん、あなたまさか……」
「ち、違います母さん。高校時代の友人と時々食事しただけのことをコイツが曲解して大げさに騒いでいるだけなんですよ。真に受けないでください」
「時々どころか、毎日のように駅前の商店街で三人が家族みたいに食事したりしているから、ご近所さんでも噂になっているくらい有名な話ですよ」
本当にご近所で噂になっているかなんて知らないから単なるはったりだが、身に覚えのある紘一は菜緒の暴露に慌てふためいている。
「おま、お前! ふざけるのも大概にしろ! 本当に違うんです、母さん」
「紘一さん、あなたが困っている人を見捨てられない優しい子なのは分かっていますが、相手がシングルマザーでは誤解を受けても当然ですよ。反省なさい」
義母に言葉を遮られ、紘一はしゅんと肩を落とす。それを冷めた目で見ていると、矛先が菜緒のほうに向いた。
「でもね、菜緒さん。こうなったのはあなたの責任ですよ。あなたが妻として至らないから、夫が悪い噂を立てられるのです」
反省なさい、と菜緒を責める義母を見て、予想通りの展開だなと鼻で笑いそうになる。
「はあ、そうですか。では明日にでもご近所を回りまして、夫と噂になっている女性とは毎日会っているけれどただのご友人ですとお知らせしてきますね」
「馬鹿を言うんじゃありません! そんなことをしたら余計におかしな噂になるでしょう!」
「ではどうしろと? 夫の行動を制限する権利は私には与えられていませんから、女性と会うなとは言えません。私にできることは限られていますから、噂を消すには直接皆さまに『あれは浮気ではございません』と言って回ることくらいではないですか?」
「……そ、そうではなくて、菜緒さんがちゃんと妻としての役目を果たしていれば、紘一さんが他所に目を向けることもなかったから、そういうところをちゃんとしなさいと言っているんですよ私は」
「ですが、紘一さんはその女性とはただのご友人だとおっしゃっていますよ? 妻の役目を果たすことと、夫がご友人と会うことは関係があるんですか? 妻として私がちゃんとすると、紘一さんはご友人と疎遠になってしまうのでしょうか」
「……っ! 生意気な!」
頬を張られ、パン! と乾いた音が玄関に響く。
言い返せなくなると暴力をふるうのだ。なんてくだらない人間なんだと思うと、頬を張られた痛みよりも怒りと呆れが上回り、心がどんどん冷えていく。
「……」
ぶたれても黙ったまま二人をじっと見つめていると、義母の顔はどんどん青ざめていき、気まずそうに目を逸らす。
「きょ、今日はもう遅いから帰るわ。でも……この話はまた今度詳しく聞かせてもらいますからね」
と言いながら菜緒の横をすり抜けて家を出て行った。
残された紘一は驚愕した表情でまじまじと菜緒の顔を見ている。
「おい、お前……母さんに謝ったほうがいいんじゃないか? 相当怒っていたぞあれは」
「殴られた私が謝るの? 何について?」
言い返すと、紘一はびっくりして言葉に詰まってしまった。その隙にさっさと部屋へ向かう。夕飯は自分の分だけだから家にあるもので適当に済ませようと思っていたが、もう料理をする気にもなれない。
今日はもう何も食べなくていいかと考えながら自室に入ろうとすると、追いかけてきた紘一に腕を掴まれた。
「ちょっと待て! 本当にお前、おかしいぞ。前は母さんにあんな態度取らなかっただろう。きっと母さんは許さないし、これから大変なことになるぞ」
「へえ、そう」
これからなんてないわと心の中で呟き、腕を振り払う。
いろんな理不尽に気づいてしまったら、夫への嫌悪感が止められなくなってしまった。口を開けば菜緒を責める言葉ばかり。わが身を顧みず、よくもまあこんなに責任転嫁できるものだ。この最低な人間と生活を共にしているのもいい加減耐えられなくなってきた。
「へえって……他に言うことはないのか?」
「ないけど? だって結局全部私が悪いって話を持っていく人たちに、何を言っても無駄じゃない?」
「だからなんでそういう言い方をするんだ。最近お前は何を言っても喧嘩腰で、まるで話しにならない。こんなんじゃ夫婦としてやっていけなくなる」
「最初からあなたは夫婦としてやっていく気なんかなかったじゃない。ねえ、もういいかしら? 疲れてるんだけど」
不毛な話が続いてうんざりした菜緒は、無理やり話を切り上げようとした。
部屋へ入ろうとしたその時、再びぐいっと腕を掴まれそのままベッドへと引きずられていく。
いきなりのことで声も出せず、仰向けにされると菜緒の上に夫がのしかかってきた。
「今月はまだしていなかったな」
「は……? なに」
「夫婦の義務だ」
服を脱がされかけ、ようやく夫が何をしようとしているのか理解してぞおっと全身に怖気が走った。
「いやっ! やめてよ気持ち悪い!」
「なっ、なんだと!」
バシッと頬を殴られ、一瞬目の前が白くなる。義母の平手打ちとは比べ物にならないほどの衝撃で、頭がくらくらして声もでない。
紘一は手が出てしまったことに自分自身で驚いていたが、それでも上から退かずまだ服を脱がそうとしてきた。
その腕をつかんでキッとにらみつけると、さすがに動きを止めた。
「お、お前が……暴言を吐くからだ」
「彼女にも手を上げるの? 小さい息子さんもあなたは殴るの?」
「そっ、そんなことするわけないだろう!」
「でも私に対しては、殴って言うことをきかせ無理やりセックスをするのね。彼女さんがこのことをきいたらどう思うかしら」
「っ……」
彼女の話題を出すと、みるみる夫の顔色が悪くなる。
あちらは小さい子どもがいる。まともな親なら妻にDVをしている男と付き合いを続けようなどと思わない。
そんな告げ口されたら、彼女に縁を切られかねない。理解した夫は、菜緒の上から退いて頭を下げてきた。
「つい手が出てしまったのは、悪かった。でも、お前が……」
「私が悪いから殴ったっていうのよね? それも彼女にお伝えしておくわ。DV加害者がよく言うセリフだって普通の人は思うけど」
「う……」
反論する言葉を失ったのか、紘一はむっと口を引き結んで黙った。
しばらく睨みあっていたが、やがて諦めたように夫は部屋を出ていった。そのまま玄関を出て行く音がしたので、実家か彼女の家にでも行くのかもしれない。
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