初恋の泥沼

エイ

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話し合い

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 結論を先延ばしにしてきたが、義母にも逆らったことで引き返せない状態になった。
 菜緒が有利に離婚話を進められるように、浮気やモラハラの証拠を押さえてからと望と話したばかりなのに、うかつなことをしてしまった。
 冷静になると、やり方を間違えたことに気がつく。
 本当なら彼らに警戒されないように、こちらが謝罪してあの場をやり過ごすべきだったのに無駄に彼らを刺激してしまった。
 これで義母も夫も菜緒に対する警戒を強めるから、今よりもっと動きにくくなるだろう。
 義母はきっと今頃、菜緒をどのように懲らしめるか怒りながら考えているはずだ。
 躾けし直すという名目で、こちらの家に滞在するか、義実家に連れて行かれるかもしれない。
 紘一も今日のことで更に菜緒を家から出られないように手を回すだろう。
 今まで放っておかれたから自由に動けたが、この先はうかつにマンションにも行けなくなるし、望への連絡も頻繁にはできなくなる。
 今後起こり得る状況を思い浮かべて、絶望的な気分になる。
 失敗した失敗した……とつぶやきながら、スマホを開いて望へメッセージを送った。
 望はメッセージアプリを使いたくないと言い、ブラウザ上のメッセージサービスを開いて送らなければならないのが少し面倒だったが、それ以外の方法では連絡を受け付けてくれない。
 場合によっては今後菜緒のスマホは没収されるかもしれないから、そうなると連絡手段がなくなってしまう。
 だから知らせられるうちに連絡をしなければいけない。
 義母が来ていて揉めたことや、彼女のことを持ち出して夫を脅したことなどの出来事を知らせ、だから今後しばらくはマンションに行けないとメッセージで送る。
 すぐには見てもらえないだろうと思っていたが、送ってすぐ返信がきた。

『だいたい予想してたから構わない。このメッセージも見られないように履歴も毎回消しておけ』

 シンプルな返事のみで、離婚に向けての証拠どりについては何も触れていなかった。
 どうしたらいいか訊ねようか……と考えて、すっかり望に頼り切っている自分に気づいてハッとする。
 どうしたらなんて、本来菜緒が考えて決めるべきことだ。望は奈緒の頼みを聞いてくれただけなのに、いつの間にか依頼心が湧いて思考を放棄してしまっていた。
 菜緒のそういうところが気持ち悪いと望に言われていたのに、誰かに従って判断をゆだねる癖が未だに抜けていない。

「自分で戦わなきゃ」

 決断して立ち向かうのは菜緒自身だ。義母との衝突も避けられない事態だったのだから、慌てても仕方がない。
 離婚を切り出せば大反対を食らって実家の両親にまで話が及ぶだろう。紘一も世間体を気にして離婚には消極的だが、先ほどのように彼女のことを引き合いに出して交渉すれば、彼女への被害が及ぶのを恐れて離婚に応じるのではないだろうか。
 だったら、義両親たちが介入してくる前に離婚届を出してしまえばいい。そしてさっさと家を出て連絡を絶ってしまえば、両親たちも菜緒を探せないだろう。
 交渉する材料がないけれど、話してみる価値はある。

 紘一が帰ってきたら話してみよう。
 そう考えて、話す内容を紙に書き出して、すぐに出ていけるように荷造りをしたりして時間を潰しながら夫の帰りを待った。
 
 だがその夜、紘一は帰ってこなかった。


 ***

 翌日の朝になってもまだ夫は帰らず、連絡もない。
 今日は土曜日なので実家に泊まったのだろう。彼女の件を問い質されても、浮気の証拠はないから紘一は認めない。そうすると浮気を疑う妻を窘めるためにこの後義両親が家に来るかもしれない。
 義両親が一緒では、離婚の話を切り出せないから、紘一とふたりで話をする必要がある。彼らを引き連れて戻って来られると困るので、夫のスマホに連絡を送る。

『今どこにいるの? ふたりで話し合いたいから、帰ってきてほしい』

 メッセージはすぐ既読になったが、返事はない。
 そういえば夫にメッセージを送るのなんて数カ月ぶりだと気づいて、本当に自分たちは夫婦として破綻しているなと実感する。
 連絡がないため、仕方なく荷物の整理などをして過ごしていると、夕方近くになってようやく玄関のドアが開く音がした。
 部屋から出ると、夫が荷物を持って帰ってきたところだった。

「話がしたいんだけど」

 声をかけると、その言い方が気に入らなかったのか、紘一は不満そうに眉を顰める。だが何も言わず黙って靴を脱ぎリビングへ向かい、ソファに座った。

「……俺もちゃんと話をしなければいけないと思っていたところだ。コーヒーでも飲みながら時間をかけて話し合おう」

 そのコーヒーは誰が淹れるのよ……と心の中で不満を漏らしたが、紘一なりに歩み寄ったつもりだろうから黙ってキッチンでコーヒーを淹れて紘一の前に出してやった。
 それをゆっくりと飲みながら、紘一はふっと笑い妙に芝居がかった仕草で首を横に振った。

「お前の淹れるコーヒーは美味いな……。以前は毎朝淹れてくれていたのにな」
「豆の種類から淹れ方までお義母さんの指示通りだから、ご実家で同じものが飲めるわよ」

 手っ取り早く結論から話したいのに、紘一は思い出みたいなものを語り始めて話が進まない。

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